logo 全曲バージョン解説13(121-130)


[121] 恋人達の曳航
ゴージャスなストリングスをフィーチャーしたスロー・バラード。Aメロはゆったりとした4拍子だがサビではワルツになる凝った曲調。三島由紀夫の「午後の曳航」を連想させるタイトルで、「曳航」とは船が別の船を牽引することだが、おそらくは恋人たちを乗せた船が岸辺を離れ、運命に導かれて進むさまをイメージしたものか。マストを掲げているので自力航行しているようにも思うが。というか掲げるのはもしかして帆かもしれないが。

英文タイトルは『Lover's Sailing』だが、この「航海」のイメージはかつての『新しい航海』や『Sail On』の英文タイトルを冠された『君の魂 大事な魂』などともつながって行くもの。アルバム「FRUITS」に収録されたのみでその後のコンピレーションでは収められず、ステージでも聴いたことがないと思う。耳にする機会の少ない曲だが、改めて聴けばメロディアスでロマンチックなバラードとしてもっと評価されてもいいようにも思う。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:3 ●バージョン:(A)
●表記:恋人達の曳航
●英文名:Lovers Sailing
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[122] 僕にできることは
前につんのめるような、性急で特異なビート感の作品。このビートの感じは何だろうとずっと考えてきたが、改めて聴いて反芻した結果、これは変形のスカだということに気づいた。実際、サビの部分は比較的オーソドックスなスカのビートだし、そこを手がかりにすればイントロからAメロの部分もスカの文脈での整理が可能だということが分かる。悩み続けたこの曲の音楽的成り立ちがようやく解明された。知らなかったのは僕だけか…。

歌詞は「できることは何か考えている」という繰り返しがモチーフ。「言葉に何の力が残されているのか」「空っぽの意味だけが永久に繰り返されても」と、表現の本質に関する示唆的な省察が聴かれるのは印象的。最後に「いつか歴史のために」とは大きく出た感もあるが、単なるラブソング以上の内省的な実質を具えた曲であることは間違いない。ライブでは聴いたことがないマイナーな位置づけのナンバーだがそれだけ発見も多かった。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:4 ●バージョン:(A)
●表記:僕にできることは
●英文名:Things I could do
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[111] 自由の岸辺
●アルバム ●コンピレーション
●2018.5.23 ●DaisyMusic ●POCE-9395
●曲順:2 ●バージョン:(B)
●表記:
●英文名:
●バージョン名:記載なし

セルフ・カバー・アルバムのためにリテイク。井上富雄のメロディアスなベースに導かれるミニマルでアコースティックな演奏。


[123] 天国に続く芝生の丘
結婚式の情景を歌ったワルツ。教会の裏庭で催された披露宴の様子が、まるで色あせた写真を見るようにノスタルジックな三拍子のリズムに乗せて歌われて行く。そこにあるのは新しい門出を祝う華やかさよりは、後になってその日を振り返るような懐旧の思いであり「夏の幻」「あの日のメリーゴーラウンド」。光に満ちた7月のウェディング・デイだが、この曲にはむしろ避け難い「滅びの予感」のようなものがはっきりと影を落としている。

教会は誕生や結婚をつかさどる場所であるとともに人の死を見送る場所。教会の裏庭には墓地があり、それゆえその芝生は天国に続いている。この作品はこの時期に亡くなった佐野の母親へのレクイエムであり、「見送る者」の曲。ライブで聴いた記憶もないマイナーな曲だが、おそらく佐野にとっては歌う必要のあった作品で、このアルバムのこの場所に置かれることに意味と価値があるのだと思う。佐野自身によるブルースハープが印象的。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:5 ●バージョン:(A)
●表記:天国に続く芝生の丘
●英文名:Grass Valley to Heaven
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[68] GRASS
●アルバム ●コンピレーション
●2000.11.22 ●Epic ●ESCB-2190
●曲順:7 ●バージョン:(B)
●表記:天国に続く芝生の丘
●英文名:Grass Vally to Heaven
●バージョン名:'00 mix version

渡辺省二郎によるリミックス。オリジナル・バージョンで次の曲(「夏のピースハウスにて」)へのブリッジとなっている部分をカットしている。英文表記の「Vally」は「Valley」の単なるスペルミスだろう。
[115] GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004
●アルバム ●コンピレーション
●2020.10.7 ●Sony Music Direct ●MHCL 30640-2
●曲順:3-5 ●バージョン:(B)
●表記:天国に続く芝生の丘
●英文名:Grass Valley to Heaven
●バージョン名:'00 mix version

「GRASS」に収録された渡辺省二郎によるリミックス・バージョン。


[124] 夏のピースハウスにて
『天国に続く芝生の丘』からのシークエンスで切れ目なく始まるインストルメンタル。「ピースハウス」は佐野の母親が入院していた終末医療施設だとされており、『芝生の丘』と合わせ、成り立ちからは母親のためのレクイエムとして用意された曲だ。ストリングス主体の映画音楽のようなアレンジは、常識的には井上鑑によるものではないかと推測されるのだが、インナーに何もクレジットがないということは佐野自身のアレンジなのか。

『芝生の丘』が「死」の予感を濃密に漂わせているのに比べれば、この曲自体はすべてを赦し、祝福するかのように優しく、慈悲深い。『Rock & Roll Night』の次に『サンチャイルド』が必要だったように、『芝生の丘』と『ピースハウス』は互いに求め合う不可分な存在として、佐野の母への追慕の情を表現しているのだというべきだろう。遠く響くようなトランペット・ソロがもはやここにはないものへの思いを呼び起こして素晴らしい。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:6 ●バージョン:(A)
●表記:夏のピースハウスにて
●英文名:At The Peace House in Summer
●バージョン名:インストゥルメンタル

オリジナル・バージョン。


[125] すべてうまくはいかなくても
ハネたリズムのスロー・ソウル。印象的なオルガンのイントロから始まる曲は重く引きずるビートをエンジンにしながら、夜のしじまに沁みわたるようなシンプルなメロディとミニマルな言葉が紡ぎ出されて行く。英文タイトルが示す通り、真夜中にひとり、通り過ぎたものとこれから出会うものに、静かに思いを致すような曲だ。ややタイプは異なるが『真夜中に清めて』を思い起こさせるような曲想。間奏のブルース・ハープが胸に迫る。

何もかもがうまく行く訳じゃないけど、だからこそ今ここにある何かを信じたい、と佐野は歌う。地味だが何度も聴いているうちに時間をかけてしっかりと入りこんできた。2011年のセルフ・カバー・アルバム「月と専制君主」では特典としてこの曲の別テイクがダウンロード配布されたが、HKBによってサックスをフィーチャーした都会的なソウルにリアレンジされていて、一聴の価値ある仕上がり。今となっては貴重なレア・テイクだが。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:8 ●バージョン:(A)
●表記:すべてうまくはいかなくても
●英文名:The Night
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[66] The 20th Anniversary Edition
●アルバム ●コンピレーション
●2000.1.21 ●Epic ●ESCB-2080/1
●曲順:27 ●バージョン:(B)
●表記:すべてうまくはいかなくても
●英文名:記載なし
●バージョン名:'99 mix version

渡辺省二郎によるリミックス。
[86] The Very Best of Motoharu Sano
●アルバム ●コンピレーション
●2010.9.29 ●Sony Music Direct ●MHCL 20114
●曲順:13 ●バージョン:(B)
●表記:すべてうまくはいかなくても
●英文名:記載なし
●バージョン名:'99 mix version

アルバム「The 20th Anniversary Edition」に収録された渡辺省二郎による再ミックス。
[88] 月と専制君主
●アルバム ●コンピレーション
●2011.1.26 ●DaisyMusic ●POCE-3808
●曲順:- ●バージョン:(C)
●表記:すべてうまくはいかなくても
●英文名:記載なし
●バージョン名:記載なし

セルフ・カバー・アルバムのDVD付限定盤とアナログ盤の特典として「Moto's Web Server」から期間限定でダウンロードできるボーナストラック。アルバム収録曲と同様にリテイクされ、よりアコースティックなタッチにリアレンジされている。
[91] SOUND & VISION 1980-2010
●アルバム ●コンピレーション
●2012.5.16 ●Sony Music Direct ●DYCL 1821-5
●曲順:54(4-6) ●バージョン:(A)
●表記:すべてうまくはいかなくても
●英文名:記載なし
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[126] 水上バスに乗って
水音とカモメの鳴き声のSEに導かれて始まる、当時の佐野には珍しいギター・ドリヴンの、軽快なロックンロール。アルバムの中でもこの曲のみは、コヨーテ・バンドの深沼元昭が当時属していたスリー・ピースのバンド、プレイグスがバッキングを担当。歌われているのは山手線の浜松町に近い日の出桟橋から隅田川を遡上して浅草に至る水上バスのことで、この曲を聴いてわざわざ乗りに行ったファンも多いはずだ。もちろん僕も乗った。

佐野自身は下町である神田の出身だが、佐野の書く歌詞はどちらかといえば都会的なイメージを喚起するもので、それ故僕たちが自分の中に作り上げた架空の情景にフックしてきた。だが、佐野がここで「日の出桟橋から水上バスにのって下町に繰り出そう」と具体的な地名、事物や「下町」という言葉を歌詞に織り込んだことは、僕たちが佐野の音楽に勝手に期待していたイメージを逸脱するものだった。率直に言って異和感の残った作品。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:9 ●バージョン:(A)
●表記:水上バスに乗って
●英文名:Water Line
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。
[66] The 20th Anniversary Edition
●アルバム ●コンピレーション
●2000.1.21 ●Epic ●ESCB-2080/1
●曲順:26 ●バージョン:(A)
●表記:水上バスに乗って
●英文名:記載なし
●バージョン名:Original

オリジナル・バージョン。
[91] SOUND & VISION 1980-2010
●アルバム ●コンピレーション
●2012.5.16 ●Sony Music Direct ●DYCL 1821-5
●曲順:53(4-5) ●バージョン:(A)
●表記:水上バスに乗って
●英文名:記載なし
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[127] 言葉にならない
シンセのみによる短いイントロに続いて唐突にボーカルが始まる、スポンテイニアスでルーズな、ミドル・テンポのジャズ・ナンバー。窪田晴男のギターと西本明のオルガンが絡み合うようにしながら曲をグルーヴして行く。内容的には「胸がときめいたまま言葉にならない」、「見つめても」「振り向いても君はつれない」と嘆くラブ・ソング。シンプルな歌詞だが考えてみればストレートに思いを吐露する曲は意外と少ないのかもしれない。

アルバム「FRUITS」で発表されたのみで、コンピレーションなどには一切収録されておらず、ステージでも演奏された記憶のない目立たない曲。聴きこんでみれば先にも挙げた窪田のギターが自在に曲の流れを操っており素晴らしいだけでなく、小田原豊のドラムも打楽器と思えないくらい表情が豊かで、有賀啓雄のベースとのコンビネーションも抜群。このアルバムの音楽的広がりを支える曲のひとつと言っていいだろう。通好みのナンバー。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:10 ●バージョン:(A)
●表記:言葉にならない
●英文名:I can't say anything
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[128] メリーゴーランド
ヒロ・ホズミとの共作によるヘヴィなファンク。共同プロデューサーとしてもホズミがクレジットされている。子供たちの嬌声のSEから導かれる、短いワルツのインタールードにかぶせるようにして、重く引きずるようなドラムとベースのイントロが始まる。インタールードの部分は『天国に続く芝生の丘』の間奏のリプリーズであり、この曲が『芝生の丘』の中の「あの日のメリーゴーランド」という歌詞と呼応していることが示唆される。

「mamaが行っちゃった」「どこか遠いところに」「She's gone」と佐野は歌う。メリーゴーランドは止まってしまい、それをずっと見ていた。このアルバムの重要なテーマである母親の死について、かなり直接的に感情を吐き出すかのように歌い捨てる。テーマにおいて、母親の結婚式を描くノスタルジックなワルツであった『芝生の丘』と対をなすような激しく、重いトーン。佐野自身の浄化のために歌われなければならなかった曲だろう。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:12 ●バージョン:(A)
●表記:メリーゴーランド
●英文名:Mama - Like A Merry-Go-Round
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[129] 太陽だけが見えている―子供たちは大丈夫
『メリーゴーランド』と同様にヒロ・ホズミとの共作。歌詞はアルバム「NO DAMAGE」の歌詞カードに掲載された詩「KIDS」をもとにしたもの。「KIDS」は「〜するKID」というフレーズを40個羅列した若き佐野元春らしい作品だが、本作の中でこの詩と直接呼応するのは最初の5行だけ。ハードで速いファンクに乗せて、ポエトリー・リーディング調というよりはラップ調に言葉が叩きつけられて行き、そこに粘っこいブラスが絡みついてくる。

冒頭の低い声のボイス・パーカッションはボビー・マクファーリンの『Thinkin' About Your Body』からのサンプリング。また「Same Old Song」というナレーションはディジタル・アンダーグラウンドの『Same Song』から。共同プロデューサーとしてもクレジットされているヒロ・ホズミの仕事だろう。「FRUITS」にしか収録されず、あまり繰り返して聴かれることのない曲だが、佐野の音楽的チャレンジとしては重要。単純にカッコいい。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:14 ●バージョン:(A)
●表記:太陽だけが見えている―子供たちは大丈夫
●英文名:Be twisted - Kids are alright
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。


[130] 霧の中のダライラマ
エッジの利いたロック・チューン。『太陽だけが見えている』のアウトロを引き継ぐ形で、回転が落ちて音程が下がって行くSE(「This is a same old song」というナレーションが聞こえる)が入り、カウントとともにこの曲が始まる。演奏時間はSE部分を入れてもわずか1分、歌詞は「霧の中のダライラマ」と「シャンバラ」だけで、アウトロはそのまま次の「そこにいてくれてありがとう」に続いて行く。インタールード的な扱いの曲。

ダライラマは知られる通りチベット仏教の高僧であり、チベット亡命政権の元首で、1989年にノーベル平和賞を受賞。「シャンバラ」とは理想郷でありチベットにおける伝説の仏教王国とされる。佐野がこの曲でダライラマを取り上げた意図は不明だが、中国がダライラマを執拗に敵視していることや、オウム真理教がシャンバラの名の下に無差別テロを実行したことなどとも関係があるのかも。フルサイズの一曲として聴きたいカッコよさ。
[59] FRUITS
●アルバム ●オリジナル
●1996.7.1 ●Epic ●ESCB 1741
●曲順:15 ●バージョン:(A)
●表記:霧の中のダライラマ
●英文名:DalaiLama
●バージョン名:記載なし

オリジナル・バージョン。



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