Japan Tour 2026
Japan Tour 2026
My Bloody Valentine
■ 2026年2月6日(金) 19:00開演
■ 東京ガーデンシアター
[My Bloody Valentine]
Vocal, Guitar:Kevin Shields
Vocal, Guitar:Bilinda Butcher
Drums:Colm O'Ciosoig
Bass:Debbie Googe
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セットリスト
● I Only Said
● When You Sleep
● New You
● You Never Should
● Honey Power
● Cigarette In Your Bed
● Only Tomorrow
● Come In Alone
● Only Shallow
● Off Your Face
● Thorn
● Nothing Much To Lose
● Who Sees You
● To Here Knows When
● Slow
● Soon
● Wonder 2
● Feed Me With Your Kiss
● You Made Me Realise
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マイブラはアルバム「Isn't Anything」からずっと聴き続けてきた。最初はなんだかよくわからなかったものが、アルバム「Loveless」がすごいといわれてそうなんだと思って聴き続けてきた結果沼ったみたいな感じで今に至る。2002年に書いた「Loveless」のレビューでは「僕たちが音楽を聴くときの「前提」を撃つ銃だ」とか「進化は無目的で、暴力的で、残酷なものだが、それゆえ美しい」とか書いているのでこのときにはすでに相当ヤられちゃってる。
マイブラはシューゲイザーの元祖みたいにいわれることもあるが、今、シューゲイザーと呼ばれている音楽を聴く限り、それはマイブラの手前から枝分かれしたスロウダイヴなどの流れを汲む別のジャンルだと思う。マイブラは独自の音楽を追求し、進化の袋小路に入りこんだ。マイブラを継承したバンドはおろか、マイブラと同じ地点に立ったバンドすらおらず、彼ら自身も音楽的には1991年から先には進んでいない。その、ほかの何にも似ていない音楽を聴くために有明まで足を運んだ。
マイブラの音楽のコアはもちろんケヴィン・シールズのヘンなギターの使いかたから生まれるなんだかよくわからない音とその揺らぎにあるが、それを音楽の形に昇華しているのはコルム・オコーサクのうまいのか下手なのかよくわからないドラムと、ビリンダ・ブッチャーのなにを歌っているのかわからないボーカル(というよりも声)である。それがステージでどのように聞こえるのか興味があったが、大音量にもかかわらずその構造が崩れないままきれいに拡大されたような鮮明さがあった。この音響のよさはこの日のライブのひとつのハイライトであったと思う。
しかしなにより、このライブを見に来てよかったのは、彼らの音楽が、陶酔感とか浮遊感とか耽美的とかなんかそういうふわっとしたものではなくて、明確な意志をもって演者と聴衆との幸福な関係を殺そうとする剣呑なものであると確認できたことだ。音楽が音楽でなくなるギリ手前まで行ってみること、その崖っぷちからもはや音楽ではないものが渦巻く混沌をのぞきこむこと、ケヴィン・シールズがやろうとしているのはそういう類のことあり、ライブはオーディエンスに対して覚悟を問う果たし合いの場にほかならない。
方法論のイノベーション自体は30年以上前に終わっており、あとはそれを延々と繰り返しながらどれだけ崖っぷちに近づけるかを試しているのが現在の彼らの営為である。セットリストは毎回同じ、とにかくケヴィンの頭のなかで鳴っている音楽をどれだけ完全に再現するかに特化した伝統芸能のようなステージの繰り返しは、その分表現の純度を上げて鋭利な刃物のように研ぎ澄ました。うかつに触れれば深手を負い大量の血が流れる。マイブラの音楽というのはそういうものだ。だからこそそれはロックであり得るのだ。
1曲終わるたびにギターを替え、ショーとしての流れとかノリとかガン無視なのが潔い。『Feed Me With Your Kiss』でギターのセットがコントロールできず2回演奏を中断、2回目はすでに結構いいところまで演奏が進んでいたので「最後のバース」とコメントして途中から演奏を再開したのがステキでシビれた。ケヴィン・シールズが、だれのために、なんのために演奏しているのかがよくわかるシーンだった。同じ曲を1.5回分くらい聴けておもしろいものが見られてお得だった。
ホロコースト・セクションは7分ほどあったらしい。音が大きくはあり、もちろん耳栓も配られたが、実際に使うことはなく、終演後の耳鳴りもなかった。徐々に音量は大きくなったが最上層の最後列だったこともあってかこれくらいの大音量のライブはふつうにあるというのが実感で、ノイズ・ピットだけ指で耳をふさいでいた。ケヴィンは、オーディエンスをおそらく自分の音楽の効き目を確かめるための実験動物程度にしか思っていないのだろうから、こちらもそれ自体を楽しむのがおそらく正しいはず。
死ぬまでに一回見る機会があるかどうかと思っていたのが、思いがけず今年来日してくれてこのライブを見ることができたのはほんとうにラッキー。うれしかったのはケヴィンがまだ何にも満足していないことで、その求道者のようなパフォーマンスに立ち会うことができた。人生で思い残すことが確実にひとつ減った。『Nothing Much To Lose』でのコルムの機関銃のようなスネア連打見ると、もう次はないかもしれないと思った。最後まで座って見られたのがありがたかった。
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