logo 2003/7/12 THE MILK JAM TOUR '03 渋谷AX


それまで何の気なしに聴いていた曲が、何かのはずみで急にリアルに感じられることがある。あれは今から10年以上前のことだったと思う。僕は真っ赤なユーノス・ロードスターに乗っていて、阪神高速道路の神戸線を環状線に向かいながらカーステレオで佐野元春のアルバム「VISITORS」を聴いていた。

阿波座の左カーブを曲がろうとしたとき、スピーカーから「SUNDAY MORNING BLUE」の前奏が大音量で流れてきた。それまで何ということもなく聴いていたこの曲が、その時に限って無防備な心の真ん中みたいなところに直接響いてきたのはなぜだったのだろう。おそらくそれには理由なんか何もないに違いない。

窓辺の天使 四文字言葉 寄りそう恋人たち

それに続くアコースティック・ギターの間奏は僕の感情のささやかな襞を震わせた。世界が自分を置き去りにして行くのに自分にはその理由が分からない。英語で「I don't know why」と歌われる歌詞には、「なぜだろう なぜだかわからない」と対訳がつけられていた。大学生の頃に見たはずのその歌詞カードが、その時の僕の頭の中にフラッシュバックした。

1ヶ月前、渋谷公会堂で僕はこの曲を初めてライブで聴いた。ほぼ原曲に忠実なアレンジで歌われたこの曲は、僕にとってその夜のハイライトだったと言っていい。もともとバラードとかスロー・ソングには辛い点をつけがちな僕だが、この曲は違った。そこには湿っぽい感情の垂れ流しのようなものは一切なく、ただ、初冬を迎えようとしているニューヨークのある日曜日の朝の光景だけが淡々と歌われる。

10年前、クルマを運転する僕に、突然こみ上げるように迫ってきたあの感情の波が再び僕を包んだ。君がいなくてもこの街に冬はやってくる。うつむいた心。なぜだろう、なぜだか分からない…。それは無常な世界で一人生きなくてはならない運命への絶望的な悲しみだった。10年前、残像のように一瞬だけ焼きついたそれは、僕の中で時間をかけて熟成し、今、再び僕を打ったのだ。

この日、渋谷AXを埋め尽くしたファンは、どんな思いでこの曲を聴いたのだろう。ライブそのものは意外にしっかりとしたものだった。バンドの演奏は文句のつけようがないくらい上手かったし、ボーカルも、一時のような張りのある声が出ないということを前提に、今の佐野の声として聴かせるように工夫がされていた。少なくともチケット代に見合うライブであったとは思う。

披露された新曲も新しいアルバムへの期待をつのらせる、水準の高いものだったと思う。特に「フィッシュ」と仮に名づけられた曲は、ファンに媚びずに音楽的な完成に向かう強い意志を感じさせた。

だが、このライブを見て僕が最も強く懸念したのは、このままでは佐野はオールドファンと一緒にジリ貧の道を歩んでしまうのではないかということだ。前回、「PLUG & PLAY」の時に僕は「この次は正式なツアーで、開かれた佐野の、何の前提もなくただたたきつけるようなライブを見てみたい」と書いたが、残念ながらそれは実現しなかったという他ない。

ロックンロールと成熟という問題について、僕はずっと考え続けているが、その答えはまだ出ていない。若者にアピールする元気いっぱいのロックンロールをやればいいとは僕も考えていないが、少なくともロックンロールである以上、その表現はオールドファン以外のリスナーにも等しく開かれたものでなければならないだろう。客席から浴びせられた「20年前と同じことやってんじゃねえよ」というヤジに、佐野は「昔の曲をやるけどもそれは懐かしんでやるんじゃない、今を楽しむためにやるんだ」と応えた。だが、その「昔の曲」は、それをこれまで共有してきたファン以外のオーディエンスにも果たして開かれていただろうか。

「VISITORS」は優れたアルバムだ。その音楽的、政治的な問題意識は今でもまったく色あせていないし、むしろ今こそあのアルバムの核のようなものがよりリアルに迫ってくる時代になったとさえ言えるだろう。だからあのアルバムからの曲は僕には十分開かれていたと思う。しかし、ライブ全体の構成、ファンの盛り上がり方は、結局、20周年に乗じてギターやら皿やら酒やらを売りつけたあの共依存的なもたれかかりと変わらなかったのではないか。

僕だってオールドファンだから、昔の曲を聴けば楽しいし嬉しい。素直に歌って踊って「ストレスを発散」すればいいのかもしれない。しかし、そうした繰り返しの結果、ツアーの規模は次第に縮小し、今回のツアーでは神戸のような大都市でホールに空席が目立つような事態になっているのも事実だ。極論すれば、今のファンを全部捨てるくらいの覚悟で自分の表現を「切り開いて」行かないと、その声の届く範囲は次第に狭くなる一方だろう。もちろんそれは佐野一人の責任でなく、我々オールドファン一人一人にも、またA&Rにも厳しく問われていることなのではないのか。

「20年前と同じことやってんじゃねえよ」というヤジに、僕が居心地の悪い思いをしたのだとすれば、それは僕自身が20年前と同じものを求めてそこに来ているからではないか。僕自身が、20年間大した進歩もないまま古いものにしがみついてきたからではないか。釈然としない思いは、帰り道に寄ったバーでビールを飲んでもなかなか消えることはなかった。



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