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GAZE The Beautiful South 6竹

今にして思えばポール・ヒートンとノーマン・クックが一緒にやっていたハウスマーティンズというバンドは一つの奇跡だった。レノン=マッカートニーとかジャガー=リチャーズほどではないにせよ、それぞれに強い個性を持ったふたつの才能がたまたま同じバンドで演奏していた訳だ。ハウスマーティンズは2枚のオリジナル・アルバムを残して解散し、ノーマン・クックはファット・ボーイ・スリムを、そしてポール・ヒートンはこのビューティフル・サウスを始めることになった。

僕の中では、ビューティフル・サウスというのは「アクの抜けたハウスマーティンズ」であり「失速したビート・ポップ」である。もちろんそこにはただの残骸にとどまらない切実さ、ある種のスタティックでシニカルな氷の美しさがあり、逆のサイドから見ればハウスマーティンズの方が「性急なビューティフル・サウス」であるという言い方もできる訳だが、ビューティフル・サウスを聴くたびに、僕はあのハウスマーティンズの前のめりなビート感をそこに探し続けてきたように思う。

そういう意味ではノーマン・クックが参加し、リズム的に幅を広げた前々作は面白い試みだったと思う。しかし今作には「バーチャルな懐メロ感」と僕が形容した前作の停滞感を打ち破るほどのブレイク・スルーはなかったと言わなければならない。おそらくこの路線であれば本国でそれなりの人気は得られるだろう。日本でもネクロフィリアっぽいポップオタクみたいな人たちには愛好されるかもしれないけれど、これを聴くならハウスマーティンズの旧譜を聴いていたいと僕は思った。
 

 
SUMMER OF LOVE Picadilly Circus 6梅

かつて杉真理と松尾清憲が組んでいたBOXというユニットに伊豆田洋之やチューリップの上田雅利らを加えて発展的にできたのがこのピカデリー・サーカスであり、昨年暮れにリリースされた本作が2枚目のアルバムである。メンバーを見れば分かるようにビートルズを初めとするブリティッシュ・ロック、ポップのエッセンスを正統に継承し、達者なソング・ライティングと危なげのない構成で聞かせる。そういう音楽の好きな人なら思わずニヤッとしてしまうカラフルでポップな分かりやすいアルバムだ。

もちろんそのことにケチをつける気はない。作品としてよくできていることは間違いのないことだ。だがこのアルバムが音楽の、ロックの「現場」で作られているかと問われれば僕は首を横に振るしかないだろう。それはこのバンドの1枚目のアルバムでも感じたことだし、杉がソニー・レコードを離れてからリリースした作品にも感じていたことだ。この現場性のなさは結局それが何かを切り開いて行くオープンな力に欠けていることから来ている。これを聴いていると音楽が限りなく自閉して行くような気がするのだ。

それはどこか、常連ばかりが集うパブか何かに間違って足を踏み入れてしまったような居心地の悪さを感じさせる。お互い気心の知れた者どうし、内輪で分かる言葉だけで交わされる会話、その輪の中にいる者には楽しいだろうが部外者には何の意味もない冗談、この音楽はそのようななま暖かい仲良しクラブの中に閉じこもってそこから出てこようとしない。同時期にリリースされた松尾清憲のソロには日常を異化する力が十分にあるのに、ここにあるのはただ日常の傷を互いに舐め合うような趣味的な箱庭だけだ。
 

 
SPIN 松尾清憲 7松

昨日紹介したピカデリー・サーカスのアルバムを聴くと、そこで松尾だけが異彩を放っていることが分かるだろう。BOXのときには杉真理とのバランスにおいて絶妙に作用していた松尾の異化作用は、しかしピカデリー・サーカスのアルバムでは、全体の比重が同窓会的、あるいはディナーショー的予定調和に大きく傾いていることとも相まって、むしろ一人場違いな印象を与えるに至っていると僕は感じない訳には行かない。あの「温かい」雰囲気の中で松尾の声だけが10度くらい低い冷気を放っているようなのだ。

そう、松尾はそもそも強烈な異化作用を持つアーティストだった。その声、その風貌、「愛しのロージー」を初めて聴いたとき、僕はその奇妙に歪んだ音像と決して美声とは言えない声に強く耳を引きつけられると同時に、その奥にあるポップとしかいいようのないメロディラインやコード進行に脳味噌の中枢を直撃されてしまっていたのだ。XTCあたりをきちんと聴いていればあるいは免疫もあったのかもしれないが、いかんせん当時の僕はまだまだ純朴であり、松尾のヒネリに手もなくやられてしまったのだった。

その松尾の最新作であるが、ギターに白井良明、コーラスに鈴木さえ子、作詞はサエキけんぞうというクレジットだけで涙が出そうな傑作である。というか松尾清憲に傑作以外のアルバムが存在するとすればそれは名作だというくらいこの人の作るものには間違いがないのである。このアルバムでも彼の歪んだポップ・センスは全開であり、そこには日常の隣りにぽっかりと開いた異世界への入り口がある。この中毒性、習慣性のある異形のポップをポップおたくに独占させるのはもったいなさ過ぎると僕は思うのだ。
 

 
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