WINTER WONDER MEETING 2024
毎年恒例の伊藤銀次のクリスマス・ライブ。今年は佐野元春とかぶって困ったが、さいわい佐野は前日のチケットが当選しこの日の分はハズれたので、この日は問題なく銀次の方に来ることができた。吉祥寺の天下一品でラーメンを食べてスターパインズカフェへ。この会場もかなり慣れた。 『誰のものでもないBABY』が演奏されたのはうれしかった。1983年リリースのアルバム「Winter Wonderland」に収録されたきり、ライブでは演奏したことがないと銀次がMCしていたが、この時期の伊藤銀次のメロディを重視した曲作りに、康珍化の繊細な歌詞がマッチした名曲のひとつである。顧みられることの多くなかった曲が40年の歳月を経てライブで演奏され、長く聴きつづけてきてよかったと素直に思った。 ほかにもポリスター期の曲多めの、ツボを押さえたセットリストになっており納得感は高かった。振り返ってもアーティストとしての銀次の黄金期のひとつは1982年と83年にリリースされた4枚のアルバムといってよく、その時期の曲を中心に置いたのはクリスマス・ショーの構成として王道であり楽しめた。 一方で東芝期以降の曲が少なめだったのは残念だった。演奏できる曲数に限りがあるのはしかたがないのだが、この時期の作品にも聴くべきものは多くあり、今後のライブで取り上げてもらえることを期待したい。 特筆すべきなのは長江健次に提供した『ええねんで 恋をして』。タイトルからも察せられるとおり、大滝詠一の『A面で恋をして』のアンサーソングというかなんというか、ナイアガラ・サウンドのオマージュなのだが、大滝のアウト・テイクだと言われても納得するくらい一連の大滝作品のツボをきっちり押さえた曲構成やアレンジは、ナイアガラの系譜に連なる銀次しかできないクオリティの高さ。大滝亡き後の「あとは各自で」を地で行ったもので、大滝も絶対天国で腹を抱えて笑っているだろう。 しかしこの曲の真価は曲そのものの出来のよさのほうにある。ナイアガラ・オマージュという曲のコンセプトが先にかっちりとでき上がっている分、それを手がかりに曲がつくれるのか。そういえば銀次はなんらかの枠組があるときにとても優れた曲を書くことが多い。それはプロデューサーである木崎賢治が徹底してメロディを先に書くことを要求した結果、ポリスター期の最初の4枚のアルバムができあがったように。 そのことは「シュガーベイブっぽい曲」という発注をうけて同じく長江に提供したという『高輪Gateway ところでBy the way』でも同様だ。銀次はコード進行やアレンジをそれっぽく仕上げる一方で、オリジナルの美しいメロディを書いた。今回、『ええねんで 恋をして』も『高輪Gateway ところでBy the way』もライブで演奏されることでアレンジの妙を再現するには限界があったが、その分、曲としての質の高さはむしろ際だった。どちらも銀次のボーカルでぜひスタジオ音源化してほしい。 こうしたコンセプトを高い音楽性で裏打ちする試みは、杉真理と松尾清憲のBOXやラトルズ、デュークス・オブ・ストラトスフィアやトッド・ラングレンなどを彷彿させるもの。実力のあるソングライターだからこそできることで、銀次もこのコンセプトでミニ・アルバムくらいはつくれるのではないか。 『ええねんで 恋をして』は以前に長江がゲスト出演したときに初めて聴いておもしろいと思っていたが、今回は曲のよさが印象に残った。長江、銀次に加え久保田洋司の三人でナガエヤカラ・トライアングルと称してリリースされているスタジオ音源では、銀次が一人でナイアガラ・サウンドに挑戦したアレンジが聴ける。一聴の価値がある。 今年も『雪は空から降ってくる』でクリスマスを迎えた。銀次のクリスマス・ソングでは『ほこりだらけのクリスマス・ツリー』も聴いてみたい。来年ぜひお願いしたい。あと来年はひさしぶりのアルバムを期待している。 2024 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |