logo 2002年12月の買い物


HAVE YOU FED THE FISH? Badly Drawn Boy 8梅

例えばアンディ・パートリッジとかトッド・ラングレンとかだと、資質としてはとてもポップでキャッチーなフレーズを持っているのに、それをことさらに気難しげなイディオムの奥に隠してしまうことが多い。リスナーはその一瞬の「ポップの残像」を追い求める間に彼らの音楽の奥深さを知らず知らずに体験する訳だが、そのためには一種のディシプリン(修練)が必要な仕掛けになっていて、素直にポップ・チューンだけを楽しませてもらう、美味しいところだけをつまみ食いするという訳にはなかなか行かないのだ。

BDBも同じような人かと思っていたら前作「ABOUT A BOY」(同名映画のサントラ)はかなりストレートにポップな出来で意外だったのだが、それから数ヶ月のインターバルでリリースされたこのオリジナル・アルバムはさらにゴージャスで美しいポップに仕上がっており、ファースト・アルバムで僕が感じた、どうしてもひとひねり入れずにはいられない偏屈ポップ職人気質みたいなものは思い違いだったのかと一瞬戸惑ってしまった。もしかしたらこの人は本当にポップ・ミュージックの好きな、人のいい吟遊詩人なのかと。

だが、このアルバムを何回か聴いているうちに、そんな心配は無用だということが分かるだろう。むしろポップな表層の奥にこそ、サブリミナルな歪みやひねりが横たわっているのだ。それはおそらくこの人自身が気難しいとか偏屈だとかいうのではなく、素直にポップ・ミュージックを作ろうとしながらもそのようなある種の破綻が不可避的に忍びこんでしまうという運命的な資質の問題であるはずだ。そうした重層的な構造がポップという一点でコマーシャルに結実した傑作だと言い切ってよい。買ってよかった。
 

 
BRAINWASHED George Harrison 7松

僕はこのアルバムを聴くのに気が進まなかった。何というか、「泣き」の入った過剰なアルバムだったらイヤだな、と思ったのだ。何と言ってもこれはあのジョージ・ハリスンの遺作である。例えばこれがジョン・レノンの遺作だったら、少々突飛なものであろうが珍妙なものであろうが納得できるかもしれない。だが、ジョージ・ハリスンの遺作が大げさなものであったらどうだろう。それは素晴らしい「普通の曲」を作り続けることで自分の居場所を確保してきたアーティストに似つかわしくないと僕は思ったのだ。

だがそれは杞憂だったようだ。このアルバムは、ジョージ・ハリスン自身が99年頃からレコーディングしたトラックをジェフ・リンが完成させたものらしいが、まあ、確かにジェフ・リンがそんな無粋なことをする訳はない。逆にここで聴けるジョージ・ハリスンの歌声は、拍子抜けするほど普通であり自然だ。おそらくは忍び寄る死の影を感じながら作ったはずのアルバムが、どうしてこんなに「当たり前」のたたずまいをしているのか、そっちの方が不思議になるくらい、これは「ジョージ・ハリスンの新譜」なのだ。

圧倒的なもの、劇的なものとは無縁の「普通の曲」。だがそのどれもがジョージ・ハリスン以外ではあり得ない「普通の曲」だ。魔法のようなポールの旋律とも、運命的なジョンのシャウトとも違う、ただひたすら普通の曲としての高みを目指し続けること。このアルバムの気負いのなさ、自然さは、そんなジョージ・ハリスンの来し方をそのまま映したようだし、それがジェフ・リンの愛情だったのだろうと思う。ジョージ・ハリスンは死を予感したからこそ、こんなに普通で、美しいアルバムを残したのかもしれない。
 

 
ZERO FOR CONDUCT Jetplane Landing 7松

ギターの音が好きだ。ギターの音には感情があるからかもしれない。つまびくギターもあればかき鳴らすギターもある。そこには感情の起伏があり喜怒哀楽がある。僕がこのレビューで取り上げるアーティストもそのほとんどは広い意味でのギター・バンドだと言っていいだろう。だれかが取りあえず手近にあった最も扱いやすい楽器を抱えて歌い出すとき、そこには華麗なシンフォニーとは別の種類の心の高揚があるし、僕はそこに宿るマジック、魔法のような瞬間を体験したくてロックを聴いているのだ。

このアルバム自体はイギリスで1年以上前にリリースされたものらしい。それが2002年12月になってようやく日本でも紹介されることになったようだが(それもインディーズからだ)、はっきり言ってこれはいい。買うべきだ。ギター・ロックと呼ぶ他ないようなシンプルでストレートなロックが聴ける。もちろん曲調は痛快なジャンプ・ナンバーから静かなバラードまで、オーソドックスなメロディからアバンギャルドなアレンジまでバラエティに富んではいるが、そこにはしっかりとした通奏低音がある。

それはスリーピースという最小編成のバンドで、ギターという原始的な楽器を頼りに肉声をぶつけて行くという直接性への信頼のようなものだ。アルバム全体としては先に書いたようなバラエティが逆に散漫に響く部分もあり、もう少し狙いを絞った構成にするべきではなかったかとも思うが、この「近さ」は高額の宣伝費をかけてデビュー・キャンペーンを打ち上げてもらえるメジャー系の新人には見出しがたいものだ。大売れするかどうかはともかく、これは聴き継がれるべきアルバム。買って損なし。
 

 
1 LOVE V.A.  
THE LEGEND 佐野元春  
WINTER LOUNGE V.A.  



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