Beck
Beck in Japan 2025
Beck
■ 2025年5月29日(木) 19:00開演
■ NHKホール
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セットリスト
● Devils Haircut
● Mixed Bizness
● The New Pollution
● Girl
● Que'Onda Guero
● Gamma Ray
● Nicotine & Gravy
● Wow
● Debra
● Everybody's Gotta Learn Sometime
● The Golden Age
● Lost Cause
● Paper Tiger
● Dreams
● Up All Night
● Sexx Laws
● Loser
● E-Pro
● Where It's At
● On Foot In The Grave
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5月末に見たベックのライブ・レビューをサボっているうちにスライ・ストーンとブライアン・ウィルソンが相次いで亡くなった。アメリカというとりとめのない国で、ジャンルは異なるもののともに代えのきかない音楽を遺したアーティストの系譜は、どのように引き継がれて行くのか。
今思えばその答えのひとつがこの日のライブだったのかもしれない。あらゆる音楽を分け隔てなく受け入れ、よくシャッフルしてからカードを配るようにそれらを自在に編集し、切り貼りし、混ぜ合わせたり分解したりしながら、聴いたことありそうでどこにもなかった音楽を手際よく繰り出す身軽さはベックの発明であった。その音楽の遠景には、ほかの多くの音楽と同様にスライ・ストーンがありブライアン・ウィルソンがあったはずだ。
そこにはバンドすら不要であった。音楽とはこういうものでなければならないというあらゆる規制が不要であった。サンプリングやループという最新マシンを手にした子供たちの代表として、すべての音楽を等価に、自由にする、その解放戦線をベックは戦ってきた。アルバムごとに激しい振幅を示しながら、その戦いはあらゆる音楽に適用された。僕たちはベックの組織した攪乱戦に喜んで右往左往したのだった。
それがバンド・セットでどのように表現されるのか。なんだかんだ「Odelay」あたりから欠かさずアルバムを買い続けながらもそこまで入れこんで聴くこともなく、現代音楽の基礎知識的な感じでつきあってきたが、例によって次はないかもしれないので見られるときに見ておこうというアレでNHKホールまで足を運んだ。
ライブは2時間ほど、代表曲をまんべんなくピックアップしながら、『Devils Haircut』で始まり『Sexx Laws』『Loser』『E-Pro』で本編を締めくくり、アンコールには『Where It's At』をかますという一分の隙もない顧客満足度の高いセット・リストで、そこには間違いなくフィジカルなベックの「実体」があった。
それはスタジオ音源だけではどうしてもつかみにくかった、「編集的存在」であったベックの「中核」が姿を現した瞬間だったのかもしれない。アルバムごとの音楽的な振幅がライブではひとつの軸で統合というか止揚されて行く心地がした。その軸こそがベックと名乗るアーティストなのかもしれないと感じた。
その説得力の中心にあったのはバンドの確かな演奏であり、ジェリーフィッシュのジェイソン・フォークナーとロジャー・ジョセフ・マニングJr.が参加していたことを知ったのはライブが終わってからであった。よき音楽の系譜は確かに引き継がれて行く。人力でつくり出されて行くグルーヴはバラエティに富んだ曲をひとつの物語に織りこんで行くための強力なジェネレーターとなっていた。アーティストとバンドの間の信頼関係が窺えた。
『Loser』に入る前に自らスライドを弾いて見せたシーン、そしてアンコールの最後、ブルースハープ一本で歌った『One Foot In The Grave』は、ベックの出自がアメリカのトラディショナルなルーツ・ミュージックに直接的に根ざしていることをあらためて感じた。宅録オタクとかロックの文脈にヒップホップをなんとかみたいな感じで登場し、カウンター的な役割を背負っているイメージが強かったが、その底流にはアメリカの大衆音楽の豊かな歴史があることを示した。
編集的なスタイルはこうしたフィジカルの強靭さがあってこそ成り立つものであり、ガチのフィジカル勝負になるバンドでのライブでもがっつりファンをつかんで聴かせるベックの音楽的体力に、アメリカという国の奥深さというか層の厚さというか、恐るべき物量の強さみたいなものを感じずにはいられなかった。このライブのプレイリストはずっと聴けるな。
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