logo 全曲バージョン解説26(251-260)


[251] いばらの道
スローなバラード。北原白秋の『この道』を思い起こさせる導入から、ここはいつか来た静かないばらの道だと繰り返す。そして、朝がくれば、明日になれば涙の跡も消え、悲しいことも忘れると佐野は歌う。しかしそれは決して楽天的な希望の歌ではない。それはむしろ、静かに忍び寄る暗い影のように不吉で窮屈な、息苦しい時代の空気を暗示している。そのなかで涙の跡が消える夜明けを待つ、これは祈りの歌、ゴスペルに他ならない。

もちろん、「いばらの道」に何を重ね合わせるかは聴き手に委ねられている。どんな人もなにがしかの煩いや憤りを抱えているのは当然だし、その重みは結局だれとも分け合うことのできないひとりひとりの荷物である。しかし優れたゴスペルは、シンプルであるゆえに、ひとりひとり異なるはずの痛みを重層的に引き受け、それを生の希求に転化するだけの寛容さと多義性をもっている。この曲もまたそうした系譜につながる作品だと思う。
[122] ENTERTAINMENT!
●アルバム ●オリジナル
●2022.4.8 ●DaisyMusic
●曲順:10 ●バージョン:(A)
●表記:いばらの道
●英文名:ALL OUR TRIALS
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[252] OPENING
アルバムの導入として冒頭に置かれた20秒ほどの短いオーバーチュア。シンセサイザーの重い鳴りとピアノの固いストロークが、佐野自ら「コンセプト・アルバム」と呼ぶ「WHERE ARE YOU NOW」の48分間の旅の始まりを告げる。このアルバムの、硬質でシリアスな現実認識を予感させるかのように不穏な印象だが、それは結局のところ世界を満たすさまざまな音、さまざまな声の重なり合ったものなのかもしれないと思う。世界の扉が開く音。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:1 ●バージョン:(A)
●表記:OPENING
●英文名:Opening
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:1(1-1) ●バージョン:(B)
●表記:OPENING
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。


[253] さよならメランコリア
シンプルでハードなブギー・ナンバー。三連のハネたリズムがクルマでいえば後ろのタイヤで駆動するように曲をグイグイと前に押し出してくる。過去にも『新しい航海』などのブギー調の曲はあったが、この曲に備わった動因は際立って強い。それはこのアルバムを牽引し最も位置エネルギーの高い地点まですべての水を運び上げるために必要なものなのだろう。深沼と藤田のギター、渡辺のハモンドが、この曲の出自を明らかにしている。

「ぶち上げろ魂」という歌詞にはちょっと驚いた。佐野としては珍しい言い回しでリスナーに軽くフックを食らわせ、そこからこの曲の、そしてこのアルバムのテーマである「最近みんな気づいてきた 過去はあてにできないって」「少しずつ沈んでくネイション」といったヘヴィな現実認識をまさにブッこんでくる。もう憂鬱なままではいられない世界で、まだ間に合うようにという祈りはこのアルバムを貫く。水脈はつながっているのだ。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:2 ●バージョン:(A)
●表記:さよならメランコリア
●英文名:Soul Garden
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[126] さよならメランコリア
●シングル ●オリジナル
●2023.1.20 ●DaisyMusic
●曲順:1 ●バージョン:(A)
●表記:さよならメランコリア
●英文名:記載なし
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:2(1-2) ●バージョン:(B)
●表記:さよならメランコリア
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。


[254] クロエ
ミドル・テンポのポップ・チューンでありシングル・カットされた。「クロエ」は女性の名前だが歌詞には出てこない。ボリス・ヴィアンの小説「うたかたの日々(日々の泡)」の主人公で肺に水蓮の花が咲く奇病で死んでしまう女性の名前から採られたものか。シンセサイザーのフレージングが印象的で、従来のバンド・サウンドから一歩進んだ広がりを感じさせる。佐野のアレンジとバンドの表現力がともに新しいステージに達している。

ブリッジを置かないシンプルな構成で曲サイズも3分強と短いが、凝縮された情感が息苦しいくらい濃密で、官能的である。正義も悪もなく、過去も未来もない、ルールも約束もなく、右も左もない、恋はそれ以外のすべてを留保し、暫定的であるからこそ「時はため息のなかに止まる」。どこにも行き着かない思いだけがその暫定的な時間のなかで静かに揺れる、恋の本質を描き出す佐野の視線はしかし暖かく尊い。彼女が恋をしている瞬間。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:4 ●バージョン:(A)
●表記:クロエ
●英文名:Chroé
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[124] クロエ
●シングル ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic
●曲順:1 ●バージョン:(A)
●表記:クロエ
●英文名:記載なし
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:4(1-4) ●バージョン:(B)
●表記:クロエ
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。


[255] 植民地の夜
ミドル・テンポのビート・ナンバー。深沼と藤田のツイン・ギターに加え佐野がグレッチを弾き、渡辺のウーリッツァーと合わせてクラシックなロック・サウンドを聴かせる。挿入されるシンセサイザーのフレージングも効果的で、この曲のハード・エッジなトーンにポップなチャームを添えている。2001年に行ったポエトリー・リーディングのライブ「植民地の夜は更けて」から、現代社会に対するクリティカルな視線を引き継いだものか。

実際「盲目の声に的を絞った 邪悪なプロバガンダ」「人の心のもろいところ 狙ってるテクノ・スパイダー」といったフレーズは、「事実なんかよりマシなフェイク」が横行し本当に必要なものが巧みに隠されている世界で弱い者から順に闇に堕ちて行くさまを、抵抗できない宗主国に支配された植民地になぞらえたものだ。シリアスなイメージを、しかし重心が低くタメの利いたポップなロックに仕立てる佐野とバンドの力量が頼もしい。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:5(1-5) ●バージョン:(A)
●表記:植民地の夜
●英文名:Once Upon A Time
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:5(1-5) ●バージョン:(B)
●表記:
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。


[256] 斜陽
一瞬『Here Comes The Sun』を思わせる導入で始まるミドル・テンポのポップ・ナンバー。2021年11月に行われた「ZEPP TOUR 2021」でアルバム・リリースに先がけて披露されていた。シリーズ・ライブ「Smoke&Blue」でおなじみの笠原あやのがチェロで参加している。スネアを使わずハイハットとキックだけで曲をドライブすることによって息が詰まるような緊張感が生まれる。テーマはタイトルのとおり「ゆっくりと落ちぶれて行くもの」。

それがいったいなんであるかはリスナーに委ねられているが、例えば『さよならメランコリア』の「少しずつ沈んでくネイション」といったラインと照らし合わせれば、少しずつ衰退しているのにだれも責任のある答えを用意できない我々の社会のことを厳しく指さしているようにも思える。佐野がそこにおいて求めるたったひとつの約束は「君の魂 無駄にしないでくれ」。状況の貧困は魂の貧困に帰結するのか。我々はそれを問われている。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:6 ●バージョン:(A)
●表記:斜陽
●英文名:Don't Waste Your Tears
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:6(1-6) ●バージョン:(B)
●表記:斜陽
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。


[257] 冬の雑踏
佐野自身によるブルース・ハープのイントロが印象的な、ゆったりしたテンポの16ビート。シンコペーションを多用し、高桑のベースがハネたパターンを奏でて、躍動感のあるモダン・ソウル・チューンに仕上げている。カッティングは藤田か、深沼か。アルバムの中盤にさりげなく置かれたリラックス・ナンバーにも聞こえるが、そこはアナログではA面のラストにあたる位置。この曲がこの場所に置かれたのは決して偶然ではないはずだ。

この曲の英文タイトルはアルバム・タイトルと同じ『Where Are You Now』。『今、何処』が1分に満たないクロージングであることを考えれば、このアルバムのタイトル・チューン、キー・コンセプトはまさにこの曲なのだ。今はもう昔のようには踊れず、気高い魂を救うこともできない。なにかが決定的に損なわれた場所で、それでもだれかのために祈り続ける。なぜならそれが我々にできる最良の営為だから。そう、この街のどこかで。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:7 ●バージョン:(A)
●表記:冬の雑踏
●英文名:Where Are You Now
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:7(1-7) ●バージョン:(B)
●表記:冬の雑踏
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。


[258] エデンの海
2019年10月に開催された平和イベント「ZERO Project TOKYO」で『White Light - 閃光』としてMVが公開された曲。イベント関連のYouTubeなどでもMVが視聴できる。アップ・テンポなギター・ロックで、クラシックなスタイルの渡辺のハモンドが印象的。アルバムのなかでももっともロック・オリエンテッドなナンバーだ。このアルバムの他の多くの曲と同様にシンプルな曲構成で、3分半にまとめられているが聴き終えた後の感触は分厚い。

佐野が求めるのは「一瞬の光」。当初タイトルだった『閃光』も直接的で悪くないと思う。「私たちの幸運は きっと永遠には続かない」から今すぐ光を放って闇を照らせと歌う佐野は、変わり続ける世界にあって今このときを切り取る強い欲求の話をしている。エデンからゴルゴタまで、世界のはじまりから神の子の死まで、僕たちは最後の審判を待ちながら、一瞬の強い光がすべてを残像のように焼きつけるのを見る。光を放て、今すぐ。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:8 ●バージョン:(A)
●表記:エデンの海
●英文名:White Light
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:8(1-8) ●バージョン:(B)
●表記:エデンの海
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。


[259] 君の宙
「宙」は「そら」と読ませるのか。スロー・テンポのバラードで、渡辺のピアノから始まりシンプルなバンドでの演奏になって行く。オーソドックスな構成でコンパクトな曲だが確かな手ごたえがある。佐野がこのアルバムで訴えかけたいことのひとつをかなり直接的に表現した曲のひとつ。「国を守れるほどの力はないよ」という歌いだしにハッとさせられるのは、かつて「国のための準備はもうできてるかい」と問われて以来かもしれない。

大事なものを守りたいという素朴な感情はだれにもあるものだが、それを社会化することは難しい。人は往々にしてなにを守るべきかを見失い、いつのまにか大きな力にのみこまれて行くことも多い。「それでも君を想いたい」「すべては君の心のおもむくままに」というラインからは、僕たちが本当に守るべきものはシステムではなく、僕たちの内側にある思索の自由のはずではないかという佐野の問いかけが聞こえるようだ。強度の高い曲。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:9 ●バージョン:(A)
●表記:君の宙
●英文名:Love & Justice
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:9(1-9) ●バージョン:(B)
●表記:君の宙
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。


[260] 水のように
アップ・テンポのポップ・チューン。佐野がかき鳴らすマーチンと渡辺のピアノが印象的でアレンジはシンプルなギター・ロックだ。Aメロ→サビを3回繰り返す曲構成で、このアルバムでは長めの曲だがそれでも4分半には満たない。ここでの佐野の「水」のイメージは「流れて、砕いて、形を変えて」「優しく、激しく、ありのままに」そして「絶えまなく、淀みなく、自由に」。この自在な喚起力は佐野元春の表現の最も根幹にあるものだ。

40年を経て『麗しのドンナ・アンナ』をリファーしているのが興味深い。かつて空回りのファイトを胸に「君を信じている」と歌った少年は、今、水になって眠れと僕たちに語りかける。「いつか会えるその日まで元気で」というメッセージは、戦いは結局のところひとりひとりにおいて戦われるしかないという「個」の確認のようにも聞こえる。その上で、互いにこの困難な時代を生きのび再会を期する静かな決意。バンドのコーラスがいい。
[123] WHERE ARE YOU NOW
●アルバム ●オリジナル
●2022.7.6 ●DaisyMusic ●DMA-028
●曲順:10 ●バージョン:(A)
●表記:水のように
●英文名:The Water Song
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[128] 今、何処 東京国際フォーラム 2023
●アルバム ●ライブ
●2024.3.6 ●DaisyMusic ●DMA-042/043
●曲順:10(1-10) ●バージョン:(B)
●表記:水のように
●英文名:記載なし
●バージョン名:LIVE

2023年9月3日、東京国際フォーラムでのライブ。



Copyright Reserved
2022-2024 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com