Smoke & Blue 2015
仕事を何とか片づけて、佐野のライブを見るために六本木に向かう。僕が佐野を聴き始めた高校生の頃からは考えられなかった。田舎の高校生であった僕は、部活と生徒会活動に明け暮れ、友達の家に集まっては夜遅くまで騒ぎ、みんなで佐野元春のレコードを聴いた。六本木は遠く、そんな地名は僕たちの日常の中にはなかった。 当時の友達はそれぞれ大学に進学し、どこかの会社に就職し、ある者は弁護士やら会計士やらになり、またある者はジャーナリストやテレビのディレクターになり、そして、フェイスブックでお互いを再発見した。僕たちの多くは東京にいて、六本木で同窓会が行われた。僕たちは遠くまで来た。そして、何一つ変わってはいなかった。 僕にとって佐野元春の音楽は、彼らと過ごした高校時代の記憶と深く結びついている。そして、それを聴くたびに、その当時から僕が持ち続けているものと失くしてしまったもの、あるいは僕が捨てられなかったものと新しく手にしたもののことを思い、彼らはいったい同じようなことを考えているのだろうかと思う。 ビートは続いて行く。 「VISITORS」は僕たちが高校を卒業してからリリースされたアルバムだ。僕たちは田舎を離れ、それぞれの大学のある街で、別々にこの作品を聴いた。見知らぬ街に一人で、心細かった僕のケツを、このアルバムは蹴飛ばしてくれた。ビートは続いて行く。輝いておいで。今夜、愛を交わそう。 アコースティック・セットで演奏された『COME SHINING』は、初夏の京都のスーパーで夕食の買い物をしていたときの記憶をフラッシュ・バックさせた。4月のライブ・レビューにも書いたが、この曲のビートは歩くスピード。京都の街を歩き回った大学の頃を思い出させる。当時の頼りない気持ち、細い腕の自分を思い出す。そういう親密さがこのライブにはあった。 大ホールとも、スタンディングのライブ・ハウスとも違う、このスタイル特有のリラックスした雰囲気の中で、聴き慣れた曲がふだんとは違う表情を見せる。ふだんのライブでは演奏されることの少ない曲や、エレクトリックなバンド編成とは異なったアレンジの曲が聴ける。このライブは自分と佐野の音楽との関わりを確認し直すまたとない機会だ。 だが、そうであれば、3ヵ月に亘るライブでは、もっと曲目の入れ替えがあってもいいと感じた。バンドの負担は大きくなるかもしれないが、リハーサルではたくさんの曲を演奏すると佐野自身もコメントしていた訳で、毎月足を運ぶのなら新しいセットが聴きたいし、できるだけ多くの曲の「別の顔」を覗いてみたいというのは自然だと思う。 確かに僕たちは遠くまでやって来た。六本木は日常の中でライブを見に行ったり同窓会をしたりする場所になったし、僕も友達もそれぞれの責任を負いながらみんな忙しく働いている。だが、一方で僕たちは何一つ変わっていない。僕たちは今も頼りない気持ちを抱え、細い腕で毎日をやり繰りしている。そしてビートは続いて行く。そういうことを考えた夜だった。 2015 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |