logo 全曲バージョン解説24(231-240)


[231] 朽ちたスズラン
アルバム「THE BARN」の『誰も気にしちゃいない』の系譜に連なる三連符のロッカバラード。ボブ・ディランの影響を感じさせるプロテスト・ソングで、渡辺のハモンドが印象的。「あのひとがここに来てからすべてが変わってしまった」と歌われる「あのひと」とは誰なのか。「あのひとの金と時間はやがて石になるだろう」というラインからは、「あのひと」が人の心を頑なにし、社会をバラバラに分断してしまうことが示唆されている。

もちろん、佐野自身が想定する「あのひと」はあるだろうが、それは重要なことではない。佐野は「あのひと」を個別に指弾することなく、「いいんだよ、もう忘れよう」と嘆く。ここにあるのは諦めではなく、すべてのディスコミュニケーションと分断に対する普遍的な怒りだ。そのように不自由なコミュニケーションしか手にできない我々の宿命のことを佐野は歌っている。我々自身のコミットメントが問われている。重要な作品である。
[109] MANIJU
●アルバム ●オリジナル
●2017.7.19発売 ●DaisyMusic ●POCE-9393
●曲順:6 ●バージョン:(A)
●表記:朽ちたスズラン
●英文名:Let's Forget
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[232] 蒼い鳥
アルバム「GRASS」に収録された『モスキート・インタールード』を発展させ独立した曲に仕上げたもの。『インタールード』ではピアノの伴奏で「I've got a bluebird that sings」までの短いフレーズのみだったのが、この部分をサビとしつつ日本語歌詞のAメロが付け足された。それでも全部で2分弱の小品であることには変わりない。ボードヴィル風の4ビートで、笠原あやののチェロが印象的。アウトロ部分で聞こえる口笛は佐野自身か。

二つのシングル曲『新しい雨』と『純恋』に挟まれた幕間的な役割を果たしているが、「自由に唄う/思いのままに/どんな時代も/どんな場所でも」「丘の向こう/陽が沈む前に」という歌詞は、窮屈になる一方の表現空間で歌い続ける佐野の決意を示唆するかのようでもある。蒼い鳥はいちばん身近なところにいた幸福のしるしであると同時に、坑道で最も早く有毒ガスの危険を知らせるカナリアをも想起させる。小品だが象徴的な作品だ。
[109] MANIJU
●アルバム ●オリジナル
●2017.7.19発売 ●DaisyMusic ●POCE-9393
●曲順:8 ●バージョン:(A)
●表記:蒼い鳥
●英文名:My Bluebird
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[233] 夜間飛行
ミドル・テンポのブルース・ナンバー。アルバムの冒頭に置かれた『白夜飛行』と歌詞の大部分を共有しており、アルバムの中ではリプリーズとして対をなしている。しかし曲調は、アップ・テンポな『白夜飛行』とはかなり異なったひそやかで内省的なトーンになっており、「暮れない夜」である白夜に対して真夜中の漆黒のイメージ。アルバム終盤に向けて主題をもう一度提示し、語られるべき声に耳を傾けさせる重要な役割を担っている。

その主題、ライトモティーフとは、「気休めのダンス」であり「野蛮な今」であり「浮気な観客たち」とのダンス。『白夜飛行』にはなくこの『夜間飛行』にだけ追加されたラインでは「あの人の心は/誰にも読めない/いつだって何か悪いことを企んでいる」と、アルバムのキーワード「あの人」に言及している。すべての分断、すべての不完全なコミュニケーションに対する異議申立と、それでも踊り続ける硬質な決意と覚悟を佐野は歌う。
[109] MANIJU
●アルバム ●オリジナル
●2017.7.19発売 ●DaisyMusic ●POCE-9393
●曲順:10 ●バージョン:(A)
●表記:夜間飛行
●英文名:Night Flight
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[234] 禅ビート
軽快なロックンロール・ナンバー。佐野によれば「愛すべき深みのあるロックンロールを作ろう」というコンセプトで「スタジオで歌い出したら、みんなすぐにフォローアップしてくれて、いつの間にかできちゃった」という曲。ツイン・ギターでハードにドライヴして行く曲調は『ビートニクス』を思わせる。MVでは小松がハイハットを刻まずに両手でスネアを叩いていた。ラストに向けてアルバムのテンションを上げるアクセラレイタだ。

タイトルの『禅ビート』はアルバム・タイトルでありラスト・ナンバーのタイトルでもある『MANIJU』が仏教、禅の言葉であることを意識してそこへの橋渡しを意図したものと佐野は説明しているが、歌詞の中に「禅」という言葉は直接には出てこない。「ヒトとヒトが殺し合う世界」「メタルのジャケット」から窺われる残酷で野蛮な世界への強烈な違和感、「光」への言及は何を意味するのか。仮タイトルは『光の小旅行』だったようだ。
[109] MANIJU
●アルバム ●オリジナル
●2017.7.19発売 ●DaisyMusic ●POCE-9393
●曲順:11 ●バージョン:(A)
●表記:禅ビート
●英文名:Zen Beat
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[235] マニジュ
アルバムのラストに置かれたタイトル・チューン。最近では『コヨーテ、海へ』を思わせるピアノの力強いストロークが印象的なミドル・バラード。このアルバムの多くの曲がそうであるように、歌い上げるようなサビよりは示唆的なフレーズを繰り返す中で、さまざまな情景、情感を喚起して行く。まるで組曲のように複雑な構成で長尺に思えるが実際には6分に満たず、曲そのものの具える情報量の多さがそう感じさせるのかもしれない。

「マニジュ」とは「摩尼珠」とも書かれる仏教用語で「意のままに様々な願いをかなえる宝」という意味らしいが、曲中には現れない。佐野自身も「マニジュは禅の言葉」と説明しているが、同時に「意味の幅が広い言葉」であり「リスナーが自分の心の鏡に照らし合わせて」「自分なりの答えを引き出してくれたらいい」とも語っている。このアフォリズムにも通じる象徴的な曲が問うものの答え(宝珠)は既に僕たち自身の中にあるのだ。
[109] MANIJU
●アルバム ●オリジナル
●2017.7.19発売 ●DaisyMusic ●POCE-9393
●曲順:12 ●バージョン:(A)
●表記:マニジュ
●英文名:Maniju
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[236] 自由の岸辺
ブルーベルズ(佐野元春と石川ひろみによる変名ユニット)の楽曲としてラジオ番組内で発表され、後に「mf Various Artists Vol.1」に収められた曲。オリジナルは、他にブルーベルズ名義で発表された曲と同様、ミニマルなギター・ポップであり、一連のネオ・アコースティックの系譜に連なるデュエット・ナンバー。変名、デュオという仕掛けを通すことで、佐野のメロディ・メーカーとしての資質が逆に素直に表れた作品ではないか。

「ラ・コスタ・リブレ」というスペイン語のサブ・タイトルが付されている通り、原曲はラテン系の軽快なリズム。2018年のセルフ・カバー・アルバムではタイトル曲となり、よりラテンを意識したパーカッシブなアレンジに仕立て直された。コード進行はマイナー展開するが、歌詞が他愛のないラブ・ソングであることも相まってか、ドライで楽天的な雰囲気を感じさせる。ブルーベルズの曲として、そっと隠しておきたかった気もするが。
[111] 自由の岸辺
●アルバム ●コンピレーション
●2018.5.23発売 ●DaisyMusic ●POCE-9395
●曲順:8 ●バージョン:(A)
●表記:自由の岸辺
●英文名:La Costa Libre
●バージョン名:記載なし

1989年にブルーベルズ名義で発表された楽曲。セルフ・カバー・アルバムのためのリテイク。


[237] 愛が分母
2017年7月のアルバム「MANIJU」以後、2年ぶりにリリースされた新曲。アルバム「Fruits」以来の共演となるスカパラ・ホーンズ(NARGO、北原雅彦、GAMO、谷中敦)をフィーチャーした軽快なスカ・ナンバーで、公式サイトでのアオリによれば「2019年、この夏の恋人たちに贈るパーティー・チューン」ということらしい。間奏ではトランペットにダブ的な処理がなされるなどオーソドックスな作り。騒々しいポップ・ソングに仕上がった。

歌詞はどうということのないラブ・ソング。「愛が分母」というフレージングの真意は必ずしも明らかにはされていないが、すべてのものの根源には愛があるのだというくらいの意味だろうか。「残酷なことばかりさ/愛が分母でも」と歌いながら、最後には「もう一度試したいんだ」「愛が分母なら」と結ぶところが佐野の肯定への意志を感じさせる。曲調とも相まって、率直で前向きな決意が印象的。コヨーテ・バンドの新境地となる曲だ。
[112] 愛が分母
●シングル ●オリジナル
●2019.8.14発売 ●DaisyMusic
●曲順:1 ●バージョン:(A)
●表記:愛が分母
●英文名:記載なし
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[238] 最後の手紙
渡辺シュンスケのバラード・ピアノと藤田顕のエレキ・シタールが特徴的なミドル・テンポのナンバー。別れに際してパートナーに送る最後の手紙という内容だが、内容は驚くほどあけすけでストレートであり、それだけに佐野自身の何らかの実体験が下敷きになっているのではないかとすら思わせる。「子供たちにもよろしくと伝えといてくれ」という歌詞からは、単なる男女の別れ以上の、例えば離婚のような状況がテーマとして窺われる。

「いいことだけを心に留めておいてくれ」「酷い言葉じゃなくいつか君に贈ったあの歌を心に留めておいてくれ」というラインは、人生の中のさまざまな局面、曲折を知る人間にしか書き得ないもの。題材としてはあまりに苦く、個的な思いが強い楽曲であり、佐野にとって歌われなければならなかった切実な何かがそこにあることを感じる。「涙が止まらない」という身もふたもない率直な表現が佐野から出てきたことが僕には衝撃だった。
[113] 或る秋の日
●アルバム ●オリジナル
●2019.10.9発売 ●DaisyMusic ●POCE-9396
●曲順:3 ●バージョン:(A)
●表記:最後の手紙
●英文名:The Last Letter
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[239] いつもの空
佐野がつま弾くアコースティック・ギターと高桑のウッド・ベースに渡辺のローズ・ピアノが乗って織りなして行くタペストリーのようなミドル・バラード。このアルバムを象徴する穏やかでロマンチックな曲調が、静かな別れと宿命的な悔恨を印象づけ、佐野のソング・ライティングの深まりを感じさせる。朝起きて見渡した台所が森閑としているさまをモチーフに、『最後の手紙』と同様、戻ることのできない長い別れを歌っているようだ。

「君がいなくても何も変わらない」という反語は、「君がいなくちゃ話が始まらない」という求愛と等価だ。君がそこにいたことの意味、価値を知るからこそ、そこに君がいないことの空白の大きさもまたリアルに感じられる。いつもの東京の曇り空は君といる間そこにあった空。初期の『バッド・ガール』や『さよならベイブ』のセンチメンタリズムと、年月を経た静かな哀しみとが、驚くほどくっきりと重なり合う不思議さと必然とを思う。
[113] 或る秋の日
●アルバム ●オリジナル
●2019.10.9発売 ●DaisyMusic ●POCE-9396
●曲順:4 ●バージョン:(A)
●表記:いつもの空
●英文名:I Think I'm Aright
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[240] 新しい君へ
ミドル・テンポのアコースティック・ナンバー。小松のドラムは終始リムショットで、佐野がつま弾くアコースティック・ギターに、渡辺のローズ・ピアノのフレーズが効果的に重ねられている。「若葉の頃」と「おとなになった今」を対比しながら、愛と命の儚さを噛みしめ、そのとき初めて人は愛の尊さを知ると佐野は歌う。「新しい君」とは、そうやって失ったものの意味に気づき、世界の新たなありようを知った僕たちに他ならない。

少しばかり人生の先輩としての「アドバイス」というアプローチは新しいが、人は何かを失いながら何かを手に入れて行くのだという認識は最近の佐野の曲の重要なモチーフのひとつ。最も大事なものは常にそこにあり、ただ気づかれるのを待っていて、失われたものは形を変えて僕たちの生に新たな意味を再び与えてくれる。生きること、成長することについて歌った曲だが、それがこのミニマルなスタイルの中に集約されているのがいい。
[113] 或る秋の日
●アルバム ●オリジナル
●2019.10.9発売 ●DaisyMusic ●POCE-9396
●曲順:6 ●バージョン:(A)
●表記:新しい君へ新しい君へ
●英文名:The Gift
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。



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