logo 2003/7/20 THE MILK JAM TOUR '03 渋谷公会堂


ツアー最終日となったこの日、会場は初めから「打ち上げ」的な、親密で楽天的な雰囲気に包まれていたように思う。大半の客は既に何回かこのツアーのライブを経験し、最後の夜を楽しむために再びここに集まったのではなかっただろうか。

インストで幕を開けたこの夜のライブは、6月に同じ場所で行われたステージとほぼ同じセットリストで進行した。まずはアルバム『VISITORS』からの強力なファンクを立て続けに演奏する訳だが、皮肉な言い方をすればこの部分が今回のツアーの最大のハイライトだ。「COMPLICATION SHAKEDOWN」、「WILD ON THE STREET」、「COME SHINING」、何度も聴いた曲が原曲に忠実なアレンジで演奏されているのに、これらの曲は一切の予定調和を拒否して聴き手にその度ごと新たなコミットを迫ってくる。中盤に客を座らせて演奏した「TONIGHT」や「SUNDAY MORNING BLUE」も含め、このアルバムのテンションの高さ、そこで佐野が獲得した視座の普遍性が改めて証明されたと言っていい。こうした曲をこそ、例えば今の高校生に聴かせたい。このアルバムがリマスター再発されることを望む。

MCをはさんで演奏された新曲「フィッシュ」は、静かな熱を敢えてひと息に解放せず、確かな演奏と喚起力のある歌詞でドライブして行く大人のロックンロールだ。複雑なブレイクの繰り返しが高い緊張感を保ったままクールに演奏されて行く。弾けに来た人には難しい曲かもしれないけれど、僕は次のアルバムの一つの姿を示唆するものとしてとても気に入った。

続けて演奏された「ボリビア」も聴きどころの一つだろう。アルバムでは正直言ってそれほど重要な曲だとは思っていなかったが、こうやって演奏されるとその楽曲としての完成度に驚く。列をなして歩いてくる、ボリビアから来た小さな天使たち。ドラッグ・ソングだがある種のストイシズムさえ感じさせる。HKBの高い演奏力によってこの曲はもう一度生まれたのだと僕は思った。

前述の「TONIGHT」や「SUNDAY MORNING BLUE」と合わせて披露された新曲「レイナ」は苦い味のするラブ・ソングだ。「ずっと一人で闘ってきた」君に、子供たちは寝かしつけたからお茶でも飲まないかと歌うこの曲は、どういう状況を想定してだれに歌いかけられたものなのか。深読みもできるし、年を経た男女の静かな愛の歌として聴くこともできる。アルバムでゆっくり聴いてみたくなる佳曲だ。

ここからライブは一気に終盤に向かう。新曲「ブロンズの山羊」を交え、「NIGHT LIFE」でのメンバー紹介をはさんでラストの「そこにいてくれてありがとう」まで、最終日ということもあってか佐野はかなり地声を張り上げ、半ばがなるように歌う曲もあった。キーを下げたことも奏功してかこの日のボーカルには迫力があったと思う。「ブロンズの山羊」でポジションをKYONと交換した佐橋が、KYONのマイク・スタンドに全然届かなかったのは、予定の演出だとしても結構笑えた。

アンコールは2回に分けて5曲、特に2回目のアンコールに単身登場し、ギター1本で歌った「ヤァ!ソウルボーイ」は意外で実によかった。個人的にはこの日のベスト・チューンに挙げていいくらいだ。特に「もう一度たたきのめす」と歌う佐野の強さには勇気づけられた。この曲もかなり「がなって」いた方だと思うが、佐野の「性急さ」が垣間見えてすごく嬉しかった。

最初に書いたとおりこの日のライブは終始親密な雰囲気に包まれ、有り体に言えば「盛り上がった」。ある程度手の内の分かった演目を初めからそのつもりで楽しみに来ているのだから、まあそれも当然といえば当然のことだろう。僕自身も最初から最後まで意味もなくニコニコしっぱなしだった。そういう意味では、ファンクラブ限定ライブにも似た、閉じたサークルの中のお楽しみだった訳で、AXのライブ・レポートで指摘したような問題は解決した訳でも何でもないが、この日はそれをあげつらうより素直に楽しんでおこうかと思わせる「華」があった。

最後に、新譜のリリースに関しては少し気になるMCがあった。新譜が出てもレコード会社の宣伝が何もないのではつまらない、その問題がクリアになるまで、もう少し待ってもらうことになるかもしれない、というのだ。佐野とエピック・レコードとの関係が必ずしも盤石でないことをうかがわせる発言だった。これからはファンもそうした問題に無関心ではいられなくなるのかもしれない。懸念の残る去り際だった。



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