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Smoke & Blue 2014

■2014.4.28 20:40開場 21:30開演
■Billboard Live TOKYO

Vo,Gt,Pf:佐野元春

Dr:古田たかし
Ba:井上富雄
KB:Dr.kyOn
Chello:笠原あやの
●ヤァ!ソウルボーイ
●It's Alrught
●君が気高い孤独なら
●月と専制君主
●希望
●月夜を往け
●恋する男
●レイナ
●C'mon
●すべてうまくはいかなくても
●レインボー・イン・マイ・ソウル
●食事とベッド
●約束の橋
●ドクター
●夜のスウィンガー
●ドライブ



2年ぶりに行われたビルボードでのライブ。前回のシリーズと同様、ギタリストを置かずチェロをフィーチャーしたバンド編成で、ふだんあまりライブでは演奏されないような曲を披露するというコンセプト。

4月から6月まで、3箇月連続のステージで、毎月、大阪2日、東京2日、1日に2ステージの8公演を行う。僕が見たのはこの日のセカンド・ステージであり、4月の最後の公演だった。全部で16曲演奏されたが、83年の渡米以前の初期のナンバーは2曲のみ、アルバム「フルーツ」以降のナンバーが11曲と、比較的新しい曲を中心とした構成。

このビルボードという会場に感じる居心地の悪さを僕は何度か書いてきた。そうした違和感が消えた訳ではないが、今回のライブはなぜか自分でも驚くほど率直に楽しむことができた。

ライブが始まって間もなく、自分がテーブルを軽く指先でたたいてリズムを取りながら演奏を聴いているのに気づいた。飲食のサーブがない天井桟敷からアリーナを見下ろす形で聴いていたせいもあるのかもしれないが、いつになく余裕のある目でステージ全体を見渡し、リラックスした気分で音楽そのものを楽しんでいることに自分で思い当たったのだ。

選曲に関して言えば、中には「おっ」と思わせる曲があったり、一部の曲で大きくアレンジが変えられたりしていたものの、初期の曲が少なかったこともあってか期待していたほどの意外感はなく、そのこともライブに没入しすぎることなく素直にひとつひとつの曲を聴くことができた要因だったのかもしれない。

当たり前のことだが、結局のところ、音楽がどのように聞こえるかは僕次第なのだ。そのことを僕は「音楽は個人的な体験である」という言い方で何度も書いてきたと思う。

音楽が「聞こえる」のは自分自身の中にその音楽と呼応する何らかの「コード」があるからに他ならず、その「コード」はひとりひとり固有のものなのだから、同じ音楽を聴いても自分の中に喚起される情景、感情はひとりひとり異なるものである。だから「音楽でひとつになろう」とか「みんなで歌おう」とかいうスローガンを僕は信じないし、いちばん近い人とすらひとつの音楽を「共有」することは、厳密な意味では不可能だと思っている。

だからこそ、それぞれが持つ「コード」の中の、共通した、あるいは相似した部分を僕たちは何よりも大事に感じるのだ。それがまさにコミュニケーションという概念の起点なのだが、それがあくまで限定されたものであり、それ故に価値があるのだということを僕たちは常に忘れてはならないと思う。

そして、そのように音楽が個人的な経験であるということを前提にすれば、こうしたサロン的な雰囲気でのプレミアムなライブをどう考えるかは、佐野の問題であるよりは僕自身の問題なのだということを、この日僕は改めて発見したのだ。

それは先に「名盤ライブ」を経験していたこととも関係しているかもしれない。あのライブで僕たちが支払った少なからぬカネは、もちろんライブや配布されたブックレットやDVDの対価であるが、それ以上に、今の自分を決定づけ形作った記憶とか経験とか、そうした自分自身を支える柔らかくしなやかな部分を再生することへの対価であったのだと思う。それが単なる懐旧に終わるのか、そこから今の自分自身を前に進めるための力を得られるのかはまさに個人的な経験である。

僕たちはライブに出かけ、演奏や歌を体験し、目の前の毎日を何とかやりくりして明日へと上書きして行く力を得る。大げさにいえば「人生の意味」をそこに見出したりもする。しかし、その「人生の意味」は決して佐野が僕たちに教えてくれるのではない。「人生の意味」はあらかじめ僕たちの中にあったものであり、僕たちは佐野の音楽を媒介にして、僕たち自身の「人生の意味」に自ら出会うのだ。そうであってみれば、ライブの会場がどこであるか、形態がどうであるかといったことは初めから瑣末なことに過ぎない。

そのことに思い当たると、この会場の「音楽に余計なものがいろいろ上乗せされている」感は別として、ライブそのものを率直に楽しむことができたし、そこから音楽の背後にあるもの、それによって自分の中に喚起されて行くものについて落ち着いて考えることができた。

ライブそのものの感想は3箇月のシリーズが終った段階で書こうと思うが、楽曲本位の心地よいステージであったことは間違いない。



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