logo 2008年7・8月の買い物


HERE WE STAND The Fratellis 8松

僕は毎年何十枚かのCDを買い、その中には初めて聴くバンドの作品も少なからずある訳だが、その中から「これはいける」ということで僕のフェイバリットのリストに登録されるバンドはすごく限られている。ここ数年でリスト入りを果たしたのは、ベル&セバスチャンとコーラルくらい。だが、その厳しい審査をパスし、新たにリストに登録されるべきバンドがついに現れた。ザ・フラテリス。何でファーストが出たときに聴かなかったか、一生の不覚である。本作を聴いてから慌ててファーストを買いに走ってしまった。

音楽的なバックボーンの幅広さを感じさせながらも、それがスタジオ・ワークの袋小路に迷いこまず、ロックンロールとしての直接性をしっかり備えている。メリハリのしっかりした曲作りをしながらも、最初から最後まで一気に聴ける勢いは失わない。そうした音楽的な基礎体力の確かさに裏づけられた、しかしあくまでロック的としかいいようのない不敵さ、不穏さ。確かにインテリ・ロックの香りはするし、バンド・コンセプトやカバー・アートにも自意識が見え隠れするが、その音楽には有無を言わせない力がある。

ファーストに比べればヘヴィでダークになったと評されている本作だが、僕の耳にはブリティッシュ・ロックの最良の部分の嫡出子であるとしか聞こえない。一部の曲ではあからさまにビートルズの影響を感じさせるが、それだけでない懐の深さ、そしてそれを00年代のスピード感、危機感、苛立ちと同期させるだけの引き出しの多さが感じられる仕上がり。これが今の子供たちにどう聞こえるのか僕には分からないが、こういうバンドに売れて欲しいし残って欲しい。このアルバムが2千円で買えることが奇跡。すぐ買え。
 

 
22 DREAMS Paul Weller 8梅

おそらくどこのレビューにも、これはポール・ウェラーのホワイト・アルバムだと書かれるだろう。ホワイト・アルバムといえばビートルズが1968年にリリースした代表作のひとつだが、あのアルバムがすごいのは、曲がたくさん入っているからでもその曲調がバラエティに富んでいるからでもない。バラエティに富んだ曲がたくさん入っていて、内容的には正直とっちらかっているのに、それを紛れもないビートルズの作品として強引に止揚してしまえるだけの強力な磁場、統合力がそこに作用していることがすごいのである。

ではポール・ウェラーの3年ぶりの新譜となる本作はどうだろうか。確かに曲は全部で21曲も入っていてお徳用である。曲調もロック、ファンクからバラード、タンゴ、アブストラクトなスポークン・ワーズまで、ポール・ウェラー自らホワイト・アルバムを意識したとしか思えないバラエティである。だが、ここにはとにかくできた曲を適当に放り込みながらそれが結果として分かちがたい一枚のアルバムに結実したという「無欲の勝利」みたいな感じはない。むしろこれは綿密に構成されたコンセプト・アルバムではないか。

そういう意味ではホワイト・アルバムより「サージェント・ペパーズ」に近いのではないかという気もするが、ともかくここへきてこれだけレンジの広いアルバムを作ったポール・ウェラーの音楽的なバックボーンの奥深さ、ソングライティングの確かさには舌を巻くばかり。尺が長いので最後に行くにしたがって集中力が低下し印象が薄れるのは別としても、アルバムの前半にポップな曲が固まっているためアルバム後半にやや失速感があるのが気になるが、ポール・ウェラーの底力、生真面目さが遺憾なく発揮された力作だ。
 

 
PULL THE PIN Stereophonics 7竹

ステレオフォニックスは紛れもなくイギリスのバンドである。それはこいつらの音楽がいかに豪放に鳴っていても変わることのない事実だ。もちろん、アメリカン・ルーツに根差した野太い演奏、スケール感のあるサウンドスケープは、他のブリティッシュ・インディペンデント系のバンドから彼らを区別する大きな特徴ではあるのだが、アルバム全体を丹念に聴いて行けば、一年中真っ青に晴れたLAではどのようにしても決して手に入れることのできないメロディの起伏や陰影がその背後に潜んでいることが分かるはずだ。

特に今作ではどの曲もヘヴィでありながらポップに仕上がっており、ステレオフォニックスというバンドのパブリック・イメージに近いアルバムになったと言うことができるだろう。加えてケリー・ジョーンズの決定的、運命的なモメントをたたえたボーカル、いや声の魅力は今作でも健在だ。声で勝負できるロック・アーティストはそれだけで祝福された存在であるが、ケリー・ジョーンズはジョン・レノン、ルー・リード、エルヴィス・コステロなどと並んで祝福された声を持つ男であり、声自体に十分聴く価値がある。

そういう意味では良くも悪くも期待を裏切らないアルバムであり、ステレオフォニックスの魅力を過不足なく表現した佳作であることは間違いない。だが、このようなアルバムを作った後、彼らはここからどこへ行こうとしているのか。彼らは何を歌おうとしているのか。そういう「方向性」みたいなものが見えてこないのもまた事実。この路線を伝統芸能のように追求して終わるバンドではないはずだろう。ポップであるだけにとっかかりを見つけるのが難しく気がつくと聴き終わっているアルバム。ジャケットはひどい。
 

 
SONGS IN A&E Spiritualized 7梅

スピリチュアライズドといえばサイケ、得も言われぬ音響空間に漂うような多幸感がジェイソン・ピアースの音楽の最大の特徴であり、あらゆる音楽的手法、あらゆる楽器、あらゆる誇大妄想が一体となった壮大なオーケストレーションが一番の聴きどころであった訳で、このアルバムでももちろん大仰な音響的スケールは確保されているものの、本作は過去の作品に比べると驚くほどストイックでミニマルな仕上がりと言っていいだろう。アルバム全体の構築性よりは楽曲のひとつひとつの完成度にこだわった作品である。

ピアースは本作制作に先立って急性肺炎で危篤となり、集中治療室で生死の境をさまよったのだという。このアルバムの収録曲はほとんどが入院前に書かれたものであり、臨死体験は直接には楽曲に反映されている訳ではないと言われているが、この作品には確かに死の気配が濃密に漂っている。それはいつになく近い距離から聞こえてくるピアースの肉声であり、ソング・オリエンテッドなアルバム作りから透けて見えるひとつひとつの物語の肉体性である。そういう具体性が我々の生の有限性を強烈に印象づけて行くのだ。

これまでも僕たちは、繰り広げられる広大な音響スペースの向こうに、ピアースの頭の中の世界を見てきたのだと思う。そういう意味では今作が非常に具体的で肉体的であることも驚くにはあたらないのかもしれない。ノイズを最低限に抑え、「歌」を聴かせようとするこのアルバムは、ピアースがその心象風景を伝えるのにもはや過剰な音響は不要だと自ら宣言したことを意味しているのだろうか。全編を通して聴くには時間と同時にそれなりの心の準備が必要なアルバム。重たいモチーフと向き合う覚悟がないと息苦しい。
 

 
BEAUTIFUL FUTURE Primal Scream 7竹

キャリア的には大御所と呼んでも差し支えないのにどこまで行ってもチンピラ感の抜けないボビー・ギレスピー、プライマル・スクリームの新譜である。プライマル・スクリームというのはもともと音楽的に何か確固たる核のようなものがある訳ではなく、その時の気分次第で適当にでっち上げた作品がそれぞれ時代の空気のようなものを的確にビートして毎度高い評価を得てしまうという、天然のヒップスターでありトリックスターである。これまで制作してきたアルバムを並べてみても、その音楽遍歴は正直驚くほど出鱈目だ。

それでもこれまではアルバムごとに何とかテーマというか方針というか傾向のようなものはあったのだが、今作ではこれまでの作品の中から思いつきで上澄みをすくい取ってきたような間に合わせ感が濃厚で、アルバム全体が何かを志向しているという確信はなかなかつかめない。どの曲も確かにプライマルズに間違いないのだが、同時にそれは何者でもない無記名の音楽であって、それはプライマルズ自身が上記のように音楽的には核を持たない存在なのだからむしろ当然なのかもしれない。ここで僕は何を聴けばいいのだろう。

このとっ散らかり方、この散漫さこそがプライマルズだとするなら、本作はこれまでのプライマルズのキャリアの中でも最も彼ららしい作品だということもできるのだろう。だが、純粋にアルバムとして最初から最後まで通して聴いたときに、これを彼らの主要な作品として高く評価することは難しい。僕は以前彼らの音楽を「ロック臨死体験」と評したが、今作はもはや「ロック死後の世界」。すべてのロックが死に絶えた後でそれでもダラダラと、自らの死に気づかず流され続けるロックゾンビ。それがカッコいいんだけどさ。
 

 
MODERN GUILT Beck 7松

ベックは常に境界を歩き続けるアーティストである。ポップとアヴァンギャルド、アコースティックとエレクトリック、コマーシャルとインダストリアル、意味と意匠…、いろんな概念をベックというミキサーに放り込んでシャッフルし、そのいずれにも属しながらそのどれでもない音楽が生まれ出る瞬間、それがベックの唯一性であり固有性である。僕たちはその中から自分に最も心地よく響く部分だけを選んで聴けばよいのだし、そういう自由な聴かれ方に耐える重層性を初めから装備している、それがベックの音楽なのだ。

僕が今までベックの音楽は常に正しいと書き続けてきたのはそういう意味だ。ベックの無謬神話はどこまでも破綻することがない。そこにはあらゆる概念、あらゆるコンセプトが詰めこまれているので、結局、そのどれもが決定的ではないという意味でベックは常に相対的であり、それゆえ常に正しいのだ。だれもベックを否定できない。否定する必要がない。だが、その正しさはいつか抑圧に転化する危険をはらんでいる。正しいものがその正しさゆえに逃げ場を閉ざし、暴力的、抑圧的に機能するのはあり得ることだからだ。

ベックの音楽がその圧倒的な正しさにも関わらずそのような抑圧性から無縁でいられたのは彼の音楽に含まれる乾いたユーモア、微妙な風通しのよさのせいだったからだったと思う。手っ取り早くいえばベックの音楽は開かれていたのだ。しかし、この作品ではどうもその辺りの抜けが悪い気がしてならない。このアルバムではどの曲も内向的で、もごもごと口ごもるようなキレの悪さが気になる。そして、そのキレの悪さがすごく息苦しく感じられる。よくできた優秀なアルバムだけに、逃げ道のなさがどうも心配になるのだ。
 

 
MELODICA The Vines 8竹

僕ももうすぐ43歳になる。もうすっかり後厄も終わった。まあ、ミック・ジャガーやルー・リードみたいに60代の半ばになってもロックをやっているバカなオヤジはいるが、普通40歳を過ぎれば不惑とか言って仕事に真っ直ぐ邁進するものなんだろう。いや、僕も仕事に邁進していない訳ではもちろんなく、新しいバンドのCDをガンガン聴きまくるのはさすがにきつくなってはきたが、それでもこうやって毎月何枚かCDを買い、その感想をメルマガで人に読ませたりしているのは、好きでやってるとはいえ考えてみれば因果な話だ。

その原動力はどこにあるのかと考えれば、まあ、やはり単純にロックが好きだということと、このアルバムのような作品に一年に何枚かは巡り会えるからだということになるのかもしれないと思う。相変わらずギターの音はヘヴィで、時にはメタリックと言っていいくらい歪みまくっているが、聞き違えようのない英系(彼らはオージーだが)のメロディがその隙間から流れ出てぐいぐいと僕たちの音楽中枢(そんなものがあればだが)に圧力をかけてくるのである。基本的な方法論には変化はないが、圧力は確かに高まっている。

彼らのすごいところはヘヴィなサウンドと繊細なメロディのバランスを無理に取ろうとしないところだ。いや、バランスが崩れている訳ではなく、そこには黄金律のようなバランスがあるのだが、それがためにする縮小均衡ではなく、サウンドとメロディを両方とも頓着せずにマックスまで高めていったら最大値のところで釣り合ったとでもいうような、大胆かつ自律的な均衡を示しているのである。それこそが、彼らの、クレイグ・ニコルズのキャパシティなのだろう。こういうアルバムがたまに出てくるからやめられないのだ。
 

 
FORTH The Verve 7竹

前作以来何と11年ぶりになるザ・ヴァーヴの新譜である。その間バンドはいったん解散したとかしないとかで、今回の新譜も再結成なのか活動休止明けなのか、まあもうそんなこともどちらでもいいくらい久しぶりの作品となった。その間、リチャード・アシュクロフトはソロ・アルバムをリリースしているが、ザ・ヴァーヴ名義の本作はやはりテンションも違う。笑ってしまうくらい期待を裏切らない、サイズの長い曲がこれでもかと詰めこまれた、重厚で荘重なアルバムになった。音楽的にもオーソドックスで正攻法である。

ひとつ間違えれば音響の世界に突入してしまいそうな壮麗なオーケストレーション、ドラマティックなメロディラインと曲構成、そしてエモーションたっぷりに歌い上げるリチャード・アシュクロフトのボーカル。ロック界のフリオ・イグレシアスとでも呼びたくなるような大仰さであり、ビートよりも「歌」、「歌」よりも情念の世界に没入して行く彼らの資質がとても素直に表現されていて、それはもう微笑ましいくらいである。オレが気合いを入れて曲を作ると結局こうなっちゃうんだよとでもいうような分かりやすさだ。

いや、もちろんそれは、本作がザ・ヴァーヴというバンド、リチャード・アシュクロフトというアーティストの抱えた歴史として分かりやすいということであって、このアルバム自体が単純だということではない。これだけの作品を作り上げたリチャード・アシュクロフトは果たして器用なのか不器用なのかよく分からないが、ソロ・アルバムの時にも書いたとおり、このアルバムはだれより彼自身にとって必要な作品だったのであり、だからこそまた、この作品は僕たちにとっても切実な作品であり得るのだと思うのだ。
 

 
COSTELLO MUSIC The Fratellis  
CHRONICLE Creedence Clearwater Revival  
 



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