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SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 元気にしているかい?

3月13日が佐野の誕生日であることは、ファンなら誰でも知っていることだ。この日、佐野のオフィシャルサイトはあまたのファンたちから寄せられたバースデーメッセージであふれていた。君のメッセージも含めてどれもこれも、いかにして佐野に喜んでもらおうか苦心に苦心を重ねたことがよく解る、素敵なメッセージばかりだったよ。そしてライブは名古屋だ。こちらでは一体なにが起こるのだろう。僕はワクワクしながら名古屋に向かった。

ライブは普段通りに始まり、普段通りの展開で進んだ。特に変わった趣向は何も凝らされることなく、ともすれば期待外れに感じるほどオーソドックスなライブが進められていく。だけど何かが違うんだ。ステージから、いつもと違った何かが放たれているような気がする。僕にはそれが佐野の後ろから、正確にはHKBのメンバー5人から出ているように感じられたんだ。彼らのステージにおける集中力の高さは今更述べるまでもない。その5人が、普段よりも更に高い集中力で、適当な形容詞が見つからないほど密度の濃い演奏をしている。どうやら彼らは、変な小細工をするよりも一分の隙もないステージをすることで佐野の誕生日を飾ろうという結論に達したらしい。今日だけは譲れない、倒れても、腕が折れても絶対に盛り上げてやるとでも言いたげな、もの凄いパワーが演奏に込められているのがよく判るんだ。特に井上のベースは、まるで彼の中に鬼でも住んでいるんじゃないかと思うほど鋭くてかっこよかった。僕は改めて、彼らの素晴らしい演奏者魂に心から敬意を表したいと思う。

本編が終わり、アンコールへの拍手が始まると、堰を切ったようにあちこちから大小さまざまなプレートや幕が掲げられ始めた。いかにも手作りらしい可愛いプレートから、まるでJリーグの応援かと思うほど見事に染めあげられた大きな横断幕まで、形は違っても伝えたいことはみんな一緒だ。

"HAPPY BIRTHDAY MOTO!"

この日イチバン上手だったのは佐野でもバンドでもスタッフでもなく、客席に陣取るファンたちだったのかもしれない。アンコール。そんな会場を見渡した佐野元春は、しばし絶句したあとちょっとつまりながらこう言ったんだ。

「泣きそうだよ。」

そしてウーリッツァ・ピアノの前に座った佐野は、嬉しそうにニンマリ笑うと、茶目っ気たっぷりにこう言った。
「今年で僕は24才だ(場内爆笑)。その証拠にこの曲を唄う。」

佐野自らのカウントで始まったこの曲で、場内は熱気と、興奮と、安らぎと、その全てが入り交じったような何ともいえない雰囲気に包まれたんだ。

「ガラスのジェネレーション」

アレンジは原曲通り。最もファンに馴染んだ昔からのアレンジの上にHKB各々の個性でちょっとした華が添えられている自然な展開だ。佐野の隣で西本がピアノを弾き、KYONはフライングVをもって佐橋の隣に立つ。しかし何度も言うようだが、やはりKYONという男はただ者じゃないと思うよ。この曲にフライングVだぜ。僕なんか凡人だからこんな組み合わせ、想像もつかないよ。ストラトか、テレキャスターをもってくるのがせいぜいだろう。

よく佐野はジョン・セバスチャンの話をする時に「彼が目の前でハーモニカを吹き始めた瞬間、時間が昔に戻ってしまったようになった」というようなことを言う。この日、この曲が始まった瞬間、僕の身にも同じようなことが起こった。佐野がこの曲を唄い出したとたん、僕はいっきに、彼のコピーを夢中になってやっていた高校生の頃にフラッシュバックしてしまったんだ。

僕は17才の頃、文化祭バンドで佐野のコピーをやっていた。担当はベースだ。そのバンドが最も得意としたレパートリーが「アンジェリーナ」そしてこの曲だった。といっても僕はあんまり上手い方じゃなかったから、レコードで聴く小野田清文のフレーズをコピーするのが精一杯で、井上のようにいかしたフレーズを差し挿むことはできなかったんだけどね。

ヴォーカルは調子っぱずれだったけど妙に音の指向が合う男で、佐野のライブに初めて行った時も彼が一緒だった。今はカメラマンになって、ある大手電機メーカーでカタログに載せるモーターの写真を撮っている。

ホーンのいないHKBで間奏のリードをとるのはギターだ。佐橋の主旋律にKYONが3度下のハーモニーをつけている。そして佐橋の弾くギターのリードを聴いた時、僕は"懐かしい"を通り越して"切ない"気持ちになってしまうのをどうすることもできなくなってしまったんだ。

僕らのバンドもサックスを調達できず、このリードはギターで弾いていた。しかもギターだった男は佐橋と同じように、身長が160cmそこそこしかなくて、アコギがめっぽう上手くて、そしてどんな時も笑顔を絶やしたことのない、とてもピースフルな奴だったんだ。

僕は彼が弾くギターの音色が大好きだった。文化祭だけじゃなくて、そのあともずっと一緒にやりたいって思っていた。そうしたらある日、僕が切り出すよりも早く、彼はこんなことを言い出したんだ。
「オリジナル創ったから、次のミーティングの時に持ってくるよ。」
文化祭用の寄せ集めバンドだったはずの僕たちは、誰が言い出すでもなく、パーマネントなバンドとして活動を始めようとしていた。

ところが、だ。
そのバンドは2か月後、突然解散してしまった。原因はギターの脱退だった。彼の家が経営していた土建会社が倒産し、父親が運転資金を持って蒸発してしまったんだ。広い家から小さなアパートに転居し、魚市場の仲買と学習塾講師を掛け持ちして家計を支えることになった彼は、バンドどころか連絡をとることすら難しくなってしまった。

「ギターは差し押さえられないように塾の教え子に預けたよ。バンドは続けるから心配しないで。」
そう言って僕らにいつも通りのピースフルな笑顔を見せた彼は、その日を境にぷっつりと学校に来なくなった。そうして年が明ける頃、彼からの連絡がないまま、僕らはバンドの解散を決めたんだ。

おそらく彼らはもう、佐野のライブを観に来てはいないだろう。それは仕方のないことかもしれない。でも僕はせめて、彼らの家のCDラックか、あるいは愛車のCDチェンジャーの中に「THE BARN」があってほしいと願っているし、そうあってくれると信じている。
「つまらない大人にはなりたくない」
佐野と唱和した瞬間、不覚にも下瞼が痙攣し始めた僕は、ついにこの曲を最後まで唄い切ることができなかった。

僕がこのツアーでこの曲を聴いたのはこの時が最初ではない。だけどこの日、佐野がこの曲を唄ってくれたのはこの上なく嬉しいことだった。佐野にはこれからもこの曲を大切にして欲しい。きっと僕以外にもいるであろう、最後のワンフレーズが唄えなかった奴らのために、ね。

いつのまにか僕の話ばかりになってしまって申し訳ない。佐野の誕生日なんだから佐野の話をしなくちゃ。この日のゴキゲンなアンコールは、まだまだ終わっちゃいないんだ。

「もう1曲いこう。みんなともっと、もっともっと、ホットになりたいんだ。」

ステージ中央でギターを肩に掛けながら佐野が言う。ライブは最終局面、ミッチ・ライダーのカヴァーと佐野のクラシック曲から成る「デトロイト・メドレー」が演奏されるタイミングだ。だが何かが違う。KYONだ。いつもならギターをぶら下げて佐橋の脇に下りているはずのKYONが、きょうはオルガンの前にどっかりと腰を下ろしているんだ。

佐野は一旦マイクに向かおうとしてすぐ「ちょっと待って」と踵をかえすと、佐橋と井上の耳もとに順番に何かを耳打ちした。
「今、何を話していたかというと、曲の出だしはどんなんだったっけ…?」
実際どう考えてもそんな話をしているはずはないのだが、佐野がちょっと恥ずかしそうに言うと、ついついそれを信じてしまいそうになる。そして佐野は続ける。「時々僕は曲の出だしを忘れてしまう。でも、そんな時はいつも、Hobo King Bandが助けてくれるんだ。」そういうと佐野はバンドの中から、西本と小田原を唐突に紹介した。

なぜここでこの2人が紹介されたのか、その答えは数秒後に出た。次に発せられた音は佐野による「デトロイト」のカウントではなく、西本がピアノで弾くこの曲のイントロだったんだ。

「悲しきRADIO」

イントロが聴こえたときの客席の大歓声を君にも聞かせたかったよ。僕が知る限りこのツアーでこの曲が演奏されたのは初めてのことだ。おそらく佐野がファンへの感謝の印としてライブ前か、あるいはアンコール直前に急遽思いついたんだと思う。これでKYONの位置取りの理由も、直前の耳打ちの謎も全て解けた。

ビルディングの壁に映るあの娘の スウィンギン・ダンシン・シャドウ!

佐野のシャウトひとつひとつに会場全体が熱狂する。カヴァーもかっこいいけれど、やっぱり佐野のオリジナルは違う。佐野とオーディエンスの間に交わされるキャッチボールの球数は、カヴァーとオリジナルでは比較になるはずもない。そして間奏、佐野は本当に興奮した時にだけやってみせる、ステージ前端に膝から滑っていって座り込むポーズを久々にやってみせたんだ。

RADIO RADIO
おしゃべりなDJ もういいから
RADIO RADIO
いかしたミュージック 続けてもっと

そうして全曲が終わるとそのままつなぎが入り、曲はいつものメドレーへと突入してゆく。次に来るのは「So Young」。だがこの曲は原曲通りには唄われない。小さく響くベースとドラムにのせて「Welcome To The Heartland」のメロディ−で唄われるんだ。

Yes,You need somebody to love…

2番のサビまでいっきに唄い切ると佐野は言う。
「ここでThe Hobo King Bandのメンバー紹介をもう一度ちゃんとしよう。」
そしてメンバーが順番に紹介され、会場が唄う「Yes,You need somebody to love」のメロディーにのせて各々8小節のソロスペースが与えられる。紹介の順番は日によって若干異なり、この日は佐橋→KYON→井上→小田原→西本。日に日にデフォルメされて今や実体から程遠くなりつつある西本の紹介なども本当はぜひ特筆したいところだが、今は先を急ぐのでまたの機会にゆっくり話すことにしよう。

そうして全員の紹介が終わると、オルガンブースのKYONがすっくと立ち上がってマイクを握り締め、いきなりこう切り出すんだ。
「そして最後に!ほんとに最後に!」
佐野が驚いて周囲をきょろきょろと見回すようなゼスチュアをしてみせる。
「俺たちの前に、みんなの前に!ヴォーカル、ギター、ダンシング、ハープ、佐野元春!! ワン、ツー、スリー、フォー!」
会場中が佐野を指差し「Yes,You need somebody to love」の大合唱。佐野はステージの中央に立ち、上を向いて両手で自分を抱き締めながら全身で会場の大合唱を受け止める。

そしてここでついにThe Hobo King Bandは行動に出た。
「さあ、みんな一緒に唄おう!」
KYONの呼びかけに続く3拍子の伴奏。すぐにそれと判るメロディーに会場中が唱和する。

Happy birthday to you, Happy birthday to you
Happy birthday dear モトハル…, Happy birthday to you!

会場のあちこちから飛び交う「おめでとう!」の声。そしてステージには、このツアーのオフィシャル・スポークス・ウーマンである音楽評論家の能地祐子女史が登場し、大きな花束とMr.Beanがいつも持っているテディ・ベアのぬいぐるみが佐野にプレゼントされた。

佐野はプレゼントをギターアンプの上に置くと、ステージの中央に立ち、少しうつむいて額の汗を拭うマネをした。そのまま何秒ぐらいそうしていただろう。しばらくして顔をあげた時の佐野の表情は、実に晴れ晴れとしていた。
「みんなどうもありがとう。」
短い言葉だった。だがこのひと言が、どんなに長く飾られた言葉よりも佐野の気持ちをよく表しているように僕には感じられたんだ。

次に来るのは「彼女はデリケート」。KYONのピアノがフィーチャーされたイントロのあとサビの部分だけが唄われ、そしてそのまま、間髪をいれずにメドレーはこの曲へとなだれこむ。

「アンジェリーナ」

この曲で特筆すべきは小田原のドラムだ。彼はAメロでリズムの基本をバスドラの4つ打ちにおき、それに両手の乱れ打ちを合わせるという手法を取っている。他のパートのアレンジはほぼ原曲通りなんだけれど、土台がスネアからバスドラにすり変わっていることによって、曲が潜在的に持っている、増幅されたやり場のないエネルギーのようなものが、爆発寸前のような危うさをもって目の前に迫ってくるようで、却って曲の加速度が増しているように僕には感じられる。この曲が演奏されることについてはおそらく賛否両論あるだろうし、もしかすると君も疑問を呈するかもしれないと実のところ僕は思っている。だけど小田原が叩くこのドラムがある限り、HKBによる「アンジェリーナ」を僕は肯定するよ。ただ若さに任せた疾走感よりもっと危うい何かがそこにあると思うから。

ワンコーラス終わったところでつなぎが入り(実を言うと僕が今回のメドレーで最も好きなのはここのつなぎなんだ)、メドレーは次へと進んでゆく。

「僕は先月、インフルエンザにかかった。熱を計ったら39.4度。脳みそが溶け出すかと思った。」
演奏を制止すると佐野は客席に向かって話し始めた。
「久しぶりにベッドに横たわって、いろいろなことを考えた。哲学的なことを、考えに考えた。世界中で最もよく使われている言葉って一体なんだろう。もしかしたらそれは"I love you"っていう言葉かもしれないな、って。」
HKBのメンバーたちが何ともいえないゆがんだメロディーを「ギュワワワ〜ン」と差し挿む。
「そして2日め、39.4度。熱はまだ続いてる。僕には"冷えピタ"が必要だ。」
海外に住む君のために一応簡単に解説しておくと、"冷えピタ"とはおでこに貼りつけて熱をさますのに用いる、小児向けの冷却剤入り簡易シートの商標名だ。これを使ったということは、きっと佐野の家には氷のうがなかったんだな。
「僕は1日めよりも更に深く考えた。もし"I love you"という言葉を裏側から見てみるとしたら、それは"You love me"っていう言葉になるんじゃないかって。」
ここでまたもやHKBによるゆがんだメロディーの合いの手。
「そして3日め、熱は少し下がってきてる。39.2度。(確か仙台では38.7度だったはずだが…。)それで更に深く、1日めよりも2日めよりももっともっと深く考えてみた。もし"I love you"という言葉と"You love me"っていう言葉を、まるでコインの表と裏のように貼りあわせることができたなら、きっとそれは完璧じゃないか、って。そしてそれが本当かどうか、今ここで試してみたいんだ。今から僕が"I love you"って言ったら、そしたらみんなは僕に"You love me"って応えて欲しいんだ。」
そうして客席と2回ほど掛け合いの練習をすると、佐野はこう続ける。
「このあと、バンドの音はどんどん、どんどん、大きくなってゆく。そうなった時にみんなの"You love me"っていう声がもし、聞こえなくなってしまったら、僕はとても寂しい。とても。だからみんなも、バンドの音に負けないくらい大きな声で"You love me"って言って欲しいんだ。」
「負けないぜー!」僕の後ろにいた男性が叫ぶ。そうしてメドレーは最後の曲、君の大好きな「Welcome to The Heartland」に突入だ。

愛する気持ちさえ分けあえれば
"I love you" "You love me"

佐野の言葉通りバンドはどんどんヒートアップしてゆく。その中で佐野は懸命に"I love you"と唄い続け、観客は"You love me"と応え続ける。もうすでに20年近く行われてきたやりとりだけど、佐野はいつでも、まるでその日初めて試みたことのように真摯で真剣だ。だから観客も常に手を抜くわけにはいかない。そんな全体の興奮が最高調に達した頃を見計らって佐野が「ストップ!」と制止をかけ、次のカウントを合図にメドレーはエンディングとなる。そして最後、佐野はピート・タウンゼントのようなゴキゲンなジャンプを実に10回、軽々と飛んでみせたんだ。

これといった大仕掛けは何もなかったけれど、非常にシンプルで、いいバースデイライブだったと思う。ギターを肩から下ろすと、佐野はマイクに向かい、こう言ってステージを下りていった。
「僕は今年で何歳になったのか知らないけれど(笑)、でも、みんながいる限り、僕は曲を書いてゆく。そして来年も、The Hobo King Bandと一緒にここでライブをやる。」

ビートは続いてゆく。佐野が明日、今日と同じこの場所で、どんなライブを観せるのか僕は本当に楽しみだ。もしかすると明日こそが、今回のツアーの中で最も重要な日なのかもしれない。

それじゃ。また明日。


親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。

僕はもともとアーティストの誕生日だの何だのということにはあまり興味がないので、佐野元春の誕生日もごく最近までまったく意識していなかった。意識するようになったのは、昨年のバースデー・リンクに参加してからだ。今年はあまり時間がなかったので結局大したものも書けなかったけどね。

でも、キミのレポートを読んで、本当に微笑ましいバースデー・ライブの様子が伝わってくるようだった。僕ならたぶん「ハッピー・バースデー」の合唱のところは苦笑いしてたかもしれないけども、でもやはりこの日のライブはどこか特別なものだったんだろう。

「デトロイト・メドレー」、僕はいつでもこの曲が目当てでライブに通っていたような気さえするくらいだ。今回キミがこの曲をレポートしてくれてとても嬉しい。願わくば僕もライブで聴きたいところだけど、キミのレポートを読んで少しは様子も分かった、でもますます聴きたくなった。

明日の分のレポート待っている。
Silverboy



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