logo 2003年6月の買い物


HAIL TO THE THIEF Radiohead 8竹

かなり本格的に行っちゃってた前二作に比べると、確かにバンド的な触感は戻ってきているかもしれないが、精神衛生的にはさらに行っちゃった感さえするレディオヘッドの新作。夢に出てきそうな、というか僕たちの精神の触ると痛いところをぴりぴり刺激してくるような、感じようによっては不快なんだけどハマるとやめられない的なかなりヤバめのニューロティック・ドラッグ・ロックとでも言おうか。普通の意味でのポップ・ソングを聴きたい人には初めからご遠慮願った方が無難かもしれない。

それにしてもトム・ヨークという人はどうしてこんな声が出せるのか。この人の声を聴いて僕が思い浮かべるのは、例えば生まれたばかりでまだ仔犬にさえ見えない犬の赤子。か細く、かん高い声で鳴く、無力でヌルヌルして弱々しい生命。そのヌメヌメした感触が僕たちの悪夢のスイッチを押しに来るのだ。これは怖い。デビッド・リンチの「イレイザーヘッド」を見た人なら分かってもらえるかもしれない。あれに出てくる不気味な赤ん坊、僕はこのアルバムを聴くたびあれが脳裏に浮かんでくるのだ。

この声を受け入れることができるかどうかがこのアルバムの評価を分けるかもしれない。僕たちを酔わせる悪い夢みたいな甘いドラッグ。傷をもてあそんでいる間に自分でも気づかないくらいたくさん出血しているような、自傷性の音楽。レディオヘッドといい、プライマル・スクリームといい、現代の優れたロックは聴く側にも相応の体力と疲労を要求する。聴いている間は没入できるが、聴き終わった後がヤバいアルバムだ。電車で聴くなら帰りの方がお勧め。これ聴いて会社行ったら仕事にならない。
 

 
BRING'EM IN Mando Diao 8梅

僕が極めて度量の小さな人間であってかたくなにイギリス系のロックしか聴こうとしない偏屈者だということは既にご存じの方も多いと思うが、そういう観点から言うとこのマンドゥ・ディアオもスウェーデン出身ということで、何が悲しゅうてスカンジナビアくんだりから出てきた田舎バンドのCDなんぞ買わねばならないのだと毛嫌いしていた。それでも一応買ってみることにしたのは、雑誌でやたら絶賛されていたのと、ジャケットの白黒写真が発散する不穏さがロックンロールの在処を示唆していたからかもしれない。

ともかく。これにはやられた。キてますとひとこと書いて終わりにしたいくらいキまくってる。リズム&ブルースを下敷きにしたクールなビート・ロック、ということはそのままモッド、例えばザ・フーとかスモール・フェイセズとかを引き合いに出したくなる路線だが、恐ろしいことに結構駄曲もありありだったザ・フーのファーストなんかと比べると完全にこっちの方が勝ってる。曲ごとの完成度が高い上にアルバムとしての緩急のつけ方も絶妙、クールかつポップで不穏な勢いに満ちた、そう、これがロックンロールだ。

スウェーデンだからどう、ということは言いたくないし言う必要もないだろう。難しい顔をする必要も、歌詞を対訳する必要もない。このアルバムに詰めこまれた曲がどれだけ真っ直ぐな訴求力を持っているか、ただ黙って聴くだけですぐに分かるだろう。際だっているのはやはり圧倒的なソングライティングの力。当たり前のロックンロールを当たり前にやるだけで何かを分からせることのできるバンドだ。例えば1時間ぽっかりヒマができて、じゃあ何かCDでも聴くかみたいなときに高い優先順位で聴きたくなるアルバム。
 

 
ENJOY THE MELODIC SUNSHINE Cosmic Rough Riders 7竹

数ヶ月前にHMV新宿南店の処分品ワゴンでこのバンドのシングルを1枚500円で2枚引き取ったのだが、それは何といってもレーベルがポップトーンズだったからであり、アラン・マッギーのやることなら少なくともシングル1枚500円、トータル1000円をブラインドで投じても損はあるまいと考えたから、というか、アラン・マッギーのやることならシングル1枚500円、トータル1000円をブラインドで投じて損しても許せると思ったからだ。それくらいアラン・マッギーという人は僕にとって特別な存在なのだ。

で、結果はどうかというと、2年前にリリースされたアルバムを探し出して新譜レビューに混ぜて論評したくなるような出来だったということだ。いったいアラン・マッギーはどこでどうしてこういうバンドを見つけてくるのだろう。路線としてはアクが抜けてからのティーンエイジ・ファンクラブにインド風サイケがブレンドされている感じ。ということはまさに僕のストライク・ゾーン真ん中高め、ってことで。しかもそれが雰囲気ものではなくきちんとTFCに匹敵するだけの実力を備えているところが憎い。

もちろんこの時が止まった感じはヤバい。今はいったい西暦何年なんだ、と思ってしまうくらいゆったりと流れる時間。僕たちが見ているのとは別の太陽が、この地球上のどこかでは1年中輝いているらしい。その国ではだれもが真新しいシャツを着てサングラスをかけ、海辺のカフェで古い友達に絵はがきでも書いているのだろう。残念だが僕たちはそういう国で毎朝ベーコンエッグを食べながら生きて行くことはできない。そんな、どこかで見たような記憶の中にひとときだけ連れていってくれるアルバム。
 

 
ココナツ・バンク ココナツ・バンク 9竹

銀次の「ソロ・アルバム」を待ち続けていた僕にとって、「ココナツ・バンク」のアルバムはどうも食指が動かなかった。なぜ今ココナツ・バンクなのかということがよく分からなかったし、喫茶ロックという胡散臭いイベントがきっかけになって再結成、というのも気に入らなかった。70年代的な貧乏くさいコミック・ソングや懐古的なロック・インストをやるのは勘弁して欲しい、それよりきちんとした「伊藤銀次」のアルバムを作って欲しい、そういう僕のニーズと銀次の意図はすれ違っているように僕には思えた。

それでも銀次関連の新作なのだから聞かない訳には行かない。会社の帰りに新宿のタワー・レコードで僕はこのアルバムを買った。相撲絵のジャケットにはイヤな予感がした。だが、家に帰ってオーディオから最初の音が流れ出した瞬間、僕には分かった、これこそが僕の待っていた銀次のソロ・アルバムなのだと。自由に跳ねるリズム、メリハリを利かせながら流れる美しいメロディ、オーソドックスでありながら遊びのあるアレンジ、リリカルな歌詞、そして銀次の細い声のボーカル、僕が夢見たすべてがそこにあった。

しかし僕がこのアルバムを高く買う理由はそれだけではない。重要なのはこのアルバムに一つの明確な「核」があり、すべての曲、すべての要素がその核に向けて統合されていることだ。その核とはいうまでもなくバンドというコンセプトであり、それはココナツ・バンクというフィクションを設定したからだ。才能を闇雲にまき散らすのではなく、ある目的に向かって組織したことが、このアルバムを非常に輪郭のくっきりしたものに仕上げたと言えるだろう。ココナツ・バンクは30年を経て伊藤銀次を再生したのだ。
 

 
POPARTGLORY Jasmine Minks  
CM2 Cornelius  
OK COMPUTER Radiohead  
REMEMBRANCE DAYS The Dream Academy  



Copyright Reserved
2003 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com