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Pixies JAPAN 2025
Pixies

■ 2025年11月4日(火) 19:30開演
■ EX THEATER ROPPONGI

[Pixies]
Vocal, Guitar:Black Francis
Guitar:Joey Santiago
Drums:David Lovering
Bass:Emma Richardson

Setlist Not Available



前座があるだろうと余裕をかまして開演の5分くらい前に現着したら数分でライツ・オフ、いきなり本編が始まった。

ピクシーズには事前にセット・リストというものが存在しないらしく、ブラック・フランシスがバンドのメンバーに「次はアレやるぞ」と指示する専用のマイクが後ろ向きに設置されており、一曲終わるごとにブラック・フランシスが次の曲を決めていると聞いて軽く引いた。

いっさいMCもなく、せいぜい3分か長くて4分の短い曲を次々に演奏し、ハゲでデブの中年男が汗だくで歌ったりつぶやいたり叫んだりする異様なショーである。「ハロー、トーキョー」「コンニチワ」「アリガトウ」「アイシテマス」なども言わない。開演時間ほぼピタで始まり、90分続けざまに演奏してアンコールもなく去って行った。

これだよ、これ。このアンチ予定調和。この不愛想。この殺伐。コミュニケーションの不全、あらかじめ用意された関係への不信、ア・プリオリに語られる物語の拒絶。それがロックであり、それがオルタナであった。オレらはそういうギリギリの、とんがった、最前線のロックを聴いているのだ、おまえらの聴いているお花畑ロック、お子ちゃまロックとはレベチなんだよというナゾの優越感が、80〜90年代当時ピクシーズを聴くことの意味だった。少なくとも僕にとっては。

それは人間不信の音楽であり、社会不適合者のための音楽であった。挨拶もなく、儀礼もなく、社交辞令も愛想笑いもない、ただビートと叫びと言葉だけがある、それだけあれば音楽が成り立つのには十分だろう。明日学校へ、会社へ行くことを考えただけで吐きそうになるすべての脆弱な精神のためにブラック・フランシスは歌った。ブラック・フランシスが異形であることには意味があった。

ブラック・フランシスがハゲでデブなのは、僕たちの精神がハゲでデブだからだ。それは僕たちのいびつでもろいメンタルの精密な写し絵だったのだ。生きにくい世界に対して、呪詛のように、悲鳴のように、祈りのように絞り出された音楽。だからこそそれはときとして奇跡のように清らかで美しい。それがオルタナという音楽がこの世界に存在する意味ではなかったか。

この夜はそのことの何十年ぶりかの答え合わせだった。ブラック・フランシスと同学年の僕は、今ではサラリーマンとしてそれなりに生き延び、挨拶も愛想笑いももちろんできる。しかしそれでもこの日ここに来て彼らのステージを見ていると、自分のなかの非社会性が再発しそうになるのを感じる。不適合は緩解はしてもそう簡単に完治しないのだ。

それはたぶんブラック・フランシスも同じではないか。彼だっていい年なんだから少しは社会スキルも身につけただろう。しかし、それでもステージに立てば、ギターをかき鳴らし続け、歌い続けていないと不安になる。間があってオーディエンスと対峙してもどうしていいのかわからない、何を言っていいのかわからない、そこには音楽だけがあればよく、それ以外のものは不要で、だからこそ彼はスピーチする代わりに歌い始めたのだ。音楽でしか関係をとり結ぶことができないからこそ音を出している。その場にそれ以外のなにが要るだろう。

今あらためてつぶさに聴けば、ピクシーズの音楽は意外なほどポップであり、ストレートである。どこかおどろおどろしいものだと思っていた曲もなんか聴きやすく思える。この通用性があったから彼のコミュニケーションの不全は世界に向かって発信され、彼の予定調和への強い拒絶は極東の孤独な魂にまで届いたのだ。答え合わせはできた。自己採点は満点だ。開演に遅れなくてマジよかった。



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