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ロッキン・クリスマス 2024
L'ULTIMO BACIO Anno 24


■ 2024年12月24日(火) 18:00開場 19:00開演
■ 恵比寿 The Garden Hall

佐野元春 & THE COYOTE BAND

Vocal, Guitar:佐野元春

Drums:小松シゲル
Guitar:深沼元昭
Guitar:藤田顕
Bass:高桑圭
Keyboards:渡辺シュンスケ
セットリスト  
● Young Bloods
● ガラスのジェネレーション
● ジュジュ
● バイ・ザ・シー
● 世界は慈悲を待っている
● 欲望
● インディビジュアリスト
● みんなの願いかなう日まで

● 雪−あぁ世界は美しい
● 君が気高い孤独なら
● 冬の雑踏
● 愛が分母
● CHIRISTMAS TIME IN BLUE
● 水のように
● 大人のくせに
● La Vita è Bella

● エンタテイメント!
● 純恋(すみれ)
● ダウンタウン・ボーイ
● アンジェリーナ



ガーデンホールは増席し立見を詰めこんでも千人が限界の小さいハコ。今回は24日と25日の2回公演で両方に申し込んだが25日は抽選に漏れ、この日だけの参加となった。25日は伊藤銀次のライブがあるので25日が当たって24日がはずれるよりはよかった。八重洲のゴーゴーカレーでロースカツカレーを食べて、クリスマス・イブの喧騒のなか恵比寿に向かった。

SEに合わせてレーザー光線が、ステージのみならずそこらじゅうの壁や天井に模様を描く演出のあと、昨年と同じ「peace on earth」というメッセージがスクリーンに映し出されてライブは始まった。

今年も戦争は終わらなかった。いや、世界ではひとつの戦争が終わってもまたどこかで別の戦争が始まり、つねにいくつかの戦争や内乱やテロがあちこちで続いているのだが、それにしても今年もまだ、ロシアはウクライナの端っこをしつこく切り取ろうとしているし、イスラエルはガザ地区をまるごと更地にしようとしている。そういう時代に僕たちは生きている。

佐野はそうした世界と今ここにある僕たちの世界が地続きであることをライブの最初に宣言したのだ。そして、そのうえでこの夜を楽しみたい、楽しむことをあきらめないという意志を明らかにした。それはひとつの覚悟だ。歌うための、ダンスするための覚悟だ。

アンコールで歌われた『ダウンタウン・ボーイ』は大好きな曲だ。佐野元春の曲のなかでどれがいちばん好きかと訊かれたら、以前は迷うことなくこの曲を挙げていた。今でも、少しは迷ったり悩んだりしながらもやはりこの曲のタイトルを言うだろう。だが、この曲が僕に対してもつニュアンスは、長い年月を経るあいだに随分変わった。

「たったひとつだけ残された最後のチャンスに賭けている」と歌い放っていた十代のころ、僕たちはなんの根拠もない「逆境のヒロイズム」に酔っていた。僕たちは自分をクソったれな世界に捨て身の戦いを挑む殉教者だと思っていた。しかし実際にクソったれな社会で何十年も生きのびるうちに僕たちは、そこが僕たちが思っていた以上に致命的にクソったれであること、そして僕たち自身がその致命的にクソったれな社会の従順な構成員にほかならないことに気づいた。

そこには指さして非難できるようなわかりやすい悪玉はいなかった。天に吐いたツバは放物線を描いてもれなく自分自身に降りかかってきた。そのことを僕たちは長い時間をかけて少しずつ学んできた。そこにおいて「ギアを入れ直す」とはどういうことか、あるいは「最後のチャンスに賭ける」とはどういうことか。僕たちは自分のなかのなにをたたき直せばいいのか。そこにまだ、賭けるに値するものはあるのか。

今の僕にはこの曲は、そう僕たちに問うているように聞こえる。あのときの僕たちにいったいどれだけの覚悟があっただろうか。かつて無邪気に言い放った言葉に、僕たちはいったいどれだけの覚悟で向き合い、どれだけの責任をとってきただろうか。どれだけの落とし前をつけてきただろうか。そのことを僕たちは今、人生の半分をおそらくはとっくに過ぎて、厳しく突きつけられているのではないか。

この日のライブでは『ガラスのジェネレーション』もまたリアレンジして演奏された。「つまらない大人にはなりたくない」と歌うこの曲も、かつてはまだ大人でない者の威勢のいいスローガンに過ぎなかった。しかし、ライブ会場に集ったファンの大半が50代やなんなら60代になった今、それは自分自身に対する問いかけにほかならない。「オレははたしてつまらない大人になってはいないか」。それは僕にとって祝福なのか、あるいは呪いなのか。

このライブでは80年代の曲のいくつかがそのようにしてリアレンジされ、2020年代に問い直された。それを佐野が「再定義」と呼ぶのなら、それはそうした曲の意義をあらためて問うものであると同時に、僕たち自身がいかに生きてきたかを試すものでもある、それを強く感じたライブだった。

もちろん、そんなむずかしいことを考えながら、物憂げな顔でダンスしたわけではない。そこにあったのは音楽であり、日々の慰安であり、憂さを忘れるひとときであり、ハレの日の祝祭であった。善き哉。そのために僕は恵比寿まで足を運んだのだ。僕たちはダンスした。フィジカルなダンス、メンタルなダンス。しかし、だとすればそれはなんて多義的で重層的なダンスであったことか。

「再定義」された曲群のなかでも、『欲望』だけが突出してよく、『Young Bloods』がまあ悪くないくらいで、それ以外はあまりピンとこないというのが正直なところであった。これらの曲群は「HAYABUSA JET I」として音源化されることがライブ後にアナウンスされている。佐野がこうして彼自身の表現を問い直すのであれば、気に入るかどうかは別にして、僕はそれを聴いてみたいと思う。僕たちには自分自身を再定義するだけの内実があるのか。それを僕たちは確かめなければならないのではないか、佐野の助けを借りて。

クリスマスということもあってかシリアスな曲調のナンバーは注意深く避けられ、リアレンジされた80年代のナンバー以外はほぼコヨーテ・バンドのレパートリーで本編を構成した。バンドと佐野のあいだには確かな信頼関係があり、相互にプラスのフィードバックをかわす中で高め合って、それが演奏全体をいきいきと、血の通ったものにしているように感じられた。ハッピーなクリスマス・ライブであったが、それだけに、佐野が今どちらに向けて次の一歩を踏み出そうとしているのか、佐野の率直な思いを垣間見た気がした。



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