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SLIPWAY FIRES Razorlight 7梅

前作はもっと高く評価しておけばよかったと後から悔やんだ。歯切れのよいロックンロールがファーストからの成長の上にきちんと構築され、清新さと内省がこれ以外にはあり得ないという微妙なポイントで奇跡のようにバランスしていた。レビューではそれを正当に評価しながら、評点では7竹しかつけなかった。正直に言って後悔している。あれは僕のミスだった。少なくとも7松、場合によっては8梅をつけてよかった。8梅ならアワードにもノミネートできたのだ。今聴き返してやはりそう思った。

さて、そんな悔恨を込めて聴いたレイザーライトの新譜である。かなり期待していた。前作の分も含めていい評価をしてやろうと思っていた。だが、そういう意味ではこのアルバムは微妙だ。いきなりマイナー調のピアノで始まるオープニングが地味なためか、アルバム全体からこいつらの持ち味だと思っていた小気味よさが消えているように思われてならない。短めでアップテンポなロックンロールもないではないが、全体に曲もアレンジも作りこみが目立ち、せっかくの勢いが削がれてしまっているようだ。

世間ではこういうのを「ソングライティングの幅が広がった」と形容するのだろう。直球一本槍だった若いバンドが緩急の変化を身につけた、と。アレンジにも新境地が見られる、と。確かにソングライティングは達者だ。自分たちの表現を更新して行こうという生真面目な向上心も窺える。だが、このアルバム全体を覆うくぐもったようなマイナー感は何だろう。昂揚することを拒絶するようなメロディの暗さは何だろう。シリアスであることを否定する気はないが、何か大切なモメントを失いかけていないか。
 

 
ORACULAR SPECTACULAR MGMT 7松

昨年のベスト・ニューカマーとしてあちこちで名前の出ているMGMT。一応聴いてみようと思って買ったが一曲目からいきなり展開される極彩色のサイケ・ポップ。彼岸から聞こえてくるような人工的な陶酔感満載で、自分はまっすぐ立っているはずなのに地面の方が歪んでいるように思えてしまう。これだけのお花畑を何の留保もなくアルバムの冒頭からぶちかまし、そのまま最後までドライブして行く実力は相当のものだと思う。ここまで来ると時代性とか社会性とかもうどうでもよくなる独自の世界である。

とはいえこれが何の脈絡もなく出てきたかといえば決してそういう訳でもなく、プロデューサーはマーキュリー・レヴやフレイミング・リップスを手がけたデイヴ・フリッドマンで、そういえばあの辺りの浮遊感、トリップ感に似たものは感じる。90年代に「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」をハウス・カバーしたキャンディ・フリップというイギリスの徒花ユニットをちょっと思い起こさせたりもするが、あれよりはずっと音楽的な地力がある。いずれにせよこの才能自体はオリジナルなものだ。

だが、音楽雑誌の記事を見ればライブではもっとロック寄りのハードエッジな演奏を聴かせるそうで、音楽的な地力があればあるほど結局はオーソドックスなロックに近づいて行くのも当然なのかもしれない。このアルバムの風変わりなサウンドスケープは彼らにとってかけがえのないアイデンティティなのか、あるいはそれは一過性の意匠に過ぎず彼らの音楽的根拠は別のところにあるのか。次作で何にどうフォーカスしてくるのかが興味深いし勝負でもあるはず。それにしてもこのジャケットはひどい。
 

 
TONIGHT Franz Ferdinand 7竹

僕にとってフランツ・ファーディナンドは音の塊というイメージが強い。別にCDの音質が悪い訳ではなく、セパレーションもしっかりしているのだが、音のひとつひとつの成分が際立って聞こえるよりは、曲全体というか音楽全体がひとつの塊のようになって迫ってくるような、そういうエネルギー波のようなものがぶつかってくるのを感じる。考えてみれば音は物理的な意味でも波動である訳だが、彼らの音楽はその原初的な意味で正しくエネルギーの放射たり得ているのである。これを僕は音塊と読んでいる。

サード・アルバムになる今作でもその音塊は健在である。ハネたリズム、特徴的なギターリフ、ウニョウニョとどこまでも歯切れ悪く続いて行くメロディ。フランツの特徴と言っていいファクターは今作でももれなく揃っていて完成度は高い。だが、その分、これまでの作品に顕著に見られたような破天荒さ、やんちゃさは影をひそめている。音塊をカメハメ波か波動砲のように無邪気に投げつけてきたこれまでの作品に比べれば、今作は暗いと言っていいくらい内省的で行儀よく収まっている印象を受けるのだ。

アルバム全体がこじんまりとした「完成」を志向しているように思えるが、それはもちろんロックの縮小再生産に他ならない。エネルギー波の原料になる初期衝動が枯渇し始めているのか。このクライマックスのない歯切れの悪さ自体が彼らの持ち味でもあるのだが、もはやこのアルバムを聴いても「すごい」とはだれも思わないのではないだろうか。顕著な特徴を持ったバンドほど、その特徴をうまく更新しながら成長するのは難しいものだ。それにしても1曲目は絶対に『Can't Stop Feeling』にすべきだった。
 

 
WORKING ON A DREAM Bruce Springsteen 8松

ブルース・スプリングスティーンのアルバムを買ったのは初めてだ。別に避けていた訳でも嫌っていた訳でもないのだが、あまりにメジャーな存在でいつでも聴けるので逆に「別に今聴かなくてもいい」と思っていたのだ。だから、僕はこれまでのスプリングスティーンの作品の系譜もよく知らないし、その中でこの作品がどのように位置づけられるべきものなのかも分からない。ただ、僕に分かるのは、これが素晴らしいロック・アルバムだということである。そのことだけは間違いなく断言できる。

本来はティーンエイジ・ミュージックでありモンキー・ビジネスであったロックンロールをジジイになるまでやり続けようとするとき、そこには必然的に自身の成長や成熟とロックンロールというスタイルとの間に軋轢が生じる。その辻褄をどうやって無理矢理合わせるかというのはロックの今日的問題のひとつであり、シニアの域に達しつつあるアーティストは皆、同窓会的、ディナーショー的予定調和に堕すことなくロック表現の中に成長、成熟というモメントを鮮烈に投影するというテーマを抱えている。

そしてこのアルバムは、そのひとつの解答例になる得る作品である。スプリングスティーンがここで選んだ方法は、ただ愚直に、成長し、成熟した自分の今の心情を等身大のロックンロールに乗せて歌うというものだった。当たり前の話である。しかし、その当たり前の方法でこれだけの清冽で感動的なアルバムを作ることができたのは、スプリングスティーンの驚異的な音楽的体力と最前線に立ち続ける意志があればこそ。率直であることが何より印象的な作品だ。『Kingdom Of Days』は涙なくして聴けない。
 

 
WHICH BITCH? The View 8梅

その日に使ってしまわないと期限の切れるHMVのポイントが700円分ほどあったので吉祥寺のHMVに立ち寄ったはよかったが、特に買うべきものが見当たらなくて困っているときに見つけたアルバム。買うかどうか微妙な線上にあったアルバムなので、あの時HMVのポイントが期限切れ間際でなかったら一生聴かなかったかもしれない。縁とは不思議なものである。持って帰って居間のオーディオで大きめの音で聴いたらひっくり返った。もちろん、このアルバムがあまりにカッコよく、素晴らしかったからだ。

デビュー作も新人離れした達者なロックで、しかもそれがロック以外の付加価値を生み出していないところがいいと思ったのだったが、本作はそれをさらに深化させ、2月にして今年のベストにノミネートしたくなる痛快な作品になった。決してスピードのあるロックンロール一本槍で攻めてくる訳ではないのだが、くっきりと印象を残して行く明確なメロディが緩急の「緩」の部分と「急」の部分の両方を支えている。音楽とは、いや、ロックも結局ソングライティングの力なんだなあと思わせる作品である。

ちょっと演出過多ではないかと思われるSEの挿入などもあるが、ひとつひとつの曲の表情をきちんと描き分けながら、それぞれにとっかかりとなる明快なフックを与えて行く力の確かさはとてもセカンド・アルバムとは思えない。時にリアム・ギャラガーのように、時にジョニー・ロットンのように聞こえるボーカルもいい。そして、前作のレビューの繰り返しになるが、彼らがロック以外に何の付加価値も創造してないところがいい。速い曲のリフがバカバカしいまでにカッコいいのもいい。既に次作が楽しみ。
 

 
I THINK WE'RE GONNA NEED A BIGGER GOAT The BPA 7松

ブライトン港湾局を名乗るファットボーイ・スリムことノーマン・クックのプロジェクト。いろんなアーティストとのコラボレーションを12曲収録し、ロック系の僕の方から見てもイギー・ポップとかデイヴィッド・バーンなんかが参加しているが、基本的な方法論はファットボーイ・スリムとそれほど変わらない、バカバカしくもハッピーな、敢えてひとことで言えば良質のビッグ・ビートである。そのバカバカしさは『TOE JAM』のビデオ・クリップを見ればいい。全裸で腰を振るノーマン・クックが見られる。

もちろんここでいう「バカバカしさ」は最近流行の「おバカ」とは似て非なるものである。「おバカ」とは未熟で思慮の足りない者の天真爛漫な愛嬌を上から目線で愛でるもので、所詮は無知と無思慮を嘲笑する差別的な契機を不可避的に内包している。ノーマン・クックのバカバカしさはそれとは本質的に違う。それは自らの身を敢えて貶め、この世界のどん詰まりにあってはもうみんなで真剣にバカになってチンチンを振り回すしかないじゃないかといった崖っぷちのオプティミズムとでもいったものなのだ。

難しい顔で難しいことを議論している余裕はもう僕たちのどこにも残っていない。どうせどこにも行き着かないどん詰まりの世界なら、議論しているよりマッパで騒ぐことの方が重要だ。イスラエルがガザを封鎖したりリーマンが破綻したり北朝鮮がミサイルを飛ばしたりする現代では、「ハッピーであること」は困難なテーマであり、ノーマン・クックはハッピーであるためにチンチンを出して闘っているのだと僕は思っている。このアルバムは、だからハッピーだ。本当に涙が出てくるくらいハッピーなのだ。
 

 
MY FAVOURITE SONGBOOK VOL.2 Space Kelly  
BBC SESSIONS Belle And Sebastian  
 



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