サブリナの夏
昨年の「SYMPHONY#10」に続いて今年の夏は1986年リリースのアルバム「SABRINA」のリリース40周年。仕事をなんとか切りあげ、職場近くのはなまるうどんでカレーうどんをサクッと食べて渋谷に向かった。とり天はよけいだった。 「SABRINA」は今聴けば、代表作、名作というのではなくても水準の高いポップ・ソングがコンパクトにまとまった良質なアルバムである。しかしこの作品が発表された1986年当時の僕には、それまで親密だった杉の音楽がどこかよそよそしく、とりつく島のないものになってしまったように感じられていた。唯一気に入ったのはビートルズの影響を率直に表現した小品『恋する0.1』であった。 CBSソニーからソロ・デビューした杉の第一期のキャリアのなかでは「OVERLAP」「STARGAZER」ときて「MISTONE」がひとつのピークであるというのが僕の認識(これは今も変わらない)。その次にリリースされた「SYMPHONY#10」では、杉の音楽が一種の再生産プロセスに入り、ある意味「落ち着いた」ものになったように感じられた。「SABRINA」はそれを決定的にした。 そこには僕自身の音楽の聴き方、音楽への向かい合い方の変化もあっただろう。このころはまだ大学生だったが、聴く音楽は次第に洋楽に移って行き、邦楽でもインディペンデントなロックにシフトして行った時期。そうした変化に加えて、その後就職してからは音楽を聴く機会や量自体が減り、アルバム「LADIES & GENTLEMEN」以降の杉真理の作品はもはや僕には切実なものではなかった。 この日のMCで杉自身が、このアルバムはソニーでの第一期の最後のアルバムであり、その後はサマー・アルバム「HAVE A HOT DAY!」、BOXのアルバムを経て新しい局面に入って行ったと当時の認識を説明したのは、杉自身にとってもそう感じられていた時期だったのだと腑に落ちた。杉のソングライティングがひとつのプラトーに達し、ひとつの幸福な時期が終わる予感を強く感じさせるアルバムであり、それが僕の人生の成長段階ともたまたまリンクしたのだと思う。 今回はアルバム全曲を収録順に披露するのではなく、「SABRINA」の収録曲もセットリスト全体に順不同で組みこむ構成で、『Weekend lover』と『Lady numbers』は演奏されなかった。ライブそのものの流れという意味では自然ではあったが、まるでLPレコードに針を落とすような「今から始まる」という期待感や、曲が終わると自動的に次の曲のイントロが頭のなかで流れ出すアルバム全体の一体感という点では、やはりランニングオーダーどおりに全曲を聴いてみたかった。 「SABRINA」からのレパートリーでは、『Starship』や『ほこりだらけのSummer place』のような定番のアゲ曲もさることながら、『Rambling bird』や『Home townに帰りたい』などの軽快でありながら杉のソングライティングの妙がさえる曲が印象に残った。『Weekend lover』を清水、高橋とのかけ合いで聴きたかったがむずかしかったか。 一方で4月にリリースされた新譜「MUSIC MAN」から多めに演奏されたのはよかった。特に『Sugar Love』は杉真理らしい三連のロッカバラードで、美しいコーラスワークとともに夏の日の情景を歌う。実際にはなかったのになぜか頭のなかに焼きついている架空の記憶をなぞるような、幸福な瞬間の原像をステージでも再現できていて、僕としてはこの日いちばんの聴きどころだった。 結果として新旧のレパートリーをとり混ぜて演奏しても違和感がないのは、杉の書く曲がもともと童謡のような素直さと深い素養に裏づけられた音楽的な深みとを併せもっていることに加え、バンドがそうした杉の作品へのリスペクトとともにどの曲も誠実に、真摯に演奏していたからに外ならないだろう。あいかわらず宮崎のサックスののびやかで澄んだ音色が素晴らしかった。今の杉のステージには欠かせないパーツになっていると感じた。 この日のライブは僕にとっては「SABRINA」というアルバムを軸に、当時の杉の音楽の転換点について彼自身の言葉で答え合わせをさせてもらったのが最も大きなテイクアウェイだった。自分自身の成長と、杉の音楽とがどうリンクしてきたかをあらためて確認できたのはなんともいえない感慨があった。 なお、オープニングにはワールドカップで有名になったカーボベルデで歌い継がれているという『Saiko Dayo』から『クラブ・ロビーナ』に移行する趣向になっていて杉らしいウィットが楽しかった。カードベルデは杉も言っていたようにアフリカの西岸に浮かぶ島国で、遠洋漁業の基地として日本ともつながりがあるが、その千数百キロ北には同じようにカナリア諸島が浮かんでいるというのは知っておいていいかも。 2026 Silverboy & Co. |