2018年・秋 全国ツアー「禅BEAT 2018」
桜木町駅からペデストリアン・デッキで5分ほど、ランドマークホールは商業施設の5階にある小振りなハコである。バンケットなどにも使えそうな四角い多目的ホールのようだ。会場前半分を座席にし、後ろをスタンディング・エリアにした設営でキャパシティは500名ほどか。 このライブでは座席のチケットが取れず、やむなくスタンディングにしたが、体調的に立ったまま開演を待つのが厳しかったので、ギリギリまで会場近くで時間をつぶしてから入場した。当然人垣の後ろから覗き見る感じになったが、幸いうまく隙間を見つけることができて結構ステージを見ることができた。 ステージ構成は、若干の曲順の入れ替えはあるものの、ほぼ初日の東京と同じ。「MANIJUツアー」をダイジェストして、ライブ・ハウスらしくビート・ナンバーを中心にしたコンパクトなセット・リストだ。 特に『境界線』でのオープニングから、シュローダー・ヘッズのレパートリーであるインストルメンタル・ナンバーでのメンバー紹介をはさんで『優しい闇』まで、アルバム「COYOTE」以降の曲で固めた構成はまったく同じ。佐野がコヨーテ・バンドとの音楽活動に手ごたえを感じ、自信を深めていることがよく分かる、スリリングでありながら軸のしっかりしたパフォーマンスだったと思う。 特筆すべきなのは東京で演奏された『約束の橋』がこの日はなかったこと。他の曲は順番の入れ替えこそあれすべて演奏されたのに、『約束の橋』だけがきれいにオミットされていた。 もちろん『約束の橋』という曲自体は、僕自身も思い入れのある重要な作品だが、ヒット曲ということもあって、どんな構成のライブでもお約束のように演奏されることには常々疑問を抱いてきた。ここにきてこの曲を敢えてセット・リストから外したのは、もはやこの曲がなくてもリスナーを納得させることができるという確信を佐野が感じたということなのだろう。 リスナーの中には『SOMEDAY』や『約束の橋』が聴きたくてライブに足を運ぶ人もいるだろう。それらの曲はもはや佐野元春個人や熱心なファンだけのものではなく、場合によっては佐野の名前すら知らない人も含め、多くの人がそれぞれの思いや感慨とともに内面化しているもの。こうしたファンのために「代表曲」をきちんと演奏すべきだという考えがあるのも理解できる。 しかし、佐野は今回、そうした過去の作品の「アフターケア」よりも、今の自分の心情により近い曲でライブを構成することを選んだ。それは、仮にそれで批判を受けることよりも、一貫性のあるセット・リストで表現すべきことの方が重要だという覚悟を固めたということなのではないか。そしてそれは、「MANIJUツアー」で本編をすべてアルバム「COYOTE」以降の曲で固めたことからの連続性に立った決断であっただろう。 表現者として、時代の突端に立ち、そこで起こっていることに当事者としてコミットし続けるためには、その表現のスタイルや内容を不断に見直し続けることが不可欠なのは当然だ。 僕は過去の何かを探しにライブに足を運んだのではなく、現在の佐野が何を見て何を歌おうとしているのか、その現場に立ち会いに行ったのだし、それはまた、今の自分が何をよりどころに自分を支えて行くのか、それを確かめに行ったということでもある。僕は佐野とコヨーテ・バンドの挑戦を支持する。 ところで、この日の会場は、ほぼ直方体のハコで、天井が高く、壁も見たところ平面で吸音処理がされていないようで、まるで学校の体育館で文化祭のバンド演奏を聴いてるように、「音が回る」というのかムダな残響が多く聴きにくかったように思う。ライブ・ハウスらしい臨場感を重視した、きっぱりしたライブだっただけに、会場が今ひとつで残念だった。 2018 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |