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THE INFORMATION Beck 7松

レビュー書く前にと思ってインタビューを読んでみて驚いた。このアルバムはヒップホップ・アルバムなんだそうだ。ふむ、言われてみれば確かにそうなのか。まあ、ラップと言えばラップだし。だけど、僕が会社の行き帰りにこのアルバムを聴きながら感じていたのはその正反対で、なんてメロディアスなアルバムなんだろう、なんて「歌」が明確なアルバムなんだろうということだった。で、今、アルバムを聴きながらこれを書いていて思うのは、たぶん、そのどちらもまったく間違ってはいないということだ。

僕がしつこいくらいに書いているのはアメリカ人の音楽が嫌いだということで、僕のCD棚にあるアメリカ人アーティストのCD比率はたぶん1割にも満たないと思うんだけど、その数少ないアメリカ人アーティストに共通しているのは、みんな、徹底して個人的なことを歌っているということ。トーキング・ヘッズ、ルー・リード、トム・ウェイツ、ソニック・ユース、そしてベック。どれもこれも自分のことにしか興味のない人のための音楽なのだと僕は思う。そして、だからこそ、僕は彼らを信頼している訳だ。

ベックの音楽はどんなにゴージャスになっても、どんなにヘタレになっても、結局いつもベックの顔で鳴っている。ナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎えながら、ここまで家内制手工業感あふれるアルバムを作れるのはたぶんベックしかいない。この絶妙に空気穴が開いている開放感と、そこに見える卑近なまでのベックの記名性。だからこそこのアルバムはこんなにヒップホップなのに、こんなに「歌」が聞こえてくるのだろう。マッチョではない腕力の使い方、それが僕の好きなアメリカの歌なのだ。
 

 
SENSUOUS Cornelius 7松

このアルバムをレビューする前に、小沢健二の「毎日の環境学」を聴き返してみた。コーネリアスのこのアルバムを聴いたとき、僕の頭に最初に浮かんだのが「環境学」だったのだ。もちろん、あのアルバムとこのアルバムは全然違う。あらためて聴けば「環境学」の方は小沢健二らしい生真面目さ、ストイックさが際立つ静かなアルバムで、静まり返った端整な音像が、逆に小沢があのアルバムで何を見せようとしたのか、小沢は今どこにいてどっちを向いているのか、その輪郭を指し示そうとしているように思えた。

それに対してこのコーネリアスの新譜の方はとても饒舌だ。サービス精神にあふれ、ユーモアもあり、小山田圭吾の才気がすごく率直に立ち上がってくる。ポップ・ミュージックのフロントは今ここにあるのだとひそやかな自信をこめて、しかし極めて個人的に宣言するアルバムだ。だが、その饒舌な印象とは逆に、このアルバムが最終的に僕たちに残すのは音楽が鳴り終わった後の沈黙であり静寂のように思える。「作品の表面だけを見ろ、その背後には何もない」と言っただれかさんを思い起こさせるような作品だ。

で、結局それってアプローチが逆なだけでやってることは同じなんじゃないの、と思った訳だ、僕としては。もちろん今さら小沢と小山田を対置して論じること自体がナンセンスだという意見もあるだろう。その通りかもしれない。でも、このアルバムを聴いて僕が直感的に「これって『環境学』に似てね?」と思ったのは確かだし、両方のアルバムから1曲ずつ交互に並べたら結構面白いアルバムになったりしないだろうか。あれから長い時間を経て、結局二人、離れた場所から同じような景色を見てるのかな、と思った。
 

 
HOW TO GET EVERYTHING YOU EVER WANTED IN TEN EASY STEPS
  The Ordinary Boys
7梅

今どきのビート・バンドの中ではバカバカしいほど真っ直ぐにザ・ジャムやらザ・フー辺りへの憧憬を鳴らしていて微笑ましいオーディナリー・ボーイズであるが、いったこいつらはこの先どうして行くんだろうと心配にもなる。前作でレゲエ、スカへの接近を見せた彼らだが、3枚目にあたる今作ではチープなエレクトリック・ビートを取り込んで見せた。もちろんそれは、まあ、ビート・パンクをベースにした上での味つけみたいなもので全体の路線自体は変わっていないのだが、それでも随分器用になった印象はある。

だが、それより何より、この安っぽいシンセ音とか早いスカとか、これを聴いて思い起こすのは、まだバリー・アンドリュースがいて、パンク・バンドだと思われていた頃のXTCだ。サム・プレストンの声質が意外とアンディ・パートリッジに似ていることもその印象を強めている。まるで初期XTCが残した未発表音源を聴いているような錯覚にすら陥るこの作品では、ひたすら小気味よいビート・パンクに乗せて明快なメロディをたたきつけている。このバンドが生まれ持ったポップ感はやはり本物だったと思わせる出来だ。

だが、XTCがデビューした70年代後半と、僕たちが生きているこの00年代中盤との最大の違いは、今ではそのような種類のビート・パンクはすべてカタログ化、規格化され、分類されてしまっているということだ。このバンドの達者さはもはや疑いようがなく、また、モッズへの傾倒、あるいは本作で一層明らかになったツートーンへの傾倒は僕は支持するが、カタログからはみ出しようのない幅員の音楽では支持層は一定以上には広がらない。「BOYS WILL BE BOYS」があまりによすぎてそれだけで全部許しそうになるけどね。
 

 
BORN IN THE U.K. Badly Drawn Boy 7竹

美しい。流れるようなアレンジ、ゴージャスなコーラス、ストリングス、ピアノ。もともと端整な曲を書く人なので、こういう仕立て方をしたらハマるのは初めから分かっていたこと。鬼に金棒というか渡りに船というか、よく分からないが、水を得た魚のようにポップの大海を気持ちよく泳ぎまわっているとでもいおうか、そういうのびのびしたアルバムである。もちろんこの人ならではの屈託というか影のような部分も残されてはいるのだが、全体として受ける印象はとてもメジャー感あふれるポップ・アルバムのそれだ。

それはそれでいいし、それがアーティストの幸福な成長というものなのかもしれない。そして、その中でBDBの本質的なものをどう主張し、聴かせて行くのかということこそこれから彼が考えて行かなければならないことなのだろう。このアルバムではそれが最終的に彼の声に回収されている点で、ただのおめでたいイージーリスニング的大仰さから救われている。美声でもなく、爆発的な歌唱力がある訳でもなく、というよりむしろ決して上手くないボーカルの中にこそこの人の歌の真の吸引力があるように思えるのだ。

だが、だとすれば、このゴージャスなサウンド・プロダクションは果たして本当に不可欠なものなのだろうか。このアルバムを聴いていると、僕はいったい何が聴きたくてこの人のアルバムを買ったのかが少しずつ曖昧になってくる気がするし、そのためにアルバム全体がすごく散漫に聞こえてしまう。もっとシンプルに、ストレートに、「歌」のあるべきところに直接切り込んでくる近さがあっていいのではないだろうか。全体として悪くはないのだが、どこかに薄い膜が一枚はさまっているようなもどかしさの残る作品。
 

 
SUPERBI The Beautiful South 7梅

「芸能」の世界にまで高まりつつあるビューティフル・サウスの新作である。前作はカバー集だったが、カバーでも何でもとにかくビューティフル・サウス味で聴かせてしまう、あの唯一無二感は圧倒的ですらあった。たぶんそうと説明されなければみんなオリジナルだと思ってしまうだろう。おそらくポール・ヒートンに女声ボーカルが絡むスタイルがいちばんのファクターなんだと思うが、恐るべき予定調和というか、いつか聴いた感じというか、ある意味決して期待を裏切らない優秀なバンドなのである。

それでも僕がこの人たちのアルバムを買い続けてしまうのはなぜだろう。小気味よいメロディ、美しい曲の展開、その奥に忍ばされた毒(歌詞は実際よく分からないが)、それらがお茶の間の伝統芸能になるところのをぎりぎりのところで邪魔しているからだろうか。今作も、まあ、いつものアレだろうと思って買ったのだが、やっぱりいつものアレだった。ただ、気のせいか、少しばかりリズムに、いつになく前がかりでアクティブなモメントが感じられる。全編という訳には行かないが、おっと思う瞬間がある。

この突っかかり感はハウス・マーティンズ時代に聴いたあの感じ。これはプロデューサーがイアン・スタンレーに変わったことも影響しているのかもしれない。いい曲を書くし本国では超人気バンドなのに日本じゃダメなんですよね的な某マニア誌的な愛好のされ方ではやはりもったいないバンドだと感じさせられる、今年の意外なもうけものだったアルバム。それにしてもこのバンドに必要なものはやはりリズムの広がりだと痛感させられるし、そうであればノーマン・クックが手を貸してくれないかなあ…。
 

 
5:55 Charlotte Gainsbourg 6松

シャルロット・ゲンズブル。1971年、女優ジェーン・バーキンと作曲家であり俳優でもある(その他にもいろいろである)セルジュ・ゲンズブルとの間にロンドンで生まれる。1984年、13歳の時に映画「残火」でスクリーン・デビュー、1986年には映画「なまいきシャルロット」に初主演するとともに、父親のプロデュースでアルバム「魅少女シャルロット」を発表。以後今日までに多数の映画に出演…。これがこの人のプロフィールである。で、これは彼女が20年ぶりに発表した2枚目のアルバムなのである。

ジャーヴィス・コッカーが詞を書いている他は、エールの二人が曲を書き、アレンジし、演奏し、プロデュースもしている。したがって音楽的にはまったく危なげがない。シャルロットの声を生かすためか曲調は概してミドル・テンポ以下のけだるい雰囲気であり、ピアノを中心としたたゆたうようなバック・トラックに乗せてシャルロットがささやくように歌う。あの「魅少女シャルロット」が20年経ったらこうなったという意味で非常に納得感のあるオーソドックスなアルバムに仕上がっていると思う。

シャルロット・ゲンズブルはもともと本職の歌手ではないので特に歌が上手い訳ではない。この人の歌の特徴は結局のところ「声」の存在感であり、「息づかい」のエロティシズムである。だが、その点、今や女盛りのはずのこの人の色香をこのアルバムはすくい取りきれていないのではないかと僕は思う。14歳のシャルロットに容赦なく声量以上の歌唱を要求しヒィヒィ喘がせたセルジュ・ゲンズブルの実の父とも思えない鬼のようなプロデュースに比べれば、ここでのシャルロットは楽し過ぎかもしれないね。
 

 
LOVE The Beatles ---

話題のビートルズの「新譜」である。もちろん文字通りの新譜である訳はなく、シルク・ド・ソレイユという一種のサーカス・ショーのために、ジョージ・マーチンとその息子のジャイルズ・マーチンがビートルズのオリジナル・マスターをリミックスして作り上げた「新しい」ビートルズの音源だというのが正確な説明だ。リミックスといっても単なる音のバランスの調整ではなく、例えばある曲のバック・トラックに別の曲のボーカルを乗せたりというような、曲を超えたパーツの入れ替えが行われている。

20世紀の音楽遺産ともいうべきビートルズの音源をここまで解体し、腑分けしてしまっていいものか、おそらく議論はあるだろう。僕も正直かなり抵抗があった。買おうかどうしようか迷いもしたが、聴いてみると意外に素直に楽しめた。考えてみればどの曲のどのパーツにもはっきりと記名性のある(どの曲のどの部分か分かる)ビートルズの音源だからこそこういう「遊び」ができるのだし、少々いじったところで彼らの原曲のよさは際立ちこそすれ、簡単に損なわれてしまうほど脆弱なものではない訳だ。

この間奏のギターはどの曲から取ってきたんだっけ、とか考えながら聴くだけでも楽しいし、この曲とこの曲をこんなふうに重ねるか、と驚くのも面白い。そして、このアルバムを聴いていると、もう何度も聴き倒したはずのビートルズのオリジナルをもう一度聴きたくなってくる。そう、この曲を、あのオリジナルできちんと聴きたいという猛烈な欲求が湧き起こってくるのである。できることなら、ビートルズなんて聴いたことないという人にこのアルバムがどう聞こえるのか、それを確かめたい気はする。
 

 
MIRRORS フルカワミキ 7竹

スーパーカーというバンドが僕は好きだった。中でも、初期の、ギターロックに対する憧憬がストレートに表れていた頃の、くぐもったギターノイズの向こうから時折ハッとするような言葉が断片的に聞こえてきたりするような彼らが。もちろん彼らがそこからエレクトロニカに進化して行くことがある意味で必然なのは理解できたし、そうやって制作したアルバムもまた優れた作品ではあったけど、僕がいちばん素直に愛せたのはやはりファーストとセカンドだった。特に「Lucky」という曲が僕は好きだった。

あの曲でボーカルを(半分)取っていたのがベースのミキちゃんだった。どんな顔をしているのか分からないような抽象的な声で、まるで切迫感のない歌詞を、独特のシンコペーションに乗せて歌うこの曲は、僕にとってスーパーカーの象徴だった。そのミキちゃんが、スーパーカーの解散後初めて制作したソロ・アルバムがこれだ。音楽的にはスーパーカーの初期っぽいギターロックもあるが、だいたいはエレクトロニックなビートにギターが乗っかってくる感じのコンテンポラリー・ロックに仕上がっている。

バック・トラックは、例えばコーネリアスとかレディオヘッドとか、ぎりぎりロックのフィールドでその最前線を見定めようとしている人たちの流れを汲む高性能ロックに仕上がっている。その意味ではやたらボーカルが暑苦しい母性系の女性シンガーとは一線を画していてさすがミキちゃんと思わせる。残念なのは曲そのもの、メロディそのものの力がバック・トラックの構築力に拮抗しきれていないことだ。ソングライティングは天性も大きいが、もう一つ先に突き抜ける感じのキラー・チューンが欲しい。
 

 
ORPHANS Tom Waits
HIT PARADE Paul Weller
LOVE & HAPPINESS Al Green
GET ON UP Bo Gumbos
B-ETHICS 金子マリ
 



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