昨日紹介したピカデリー・サーカスのアルバムを聴くと、そこで松尾だけが異彩を放っていることが分かるだろう。BOXのときには杉真理とのバランスにおいて絶妙に作用していた松尾の異化作用は、しかしピカデリー・サーカスのアルバムでは、全体の比重が同窓会的、あるいはディナーショー的予定調和に大きく傾いていることとも相まって、むしろ一人場違いな印象を与えるに至っていると僕は感じない訳には行かない。あの「温かい」雰囲気の中で松尾の声だけが10度くらい低い冷気を放っているようなのだ。
そう、松尾はそもそも強烈な異化作用を持つアーティストだった。その声、その風貌、「愛しのロージー」を初めて聴いたとき、僕はその奇妙に歪んだ音像と決して美声とは言えない声に強く耳を引きつけられると同時に、その奥にあるポップとしかいいようのないメロディラインやコード進行に脳味噌の中枢を直撃されてしまっていたのだ。XTCあたりをきちんと聴いていればあるいは免疫もあったのかもしれないが、いかんせん当時の僕はまだまだ純朴であり、松尾のヒネリに手もなくやられてしまったのだった。
その松尾の最新作であるが、ギターに白井良明、コーラスに鈴木さえ子、作詞はサエキけんぞうというクレジットだけで涙が出そうな傑作である。というか松尾清憲に傑作以外のアルバムが存在するとすればそれは名作だというくらいこの人の作るものには間違いがないのである。このアルバムでも彼の歪んだポップ・センスは全開であり、そこには日常の隣りにぽっかりと開いた異世界への入り口がある。この中毒性、習慣性のある異形のポップをポップおたくに独占させるのはもったいなさ過ぎると僕は思うのだ。
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