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名盤ライブ SOMEDAY

■2013.11.16 19:00開場 20:00開演
■Zepp DiverCity

Vo,Gt:佐野元春

Dr:古田たかし
Ba:井上富雄
Gt:長田進
Gt:佐橋佳幸
KB:西本明
KB:Dr.kyOn
Sax:ダディ柴田
Per:スパム
Cho:堂島孝平
Cho:佐々木久美

Gt,Cho:伊藤銀次
●Sugartime
●Happy Man
●DOWN TOWN BOY
●二人のバースデイ
●麗しのドンナ・アンナ
●SOMEDAY
●I'm in blue
●真夜中に清めて
●Vanity Factory
●Rock & Roll Night
●サンチャイルドは僕の友達
●Bye Bye C-Boy
●マンハッタンブリッヂにたたずんで
●彼女はデリケート



1982年にリリースされたアルバム「SOMEDAY」をオリジナルに忠実に再現するという企画もののライブ・ステージ。CS上で音楽チャンネル「Music On! TV」などを運営するエムオン・エンタテインメントの主催で、東京と大阪でそれぞれ1日2回、計4回の公演が行われた。僕が見たのは東京での2回目の公演(夜の部)の方だ。

ライブでは90ページに及ぶA4判ハードカバーのガイドブックと特典映像を合わせて90分近くのDVDが入場者全員に配布された。

会場となったZepp DiverCityは立見で満杯の状態。塩化ビニルのLPレコードをジャケットから取り出してターンテーブルに乗せ、針を下ろす短いフィルムがステージ後方のスクリーンに映し出されてライブはスタートした。

アルバム「SOMEDAY」は僕が初めて聴いた佐野のアルバムであり、おそらく最も多く聴いたアルバムでもあるだろう。アレンジや曲順も含めてその全体が頭の中に深く刷り込まれており、ひとつの曲を聴けば次の曲のイントロが自動的に脳内再生される。中学生や高校生だった頃にこのアルバムを熱心に聴いたリスナーの多くは似たような思いがあるのではないだろうか。

佐野はライブではしばしば意図的にアレンジをオリジナルと大きく変更して演奏する。それはライブ、生演奏の一回性とか偶発性を重視したハプニングへのアプローチであり、発表した曲をマテリアルとして、ライブ・ステージという別のアート・フォームの作品を作り上げるためのプロセスでもあるだろう。

だが、この日のライブは、曲順のみならず、アレンジもできる限り原曲に忠実に演奏しようとするものだった。もちろんライブ演奏なのでレコードの通りにやることは不可能なのだが、僕たちがアルバムで何度も繰り返し聴いたアレンジで、オブリガートや間奏のソロなども感心するほどアルバム通りだった。

「神は細部に宿る」という。全体構造を完結しようとすれば、むしろ細部を丁寧に作り込むことによってこそそのパースペクティブが得られるというように僕は理解しているのだが、このライブはまさにそんな感じだったと思う。アルバム全体の感興を呼び起こしたのは、まさに細かいフレージングのひとつひとつだった。

この日、僕が最も感情を揺さぶられたのは『SOMEDAY』でもなければ『Rock & Roll Night』でもない。それは『麗しのドンナ・アンナ』だった。この曲の「ポケットで吠え続けている憐れなファイト」というフレーズを聴いたとき、このアルバムを聴いていた頃のことが鮮やかに脳裡に甦ってきたのだ。

そして僕は思ったのだ。僕たちのファイトは、今でもまだポケットで吠え続けているのではないのか、と。

それはまさに細部まで丹念に原曲にこだわったアレンジのなせる業だった。そして、それを再現した丁寧な仕事が、僕たちの現在と「あの頃」とが確かに地続きであることを僕たちに確認させてくれたのだ。

もちろんそこに懐旧の気持ちはあっただろう。甘い感傷に浸ってそのまま1982年の生をもう一度生き直したいと感じた人もいただろう。だが、そんな甘えに無批判に身を委ねるには、この日の演奏はあまりに鮮烈だった。そして、その鮮烈な音で鳴らされたこのアルバムが僕たちに喚起するものはあまりにリアルだった。それはこのアルバムの普遍的な価値を改めて僕たちに印象づけたのだ。

このアルバムの普遍的な価値は僕たちの想像力の中にある。佐野が1982年に提示したシティ・ライフは僕たちの実生活からかけ離れた架空のものであったけれども、だからこそ僕たちは僕たちの自由な想像力をそこで解き放つことができたのだし、それは2013年の現在においても変わることはなかった。

佐野がそこに用意した舞台装置はいつでも僕たちの生という無二の物語を受け入れ、僕たちが僕たちの感情の核に真っ直ぐ降り立つことを可能にしてくれる。僕たちはそこで自分が何によって生かされているのかを知ることができる。このアルバムは正しい意味でのメディアであり、だからこそいつまでも古びることなく僕たちにとってリアルであり続けるのだ。

それが問うのは、当たり前だが1982年の僕たちではなく、2013年の僕たちである。そして2013年の僕たちがこのアルバムによって自分の中の何をビートされるのか、それは結局のところ僕たち自身の現在の写像に過ぎないだろう。この日のライブに何か肯定的なモメントを見出すことができた人は、今の生を肯定的にドライブしている人だろう。この日のライブに懐旧的なものしか見つけられなかった人は、懐旧的な毎日を生きている人だろう。その意味でこのライブは残酷なまでにリアルだったのだ。

『二人のバースデイ』『I'm in blue』『真夜中に清めて』『Vanity Factory』。あるいはアンコールに歌われた『Bye Bye C-Boy』。この日のハイライトはそうした、ふだんのライブで披露されることの少ない作品が、あまりにも鮮やかに僕たちの中に風景を喚起して行くさまだった。そしてそれがどんな風景だったのか、そこに僕たちが何を見たのか、それは僕たち一人一人しか知ることのできない、決して代えの利かない個人的な物語なのだ。



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