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CHASING YESTERDAY Noel Gallagher's High Flying Birds 8梅

オアシスの初期シングルにはアルバム未収録の曲が3曲くらい入っていて、それが結構タイトル・ソングを食っちゃうくらいのいい出来だったりした。そういう曲を集めた「The Masterplan」というコンピも出ているし、それでも足らずに手持ちのシングルからさらにアルバム未収録曲を集めたプレイリストを作ったりもしているのだが、このノエルの新しいアルバムが何かに似ていると考えた結果思い当たったのがそのプレイリストだった。

前作、つまりはソロになって最初のアルバムでは、オアシスでないものを作ろうという自意識のようなものが抗い難く表れていたと思う。その結果、作品としての水準はもちろん高いものの、よく言えば地味で渋い、悪く言えば華のない内省的なアルバムになった感が否めなかった。それに比べると、今作ではオアシスであることを恐れないというか、好きなようにやった結果それがオアシスを思わせるならそれでもいいという余裕を感じる。

それはきっと、オアシスの初期の頃に、アルバムに収められなかった曲を自分のボーカルで録音したり、リラックスしてギター一本で弾き語ったりしていたのと、今作の制作環境とが似ていたということなんじゃないだろうかと僕は思う。ごく普通にオアシスのノエルであった頃と同じように、今のノエルは「オアシスだった自分」を素直に肯定できているはずだ。肯定することでオアシスから自由になったノエルが凄みを発揮したアルバム。

 
PANDA BEAR MEETS THE GRIM REAPER Panda Bear 7松

アニマル・コレクティヴのノア・ベンジャミン・レノックスのソロ・プロジェクト。僕の中ではアニマル・コレクティヴは米系サイケデリア枠というか過剰系極彩色枠というか、そういう一群のバンドの仲間なのだが、この作品も概ねそういった言葉で総括して差し支えのない、大仰で過剰で拡張して行く、しかし一方では稠密で細心で閉塞して行く、そのような二つのベクトルを同時に持つサイケデリアである。いずれにしても熱量は多い。

僕は基本的にロックに直接性とか肉体性みたいなものを求めてしまうので、こうした作りこみ系の音楽にはどうしても警戒感があるのだが、このいかにも実験的で頭のよさそうな音楽が面白いのは、それでもきちんとビートがあり、人の身体を動かす原初的なリズムがあるところだろう。きちんと寿命を削って自分でドラッグを試して初めて見ることのできる桃源郷についての音楽だと思う。花が咲き、蜜が流れる丘を僕たちは体験するのだ。

もう一つ指摘しておきたいのは、このインテリ・ロックにトーキング・ヘッズとの相似を感じるということ。ロックがもともと持っているバカバカしさ、単純さを、理詰めで解体、再構築したのがトーキング・ヘッズだったとすれば、この一派の音楽は確実に系譜を継いでいる。ほぼミュージック・コンクレート的なエクスペリメンタルな曲もありながら、最後まで飽きさせないところが音楽的な才能。彼岸に聴くのにぴったりなアルバムだ。

 
ゴマサバと夕顔と空心菜 HARCO 8竹

HARCOこと青木慶則の、フル・アルバムとしては5年ぶりの新譜。元キリンジの堀込康行、杉瀬陽子との共作『口笛は春の雨』や、オリジナルを歌ったあがた森魚をゲスト・ボーカルに迎えてのカバー『つめたく冷やして』(原曲はプレスリー)、インストの『TIP KHAO』など多彩な曲が収録されているが、もともとソングライティングには定評のある人なので仕上がりにはまったく不安がない。全編にわたって質の高いポップ・ソングが聴ける。

だが、僕がこの人の作品を聴いてまず耳に残るのはその声の力だ。世の中にはどうしようもなく決定的な声というのがあって、例えばジョン・レノンとかルー・リードとか、トム・ウェイツとかボブ・ディランとか、だいたいはザラついた引っかかりのある声が、その声の力だけで何かを伝えてしまうということなのだが、青木の声にもこれらの声とはまた異質の吸引力があり、この細いけれどもまっすぐな声が確実に何かを訴えかけてくる。

その声の本質はおそらくは少年性であり、どうしようもなく達成されなかった憧憬であり、頼りなく細い肩でとぼとぼと歩いた夕暮れの帰り道であり、初めてのキスであり、要は真空パックされた僕たちの情けない十代のすべてである。青木の声、ボーカルは、僕のそうした「悔恨」をありありと喚起する。もちろんそれは架空の悔恨なのだが。軽快なスリー・フィンガー・ピッキングで聴かせる『カメラは嘘をつかない』が特に素晴らしい。

 



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