logo 大事に蒔いた種 - by ミナコ


ツバが飛んで来るカ行とサ行。
バイオリズムグラフの曲線を描く母音。
激しく、たおやかな、その声を聞くだけで、私の中の振り子が共に揺れます。

1999年。秋。大阪フェスティバルホール。「Stones and Eggs Tour´99」の3日目。
「ロックンロールナイト」の途中で声を詰まらせ、もう一度歌いかけたものの、すぐに後ろを向いてしまった彼。ロケットみたいに高く打ち上げられた感情が、行き場を失ってしまった。「芸」としては、完全な失敗。このままじゃ、この曲は、不時着する。
どうしたの?どうすればいい?今すぐに駆け寄って「だいじょうぶ」って、それだけ言って、タオルケットをかけて、抱きしめてあげられたらいいのに。2階中央の、すぐ前が通路で、段差のある席から転げ落ちそうになりながら、もどかしく、そんな衝動に駆られている自分自身に、私は、驚いてもいました。彼に「ダキシメラレタイ」とは、それまで何度も思ったことがあったけど、「ダキシメテアゲタイ」と思い付いたのは、初めてだったから。
魚座の彼。感情の揺らぎのままのヴィブラート。危なっかしいけど、目をそむけることはできない。

私は大人になった?

第一印象は良くありませんでした。学校から帰ってきて、夕食前のひととき、なんとなくラジオを点けていました。ゆったりとしたハープとストリングスの音に導かれるように歌い出した声に、私は固まってしまいました。口ごもっていて、音は終始フラット気味。それは、クラシックピアノと声楽を習っていて、「正確な音程と発声」に一際神経質だった小学生の私を、たちまち不快にするものでした。「ナイーヴ」なんて言葉は知りませんでした。
時は少し経ち、中学生になった私は、テレビを見ていました。田村正和主演のホームドラマで、マサカズの子供役の少年が、デートに出かけるシーンがありました。
原宿かどこか、人通りの多い街の中を歩く、自分と同じ年頃の男の子と女の子。音楽は流れてきました。「ガラスのジェネレーション、さよならレボリューション」明るくて、愛らしいメロディと、弾んだリズムに乗って、少しかすれた声で、何かに急き立てられるように「みせかけの恋ならいらない」ときっぱりと宣言している。心臓のあたりで「ズキン」と音が鳴りました。すぐそばで一緒にテレビを見ていた母に動揺を悟られないように、ドラマのエンドロールをまばたきもせず見つめ、「挿入歌:佐野元春」と頭の中のメモ帳に書き込みました。
それからまもなく、まず「No Damege」と「Visitors」をほぼ同時期に買いました。「ニューヨーク帰りの彼の激変」(と当時世間では言われていたこと)も、私は「以前の彼」を知らなかったので、全く気になりませんでした。こんな日本語の音楽は聞いたことがない、カッコイイ!と素直に思いました。私の心に矢を放った曲と、私を不機嫌にした曲を、実は同じ人が歌っていたと知った時は、ちょっとしたショックでしたけど。
「シュガータイム」や「ナイトライフ」のような「青春ポップ」も大好きでしたが、「アイム・イン・ブルー」や「ダウンタウン・ボーイ」や「ワイルド・ハーツ」みたいな男の子っぽい曲に自分を投影していました。何だかわからないこと、許せないことがたくさんあって、一人きりで闘っているような気がしていました。「サムディ」の中で歌われている「あの頃」は、その時の私にとっては「現在」でした。

いつもとは違う夜、君に会えそうな気がする。ひとりだけじゃ、闘えない。二人でいれば大丈夫。知らないうちに涙がこぼれてきても、ビッグファットママが「気にしないの」と言ってくれたら、心はいつもへヴィだけど、顔ではイッツ・オールライト。

孤独と誠実に向き合う。君と僕は違うと認識する。その上で、だからこそ人と結び付きたいと強く願う。彼の歌に貫かれている世界観は、人見知りの私のそれと重なりました。
例えば、10代終わりの頃の恋。20代、仕事を始めたばかりの頃。根拠もなく自信だけはあったことが、急にとても力なく、華奢なものに思えてきた時も、彼の歌はいつも私の枕元にありました。
強さと弱さ。希望と絶望。変わらないものと移ろいやすいもの。
シリアスな現実の裏表を、笑顔とユーモアを武器にして描写し続ける彼を、私は信用してきました。

「どんなものも変わり続ける ありったけのPain ありったけのLove 君と抱きしめていく」
ステージは青の照明で満たされ、水槽の中にいるような彼は、声を張り上げて「もう泣かないで」と歌っているのに、どうしても涙を止めることの出来ない私がいました。そう、いろいろなことは変わる。でも、嘆くことはない。過去は現在につながっていく。
元春、そこにいてくれてありがとう。私も、ここにいる。
感極まる、今。

ある日の夜、疲れて眠りに就こうとするダーリンの顔を見て、私はくすくすと笑ってしまいました。
あなたも、私も、100年経ったら、もう確実に、ここにはいない。
でも、ずっと見つめ続けよう。大事に蒔いた種が、時に思わぬ花を咲かせても。




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