logo バーダー・マインホフ 理想の果てに


1960年代終わりから1970年代にかけて、ベトナム戦争やこれに異議を唱える世界的な学生運動の高まりを背景にドイツ(当時の西ドイツ)で活動した極左過激派組織ドイツ赤軍(RAF : Rote Armee Fraktion)ことバーダー・マインホフ・グルッペの誕生から、ルフトハンザ機乗っ取り失敗によるリーダーらの自殺までを、史実に基づいて克明に描いた映画である。

彼らの政治的主張の当否についてこの映画は何も言及しない。ただ、彼らがグループとして産声を上げ、戦術をエスカレートさせて数々のテロ事件を起こして行く様子をあくまでリアルに追いかけて行くだけである。我々はみんな、こうした極左過激派が結局のところ大衆の支持を得られずに自壊して行ったことを知っているし、冷戦が終わりベルリンの壁が崩壊してドイツが統合されたことも記憶している。そうした「答え」が作中で殊更に説明される必要はないということだろう。

僕がこの映画を見て最も強く感じたのは革命の困難さだった。とりわけ、理論と暴力の止揚という、革命にとって最も重要なアポリアのことだ。

革命は理論的背景がなければなし得ない。理論のない内乱は単なる騒擾であり暴動である。組織されない大衆はただの烏合の衆に過ぎない。しかし一方で、議会革命でない限り実力の裏づけなしに政府を転覆することもふつうは難しい。多くの場合、革命は暴力革命として志向される。革命は理論と力の両輪が噛み合ってこそ可能である。

しかし、この二つはもともとその本質において相互に対立するものである。理論とは本来それ自体の正しさによって価値のあるものであり、力は理屈を排除するためにこそある。ところが、革命においては暴力による理論の実現とか、理論的裏づけのある暴力とかいう、半ば論理矛盾のような曲芸が必要になる。

革命の理論的側面を担うのはインテリである。RAFにあってはもともとジャーナリストであったウルリケ・マインホフがその役割を担っている。彼女は理論家でありつつ、理論の限界について激しく自問し、暴力を自明のものとして過激な行動を取るバーダーらのあり方に傾倒して行く。

だが、暴力を扱い慣れないインテリが暴力を志向するとき、それは時として仮借のない過激なものになりやすい。肉体感覚を伴わず理論から演繹的に帰結される暴力には痛みという歯止めがなく、また当人にとっては政治的な理論の裏づけがあるために正当化されやすいからである。そのため、普通の人間なら躊躇するのが当たり前の熾烈な暴力が行使され得る。これは日本の学生運動、とりわけ連合赤軍事件でも見られたことである。

これと同じことは、もともと教育的素養がなく規範意識が希薄な人物が理論を振りかざすときにも起こる。映画の中で、アンドレアス・バーダーは理由もなく面白半分に自動車から夜の闇に銃をぶっ放したり、度胸試しと称して婦人の財布を弁護士に盗ませたりするような生来の問題児として描かれている。仮にバーダーがこのような人物であったとすれば、その暴力衝動や反社会性は、暴走族やチンピラのそれと大差ない。

不幸なのは彼が反帝国主義や革命というおもちゃを手に入れたことであり、彼の暴力衝動や反社会性に大義を与える理論がちょうどそこにあったということなのだ。インテリが暴力を手にすることが危険であるように、チンピラがもっともらしい理屈を振りかざすこともまた危険である。バーダー・マインホフ・グルッペが最後までなし得なかったのは理論と暴力を革命という大義のために止揚することであり、そこにおける問題は、暴力をおもちゃにする危なっかしいインテリと、中途半端な理屈をこねまわすチンピラが、同じ床で別々の夢を見ていたことなのだ。これでは革命はなし得ない。

この映画は「理想の果てに」という日本語のサブタイトルがついているが、そこにあったのは果たして理想だったのか。確かにマインホフの側から見ればそうだったのかもしれない。しかしそれは本質において単に革命の名を借りただけのサークル活動に過ぎなかったのではないのか。大学のサークル活動の内容が実際にはテニスでもスキーでもコンパでも何でもよく、ただ仲間が集まることが中心であるように、彼らもたまたまそこにベトナム戦争があり大学紛争があったからそれが中心的なテーマになっただけで、その政治思想自体は決定的なものではなかったのではないか。

僕がいわゆる全共闘世代とか彼らの「あの頃はみんな熱かった」的な物言いに嫌悪感を覚えるのはその点である。映画としては過大な情報量を2時間半に圧縮したために展開が速すぎ、社会背景やRAFが実際に起こした事件などを知らない他国の人間には分かりにくく説明の足りないところもあるかもしれないが、RAFにも体制側にも肩入れしすぎることなく事実を追う手法は好感が持てたしこの映画の方法論としても正しかったと思う。見て損のない映画である。



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