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僕にとって「SYMPHONY#10」は難しいアルバムだ。高校時代から杉真理を聴き始めたが、「OVERLAP」「STARGAZER」ときて「MISTONE」がひとつのピークであり、その次にリリースされた「SYMPHONY#10」以降はそれまでと同じ熱量では聴けず、なにか没入できないものを感じていた。 佐野元春や伊藤銀次をフィーチャーした『Key Station』ですらのんびりした切迫感に欠ける曲のように聞こえたし、タイトル・チューンの『交響曲第十番』は大仰に、ラストの『永遠のShangri-la』は冗長に思えていた。もちろんどの曲も実際には杉らしいチャームを具えた佳曲なのだが、それまでのアルバムの曲が強烈に刷りこまれすぎて、新しい曲のよさを素直に受け入れることができずにいたのだと思う。 あるいはまた、作品ごとに力をつけ、目ざましい成長を遂げていた当時の杉のソングライターとしてのパフォーマンスが、このアルバムあたりでひとつのプラトーに達し、再生産局面に入ったように感じられたこともその原因だったのかもしれない。その後も杉のアルバムは出るたびに買い続けたが、そうした期待と現実の乖離は少しずつ大きくなり、僕は次第に杉の音楽から離れて行った。その最初のアルバムが「SYMPHONY#10」だったのだ。 今ではそうした過程もひっくるめて受け入れたうえで、どの作品もそれぞれのよさをそのまま聴くことができるようになったと思う。そういう経緯から、今回のライブは僕にとって、「MISTONE」の全曲ライブとはまた違った意味あいがあり、このアルバムの曲が今の自分にどう響くか不安であり、また楽しみでもあった。 結論からいえば、40年の歳月を経て、僕はこのアルバムを再発見することになった。牧歌的に聞こえていた『Key Station』はラジオへの愛情をこめた愛すべきグラフィティであり、『交響曲第十番』はダイナミックなロック・シンフォニーであり、『永遠のShangri-la』は勇壮な叙事詩であった。『永遠のShangri-la』での橋本のソロは会心のパフォーマンス。圧巻でありこの日のハイライトだった。 なにより『僕のシェリーと少し』『恋愛狂時代』『Sentimental Dancing』『無実のスーパーマン』『Crying Angel』といった曲のポップ・ソングとしての完成度の高さ、アレンジの緻密さ、楽曲としての楽しさが、ライブの直接性も加わって、より高い説得力で僕のなかで更新された。ライブに行く前にあらためてアルバムも聴き返したが、今となってはこのアルバムも懐かしく、ケチをつけながらも何回も繰り返し聴いたことが強く焼きついているのをあらためて実感した。 オリジナルではストリングスやブラスを含め遠慮なくカネをかけたアレンジが聞けるが、これをステージで再現するのは並大抵の苦労と工夫ではできないことだ。今回のステージでは、それを小泉のキーボード、宮崎のサックス、高橋のパーカッションを駆使し、完全再現はもちろんムリにしても、かなりいい線まで曲のイメージを構築していたと思う。全体にキーボードが引っこみがちだったのが少し残念だった。 また、MCでこのアルバムと密接な関係にある12インチ・シングル「I DON'T LIKE POPS」に言及し、そこでのメドレーに織りこまれながらこのアルバムには収録されなかった『You're my No.1』やフリップ・サイドだった『ON THE B-SIDE』を演奏してくれたのはうれしかった。特に『You're my No.1』は杉の曲のなかでもおそらくベスト3に入るくらい好きな作品なので、思いがけず聴くことができてちょっと胸に迫るものがあった。 当時の声域に合わせていっぱいいっぱいにつくられた曲を続けて歌うのはおそらく杉にとってもかなりキツいことが容易に想像され、特に高域はちょっとしんどいところもあったが、それでも歌いきった杉のプロフェッショナリズムには率直に頭が下がる思い。古希を過ぎてなおこのパフォーマンスは単に「お仕事」としてではなく、杉自身が楽しんでいるからこそできるものではないかと感じた。 MCではバンドのメンバーとともにレコーディングを行っていることが披歴された。すでに二枚組のアルバムが軽くできるくらいの曲はあるはずで、アルバムのリリースを心待ちにしている。アンコールで演奏された『バブル絶頂期』での橋本のナイル・ロジャース・マナーのカッティングがスタジオ音源で聴きたい。 2025 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |