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NO LINES ON THE HORIZON U2 8梅

U2というのは今や特別なバンドだ。それも音楽的にというよりは社会的に重要なバンドである。作品ごとに大胆に更新されるスタイル、巨大なセットを使った大がかりな何度かのスタジアム・ツアー、政治的なコミットメント。U2はトップ・アーティストとしての「責任」を着実に履行し、時代のスポークスマンとしての役割を忠実に果たしてきた。過剰に尊大になることも過剰にシニカルになることもなく、期待される通りのU2像を演じ続けてきた。U2はどこまでも誠実で真面目なバンドであり続けてきたのだ。

だが、それでは音楽面でそれに見合う何かのイノベーションがあったかというと決してそんなことはない。もちろんジ・エッジの特徴的なギターをフィーチャーしたインディ・ロックをベースに、ある時はアメリカン・ルーツに走ったり、またある時はエレクトロニックな冒険を試みたりと、彼らなりの遍歴はある訳で、そのどれもがやはり誠実で真面目な試みであることは間違いないのだが、ではそれが何か最先端のもの、驚くべきものかといえばそんなことはまったくない。むしろ凡庸と言っていいくらいだ。

このアルバムでは前作に続いて非常にオーソドックスなギター・ロックが展開されている。それはおそらく彼らの自信の表れなのだろう。そしてその通り、新人のような清新さとロック・ジャイアントとしての安定感が見事に統合されている。凡庸と言って悪ければ見事に中庸な音楽をここまでの作品にしているのはやはり彼らの誠実さ、真面目さである。そのシリアスさこそがU2なのだが、面白みより有難みを感じてしまうロックというのはどうなのか。もう少しヌキどころが欲しかったというのは贅沢か…。
 

 
HUSH Asobi Seksu 7梅

ネオアコという術語も相当厳しい立場にあるが、シューゲイザーというのもそれと同じくらい局地的で特殊で使えない術語だと思っていた。ところが何の因果かこの00年代も末期にあって、シューゲイザーがオンなんだというから驚いてしまうじゃないか。マイブラとかライドとかジザメリとか。ライドなんてついこないだ味スタで「テイスト」聴いてあの甘美な感じが脳裏に甦り、CD棚からボックスを掘り出して久しぶりに聴いたばかりなので、僕は時代の最先端を行ってた訳だ。ああ、我が青春のシューゲイズ。

で、このアソビ・セクス、日本人女性とアメリカ人男性のユニットであり、ネオ・シューゲイザーのトップランナー的立場にいるのだそうだが、このアルバムを聴く限り全然シューゲイズじゃない。どちらかといえばコクトー・ツインズとかラッシュとか、レーベルで言えば4ADの感じだし、ボーカルの感じはあのデイト・オブ・バースを思い起こさせたりもする。何よりシューゲイザーの本質である、世界に対する嫌悪から、視線を落としたまま決して顔を上げようとしない頑なさが全然感じられないのだ。

そう、シューゲイズとは世界が終わりもうだれも音楽を聴かなくなった場所でこそ鳴らされるべき音楽なのであり、そこには必然的にディスコミュニケーションへの否定し難い傾きがある。他者の存在を前提としない自足性とか、永久機関みたいにそれ自体でいつまでも回転し続ける完全性への憧憬。だが、ここにあるのはもっと普通でもっと分かりやすい夢。音楽的にはよくできているのだから、普通のポップとして聴く分には何の問題もないが、ムダにシューゲイザーとか騒ぐのはやめて欲しいと思う。
 

 
THE PAINS OF BEING PURE AT HEART The Pains Of Being Pure At Heart 7松

シューゲイザーネタが続いてアレだが、こちらはアソビ・セクスとは異なりかなり本気でシューゲイズ入ってる。いや、単にシューゲイズと言うより80年代後半のブリティッシュ・インディーズ周辺を丁寧にカバーしている感じで、ライドなんかのシューゲイズを思わせる曲も当然ありはするのだが、曲によってはマイティ・レモン・ドロップスなどのネオサイケ系とか、プリファブ・スプラウトのパロディとしか思えないものとかもあって、その辺の元ネタを知っている人にはかなり楽しめる作りになっている。

本人たちがいったいどういうスタンスでやっているのか知らないが、だいたい「ピュアな心を持ち続けることの痛み」なんてバンド名からしてアレだろう。もちろんこの音楽が00年代も終わろうとしている現在の世界とどうフックするのかとか難しいことを言いたくなるし、そうした言説がまったく無効になった訳ではないと思うけど、このあまりに身も蓋もない80年代後半のある特定の領域の音楽への率直なオマージュは、別に00年代にフックなんかしなくてもいいんじゃないかと思えて来るくらい素晴らしい。

おそらく大笑いしながら聴くのがこのバンドに対する礼儀なのではないかと思うのだが、こうやって聴くと80年代には何もなかったとか「失われた」とかいうのはひどいデタラメで、そこには確かに、実に儚いものではあったにせよある種の潔癖さに裏づけられたひとつの闘争があったことが分かるはずだ。大衆消費社会が成熟に向かい、でもまだ携帯電話はない時代の、焼けつくような焦燥や性急さ、デタッチメントや人嫌いの中にも、幾分かは取るに足るものがあったことが分かる作品。ある意味ベルセバ。
 

 
KINGDOM OF RUST Doves 7梅

2005年の「SOME CITIES」以来4年ぶりとなる第4作である。僕は前作を高く評価し、その年のアワードでは第3位に選んだりもしていたので、今作も期待は大きかった。実際その大きな期待をこめて聴いてみたのだが、前作ほどはピンと来なかったというのが正直なところ。インターバルの間もしっかり試行錯誤しながら作り上げたと言うだけあって曲想にはこれまでになかった幅が感じられ、サウンド面でも作り込みの跡が窺える。時間をかけ、生真面目に、誠実に、自分たちの表現に向かい合っている。

だが、いかんせんこのアルバムは暗く地味だ。いや、暗く地味なのが悪いのではない。もともとこのバンドの曲は陰鬱なメロディとマイナーのコード進行を、スリーピースとは思えないグルーヴ感でグイグイ押して行くところにカタルシスがあった訳で、暗く地味なこと自体は彼らの持ち味みたいなものだ。だが、その暗さ、地味さを武器に、それをスタイリッシュさに転化しながら聴き手を圧倒して行く確信のようなものが本作には欠けているのではないか。ここでのダヴズは何かを躊躇しているように見える。

これまでダヴズの音楽を裏打ちしていた寡黙な「滅びの美学」のようなものは今作でも表現の核にある。アートワークや「錆びの王国」というタイトルにもそれは顕著だ。だが、今作では、時間をかけすぎたせいか、曲そのものの持つ勢いが削がれており、その暗さ、地味さだけが際立つ結果に終わっているように思われる。アルバムをドライブして行くべき動因は最後まで見当たらず、スピードが足りないために離陸ができない飛行機を思い起こさせる。考えすぎてしまったのではないかと思わずにいられない。
 

 
GRACE/WASTELANDS Peter Doherty 6竹

「リバティーンズの」ピート・ドハーティの初めてのソロ・アルバム。ベイビー・シャンブルズのアルバムと同じスティーブン・ストリートがプロデュースしており、全体としては非常にメロウでメランコリックなアコースティック・バラード集になっている。僕としてはあのリバティーンズのファーストの一撃必殺な感じが原体験にあり、その面影を探しながら聴いてしまうのだが、その期待がかなえられることはない。ベビシャンと同じように。もうアレとは違うものなのだと最初から思っておいた方がいい。

で、この作品プロパーとして聴くとどうかと言えば、あまりにうらぶれている。スティーブン・ストリートが何とか曲毎に色を付け、メリハリをつけてアルバム全体をドライブして行こうとするのは分かるが、いかんせんひとつひとつの曲が平板であり、ボーカルもボソボソしていて聴いているのがしんどい。いや、ロック界にもうらぶれてボソボソしたバラッドというジャンルは確かに存在するのだが、本作で問題なのは、そこで必要とされる凄みとか深みというものが決定的に欠けているということなのだ。

以前にサンプラザ中野が、スライダーズのハリーがアコギ一本で弾き語っても間違いなくロックでありバラッドだが、自分が同じことをすると絶対にフォークになってしまうと言っていたことがあるが、その意味ではこの人はフォーク派の人である。バラッドというのは、曲自体はいくらうらぶれていても、そこから喚起される感情はそのうらぶれた場所で生きること、生き続けることへの渇望である。うらぶれた曲をただ寂しく、悲しく聴かせるのはフォークの仕事だ。このような嘆き節では何も動かされない。
 

 
IN THE MUSIC Trashcan Sinatras 6梅

現存する最古のネオアコ・バンドとか遅れてきたグラスゴー・スクールとか僕が勝手に呼んでいるトラッシュキャン・シナトラズの新しいアルバムである。1990年のデビュー以来、約20年で5枚目のオリジナル・アルバムと、実にゆったりしたペースで活動しており、本作も前作から5年ぶりのリリースとなった。いったいこの人たちは何で生計を立てているのか僕にはさっぱり分からないが、何にせよこういう音楽がきちんとリリースされ、世の中で聴かれているということは悪いことではないと思う。

音楽的にはゆったりとしたアコースティック・ポップというか、今となってはむしろトラヴィスやコールドプレイに通ずる、ソング・オリエンテッドなアルバムに仕上がっている。エコとかオーガニックとかスローライフとかロハスとかそういうのが好きな人たちにとってはきっと口当たりのいい作品だと思う。代官山辺りの小洒落たカフェとか北欧雑貨屋なんかで小さめの音で流されていたりしてもおかしくないような、脂の抜けた感じがある。本人たちもこれはハッピーなアルバムだと説明しているようだ。

問題は僕が、エコとかオーガニックとかスローライフとかロハスとかそういうものに極めて懐疑的であるということだろう。つまり、このアルバムが、あるいはこのバンドが今、僕に与えてくれるものは僕が必要としているものとは違うということだ。ある特定のファン層に支えられ、世界中でも特に日本で独自の支持を受けている辺りにも、このバンドのあり方の危うさを感じる。それはつまり、この音楽がとても小さいサーキットをクルクル回っているということ。少なくともこれはもうネオアコですらない。
 

 
MUSIC FOR THE PEOPLE The Enemy 7梅

ファーストでイキのいいパンクを聴かせてくれたバンドの2年ぶりになるセカンド・アルバム。このアルバムでもザ・ジャムを彷彿させるようなビート・ナンバーはあるが、アルバム全体としてはよりオーソドックスでブリティッシュ・ロックの王道に近い正面突破のイメージで、スローなナンバーも交えながらギミックのない誠実で正直なロックを鳴らしている。想定するリスナー像のレンジがグッと広がったようで、まあ、アルバム・タイトルが「みんなのための音楽」なんだからそれも当然かも知れない。

ビートの性急さだけに頼らず、音楽そのものをきちんと聴かせようとするオールド・ファッションなギター・バンドという意味ではオアシスの影を感じる部分もあり、メリハリをつけながらアルバム全体をドライブして行こうという意志は十分感じられる。だが、残念なのは、そうやって正面から音楽のクオリティで勝負するには、やはりソング・ライティングの面での未熟さがまだまだ抜け切れてないことだ。ビート・ナンバーは先を急ぐあまり平板だし、スロー・ナンバーは必要以上に大仰になっている。

コンパクトで気の利いたビート・ナンバーを鳴らすイギリスのギター・バンドが、アルバムのラストに置いた渾身のバラードを奏でる瞬間になった途端、見る影もなくベタベタに泣きの入った凡庸な曲を聴かせることは珍しくないが、このアルバムでのジ・エネミーもそのような罠に陥っているのではないか。平板ではあっても勢いのあるビート・ナンバーの方がまだしも聴ける。地力のあるバンドだとは思うが、風呂敷を広げるにはまだ少しばかり時期尚早だったようだ。焦らずにスタイルを模索した方がいい。
 

 
PILGRIM 山田稔明 9梅

特別なことは特別な言葉の中にあるのではなく、僕たちのうんざりするくらい当たり前で前後の区別もつかないありふれた毎日の繰り返しの中のほんのちょっとした隙間とか段差とかそういうものにあるので、僕たちはそれを見逃さないように注意深くなければならない。もう何百回も何千回も繰り返してきた、例えば歯磨きとか目覚まし時計のセットとか外へ出たときに空を見上げる仕草とか、そんなときにふと、あ、今、これ、と不思議な感慨が心をよぎる瞬間が、きっとだれにでもあると思うんだけど。

そんな日常の中にあるささやかな隙間や段差についての、これはそういうアルバムだ。そういう描き方でしか描けないある種の感情、ある種の強さや弱さのことを山田は歌っているのだ。ありふれた言葉に積もったホコリを丁寧に払い、息を吹きかけて磨いてみることで山田は(いささか大げさに言えば)世界を再定義して見せたのだ。あらゆることは個人的な問題で、世界とは自分のことだと気づいたのは確か15年ほど前のことだったと思うんだけど、そのような意味での世界を山田は組み立て直したのだ。

「風のない世界には ほら 答えがないみたいだ」。幼稚園児にだって分かるシンプルな言葉で山田は世界を揺るがし、静かな水面にかすかな波紋を起こす。何もかもを自分の内心の問題にしてしまうことが本当に正しいのかどうかは分からないけれど、ピンホールカメラのような世界の写し絵が僕の中にあるのだとすれば、その輪郭をなぞるのは僕の言葉でなければならない。それもできるだけ平易で凡庸でありふれた言葉だ。なぜなら、そのような言葉にこそ最も力があるから。万人が耳を傾けるべき詩。

◆このアルバムは「GOMES THE HITMAN.COM」での通信販売でのみ入手可能。
 

 
MAGIC Bruce Springsteen  
PARADISE BLUE Tokyo Ska Paradise Orchestra  
DAYDREAM WEAVER Mellowhead  
CONNECTED 小坂忠  
 



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