logo モーゼルのワイン蔵を訪ねて


モーゼル

●モーゼル川は(たぶん)フランスに源流を発し、ルクセンブルグを経てドイツを流れ、コブレンツでライン川に注ぐ国際河川である。蛇行を重ねながら流れるその流域はラインに勝るとも劣らない優美な景観を誇るとともに、ドイツでも有数のワインの産地でもある。
●最近の日本のワイン・ブームはおもにフランス、それもボルドー辺りの赤を中心にしたもので、あの辺の重〜い渋〜いしかもビンテージの入ったそれこそ生まれ年のムートンだのマルゴーだのに行き着く世界だが、こちらはすっきりした白、それもどちらかと言えば甘口で、値段もぐっと手頃な「飲める」ワインである。
●今回はモーゼル沿いに建ち並ぶ有名無名数限りないワイン蔵の中から2軒と、ルクセンブルグの発泡ワイン製造所を見学し、そのワインを買い付けるというツアー。知り合いのドイツ人家族が付き添ってくれたおかげで、ふだん自分だけではなかなかできないような経験もできたし楽もさせてもらった。

カートホイザーホフ

●さて、午前10時半のアポに、渋滞でいきなり30分の遅刻をかましてしまったのがこのカートホイザーホフというワイン蔵である。こういうときにドイツ人がついていると強い。「渋滞でちょっと遅れちゃって。すいませんねえ」と言えば相手も「まあ、そういうこともありますわね。お気になさらないで」ということになるが、これが僕らが「私タチハ高速道路ガ渋滞デアッテガ故ニ少々遅レテシマッタノデアル。誠ニ遺憾ニ思ウノデアル」なんて言うと態度まで変わっちゃいかねないもんね。
●で、おばちゃんがひんやりした蔵を案内しながら、ワインの製法について説明してくれる。専門用語も混じり理解度は70%程度だが、同伴のドイツ人がかみ砕いて再説明してくれるので更に10%アップ。赤ワインに芳香を与える樫の木の樽は、白ワインにはむしろ邪魔で、すっきりしたクリアな白を作るためにステンレス樽を使っていると説明してくれたのが印象的だった。蔵の中は湿気が多く、石造りの壁や天井にはカビがびっしり絨毯のようについているが、このカビがつくくらいがちょうどなんですとおばちゃん。
●古くからのビンを貯蔵してある部屋もあり、カビに覆われたビンの中には戦前のものも。そんなに白を寝かして大丈夫なの?という感じもするが、英語もドイツ語もしゃべれない日本人が58年のトロッケンベーレンアウスレーゼを大金を積んで買って行ったこともあったとか。でも、私どもの最大の輸出相手国は日本ですの、喜んでお売りしますわというのはお世辞か皮肉か本音か。
●見学の後は立派な調度の部屋で試飲。10本も開けてくれて順番に利き酒をする。さすがに口に含んだものを吐き出したりはしないが、酔っぱらっても困るので、最小限だけ飲んであとは別のグラスに捨てる。もったいないが仕方ない。ああでもないこうでもない、これは甘いあれは辛いと言いながら試飲して、結局頼まれものも含めて5種類36本を購入。
●ここは今ドイツでも5指に入ると言われる優秀かつ有名な蔵で、ドイツのあるグルメ雑誌の昨年のベストにも選ばれたところ(雑誌見ましたと言うとおばちゃんすごく嬉しそうだった)。トロッケンに仕上げたアウスレーゼは食事には向かないと言われる甘いドイツ・ワインもやり方次第ですっきりした辛口に仕上がるのだということを実証するレベルの高いもので、辛口志向を強める昨今のドイツ・ワイン界でも評価の高い存在(らしい。ちょっと受け売り)。確かに、無理に辛口にしたというバランスの悪さを感じさせない後口で、おばさんもその辺の残留糖度とアルコール分の関係については力説していたようだったがよく覚えていない。
●場所はルクセンブルグとの国境近くにあるトリアー郊外のアイテルスバッハというところ。蔵のすぐ裏手にあるカートホイザーホフベルグというのがここのワインの生みの親である畑の名前だ。この辺の詳しいうんちくはどっかよそのホームページでも探してください。

サン・マルタン

●次は、ルクセンブルグにあるサン・マルタンの発泡ワイン製造所。ここは結構観光化されていて、まずはレストランで食事。この日は信じられないくらいのいい天気で、気温は30度を越えていたが、湿気がないので暑くても気持ちいい。太陽の下で芝生に出したテラスでモーゼルの流れを眺め、わいわい言いながら食べるメシは美味い。でもさ、ここってワイン屋付属のレストランなんだからここのワイン頼めばと思うのに、みんなさっき試飲で結構イっちゃってるもんだからワイン・カードは無視、僕も水(炭酸入り)を飲みながら子牛のカツを食べた。
●食後に蔵見学。スーツを着たおじさんがテキパキと蔵を案内してくれる。ビンの中でイーストを発酵させて炭酸を作り、次にビンを逆さまに立ててビンの口に用済みのイーストを沈殿させ、最後にビンの口の部分だけを凍らせて沈殿したイーストを取り除くという手間のかかる工程を経て作られるここの発泡ワインだが、可哀想なことにシャンパンと名乗らせてもらえない(シャンパンはシャンパーニュ地方で作られた発泡ワインだけに与えられる名前)。
●最後に試飲させてもらったここの発泡ワインはかなりエッジの立ったドライ(ブリュット)のような気がした。要は辛いってこと。まあ、モエ・エ・シャンドンにしたってかなり辛いけどね。見学にもカネを払っているので義理もなく、小瓶を2本だけ購入。まあ、いい昼メシ&腹ごなしって感じ。発泡ワインの作り方は勉強になりました。

クルト・ハイン

●ガソリンの安いルクセンブルグで給油した後は、一路宿泊地のあるピースポートへ。着いた頃にはすっかり夕方になっていたが、まだまだ明るいので気分は軽い。ここのホテルが実はヒュー・ジョンソンのワイン・ブックにも名前の乗っている有力な蔵だと知ったのは予約してから。とは言ってもまあ家族経営の小さな蔵で、ホテルというより食堂つきの旅館って感じ。宿泊費もバカみたいに安いし。
●昼メシが遅かったので軽くつまむ程度の晩メシをすませ、夜から再度のワイン蔵見学&試飲会。ここでは近在で取れた木(何の木かよく分からなかった)の樽を使っているらしい。ひんやりとした蔵の中で経営者またはその息子と思われるおじさんがとつとつと説明してくれる。でも、その説明には自分のところのワインに対する信念と愛情のようなものがにじみ出ている。実際、ここ数年評価もうなぎ登りの蔵らしい。
●試飲会では5本のワインをテイスト。ラベル見なくてもビンテージや種類が分かる?とおじさんに訊いたら、まあブラインドなら100%は無理かもしれないけど、でも分かるよと答えてくれた。アウスレーゼみたいな甘いワインはやっぱり食事には合わない?という質問には、そうだね、食後、あるいは食前酒に、それから、あまりいいことのなかった日の夕方くらいに飲むのがちょうどいいかな、なんて洒落たことを言ってくれたりもして。そのフレーズこんど使わせてもらおうかな。
●で、既にクルマのトランクがいっぱいだということも考えて購入は18本に押さえた。ここでは素直なキャビネットとシュペートレーゼのハルプトロッケンなど。値段はすっごく安かったけど、甘口も辛口も密度の高い濃厚さが印象的。飲みやすさを考えてやや甘口を中心にした感じで選んだ。ここは旅館、レストラン併営で、ボトル1本から売ってくれるので気軽に買いに来てもいい。畑はこの街で最も有名なゴルドトレップヒェンというところ。
●この街には他にラインホルト・ハートという有名な蔵もある。ホテルのすぐ近くにあるので行ってみたが、一見で扉をたたいても売ってくれそうな雰囲気ではなかったので門だけみて帰ってきた。実際、帰ってきてから調べると、見学直売には事前の予約が必要と、あるホームページに書いてあった。

エルツ城

●エルツ城はコブレンツとコッヘムの真ん中辺り、モーゼル川からちょっと奥に入った森の中にある古城である。最も古い部分は12世紀の建築らしい。奥まった谷間にあるのでクルマも入れず、駐車場から山道を下ってたどり着く。普通は城が山の上にあって登るもんなんだが。結構急な坂道を10分ほども下って行くと城に着いた。
●ここは今も城主の末裔によって所有されている私有の城で、内部はガイド・ツアーで見学できる。神を人と同じ建物に入れてはいけないという教えのために、建物から外に張り出して屋根をつけた礼拝堂、温度を低く保つために分厚い石の壁をくり抜いて作られた食料貯蔵庫など、興味深く見学できる。ちょっとしたレストラン、土産物屋などもあるが、クルマ以外でここまで来るのはちょっと大変。
●ここの売店で流れるボールペンを2本ゲット。行きが下りだったということは帰りは当然登りで、これはかなりきつい。マイクロバスのピストン輸送もあるが、ドイツ人のオヤジどもが秩序もなく乗り込もうとするので順番争いは厳しい。同行したドイツ人に、ドイツ人は大変秩序を重んじる国だと聞いていたがあれは嘘なのかと訊くと、いや、昔はそうだったが最近はマナーが悪くなったと言い訳していた。確かにパン屋なんかでも順番無視は多い。特にジジババに多いのは気のせいか。

アルテ・ミューレ

●だったと思うんだけど、レストランの名前。コブレンツからモーゼルをちょっとさかのぼったところ、コブレン・ゴンドーフという村の奥にある、古い水車小屋を改造したちょっと雰囲気のあるレストランで2日目の昼メシ。ここは雑誌なんかでも紹介された有名なところというだけあって、BMWのオープンカーなんかに乗った金持ち系のアベックとかがひっきりなしにやってくる。
●中庭で日を浴びながら食事するもよし、屋内でアンティークな調度を見ながら食べるもよし、でもこの日は前日に続いていい天気だったのでドイツ人の習性としてやはり屋外の席から順番に埋まっている様子。僕たちは人数も多く、予約してあったので屋内の大テーブルに案内された。
●メニューは地元料理、ドイツ料理だが、僕たちがふだんビアホールで食べるようなこてこてのドイツメシではなく、ドイツメシにも洗練という概念があったのかと驚くほど。やっぱりこれもドイツ人に引率されてこそ見つけられるレストランだなと思う。嫌がるドイツ人を説き伏せて、みんなで皿を回して料理をシェアする(ドイツ人は自分の皿を一人で食べたがる傾向がある)。悪くない。
●ゆっくり昼メシを食って、後はそれぞれ家に帰るということで現地解散した。なかなか自分だけでは行けないところに行けて楽しかった。久しぶりに山道も攻めたし。イベントのせいでモーゼル沿いの国道が通行止めになっていたのがちょっと残念だったけど、天気も良く、ワインもいっぱい買ってすごく満足。辛抱強くつきあってくれたドイツ人家族に心から感謝した。



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