35周年アニバーサリーツアー
コヨーテ・バンドをベースに、長田進、山本拓夫、Dr.kyOnらを迎え、大編成で公演を行った35周年ツアーは東京国際フォーラムで千秋楽を迎えた。 このツアーは昨年の12月に横浜で見た訳だが、3時間半に亘って35曲を演奏するというあまりに「お買い得」な内容は変わらず、最新アルバム「Blood Moon」を中心にしつつ、キャリア全般から満遍なく代表曲を拾い上げたオーソドックスなセットリストもそのまま。佐野自身も言っていたようにアレンジも『君をさがしている』を除いては概ねオリジナルに忠実で、35周年というツアーの趣旨をきちんと踏まえたものになっているのは好感が持てた。 演奏も素晴らしかったと思う。小松が曲のスタートのカウントをいちいちクラッシュシンバルで叩くなど、ラウドでメタリックとも言える重厚な演奏だったが、一方で佐野が弾くアコースティック・ギターのニュアンスやハイハットの音もしっかり拾っており、PAも含めて大会場とは思えない丁寧な音づくりがなされていたと思う。 残念だったのは佐野のボーカルが安定を欠いたこと。アップテンポのシャウト系の曲や、もともと今の音域に合わせてアレンジされている最近の曲では比較的声が出ていたように思うが、初期の曲やバラード系の細かいニュアンスが要求される曲、例えば『バルセロナの夜』や『グッドバイからはじめよう』ではかなり苦戦を強いられた印象。特に歌い出しの音程を取れないシーンが散見され、ビデオ・パッケージングは大丈夫なのかと余計な心配をしてしまった。 やはり、コヨーテ・バンドとレコーディングしたここ3作のアルバムからの曲が、現在の佐野の意識を直接反映していて切迫性があり、端的に言ってしまえば『SOMEDAY』『約束の橋』『Rock & Roll Night』『アンジェリーナ』などの「お約束」の盛り上がりはもはやなくてもいいのではないかとすら思う。現実には難しいだろうが、それくらいコヨーテ・バンドと制作したここ10年程の作品が充実していると感じられる。 もちろん、今回演奏された80年代から90年代の作品も紛れもない佐野の歴史であり、その連続性の上にこそ現在の佐野の音楽がある。こうした曲のひとつひとつが丁寧に演奏され、その潜在力のようなものを何度も何度も再発見することは必要な過程だし、実際、今回のライブで演奏された90年代以前の曲にも大きな意味があったことは当然だ。 特に『誰かがドアを叩いている』のアウトロで「ステキなことはまだ訪れちゃいない」と佐野が明確に歌った時には鳥肌が立つ思いがした。正直、あまりたいしたことのない曲だと思っていたが、現代に生きる魂の隙間や闇に巧みに滑りこんでくるものへのクリティカル・ヒットとして、何よりポップ・チューンとして再発見した気がした。 だが、今回のライブでそれ以上に鮮烈に響いたのはアルバム「VISITORS」からの曲だった。特に『VISITORS』という曲はもともと抑揚の少ない単調な作品だけに、ライブでは間延びして聞こえることも少なくなく、これまであまりライブで聴いても嬉しくなかった。しかし、今回、佐野がアコースティック・ギターを抱え、シング・アウトするスタイルで吐き出したこの曲は、まるでボブ・ディランのようなこの上なく辛辣な警句として響いた。 1984年、佐野がこのアルバムを発表した時、世界にはまだソビエト連邦があり、ベルリンの壁があった。我々は冷戦という二項対立の時代を生き、このアルバムが制作されたニューヨークはそのひとつの極として、先鋭的な時代認識の中にある街であった。そこでは表現のスピードは研ぎ澄まされ、リスク感覚は切迫し、佐野はひりひりするような「世界史の最前線」からのレポートのようにこのアルバムを持ち帰った。そしてそこにおけるこの曲のメイン・メッセージはこうだった。 This is a story about you. 「これは君のことを言ってるんだ」。世界史に対する僕たち自身のコミットメント、責任のありようのことを佐野は明確に指摘し、問うていた。そして、その鋭い言葉の切っ先は、今、30年を経て改めて僕たちに突きつけられていると、今日僕は感じた。ブラッセルの空港と地下鉄の駅で凄惨な爆破テロがあった直後に行われたこの日のライブで、僕たちは再び世界史に対するコミットメントを問われているのだと。 世界のどこかで、僕たちの知らない誰かがどこかで僕たちを本気で憎んでいる。ニューヨークでワールド・トレード・センターに二機の旅客機が突入したのは2001年のことだが、その憎悪は今も高まり続けていて、冷戦は内戦とテロに姿を変えた。そこにおいて僕たちは中立な第三者などではなく、明らかにその一方の極に近いところに立つ当事者である。そしてそこから一人勝手に降りてしまうことはできない。 そのような、対称性の破れた世界で、それでも僕たちは毎日の日常を生きない訳に行かない。まさかこの東京の混雑した地下鉄でアラブ人が爆弾を爆発させることはないだろうという何の根拠もない仮定以外に依拠するものもない世界で(だがそれに似たことは1995年に起こった)。その想像上の爆弾が爆発するまでの間、僕たちはこの日常を毎日やり繰りするしかない。もはや世界史の最前線はニューヨークだけではない。僕たち自身が毎日世界史の最前線に立ち会っているのだ。 そのことを佐野元春は指摘している。それはつまり、貧困がグローバル化した結果、国家間戦争を前提とした一国平和主義が破綻しつつあるということ。世界の様相が決定的に変わってしまったことをはっきりと示した街、ニューヨークで、それに20年近くも先立って制作されたアルバム「VISITORS」の危機意識は間違いなく現在まで地続きのものである。 だが、救いがあるとすれば、この日、『VISITORS』に続けて演奏された『COME SHINING』だ。「今夜、愛を交わそう」と歌うこの曲のメイン・メッセージは「Beat goes on」。どのように困難な世界でもビートは続いて行く。それもまた、佐野がニューヨークから持ち帰ったメッセージだ。厳しい現実認識があるからこそ、そこに残された光の残像に目をこらすように僕たちは希望の痕跡を探す。 佐野はそうしたぎりぎりのポジティブのことを一貫して歌い続けてきた。この日のアニバーサリー・ライブでも、佐野が最終的に僕たちに伝えようとしたのはそのことだったし、ビートの連続性のことだったと思う。音楽は流れ、僕たちは毎日をやり繰りしながら、世界史の最前線に立ち続ける。佐野がMCで口にした「サバイバル」はそのような意味で理解されるべきだと思うし、この日僕たちが目にしたのは、そのようなサバイバルに対する祝福に他ならなかったのだと思った。 2016 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |