logo 2013.2.23 2012-2013 Winter Tour 東京国際フォーラム


■2012-2013 Winter Tour
■2013年2月23日(土) 18:00開演
■東京国際フォーラム ホールA

昨年の12月から全国13箇所を回ったウィンター・ツアーの千秋楽は2011年から約2年ぶりとなる東京国際フォーラム・ホールAでのライブとなった。収容5千人を誇るホールは見る限りほぼ満員。40代前後のいかにもオールドファンという人たちが中心に見えたが、彼らに連れられた10代の中学生、高校生の姿もいつになく目についた。18歳以下を実質無料招待するプログラムの影響は確実に見て取れた。

この日のライブを見てまず思ったのは、コヨーテ・バンドの演奏がこれまでのツアー、いや、このツアーのこれまでのライブに比べても驚くほどしっかり、自信に満ちたものであったことだ。

この大ホールで空間に負けない強い音を鳴らすためには、ひとりひとりのプレーヤーが確信を持って弦を弾き、鍵盤をたたき、スティックを振り下ろさなければならない。そしてまた、それらが互いに拮抗し、補い合いながら、ひとつのバンドの音として同期し、共振していなければならない。そこにいささかでも躊躇や迷いがあれば、音は自信なげに弱々しくなって分解し、それを無理矢理電気的に増幅することで見る影もなく濁ってしまう。

そうした個々のプレイヤビリティと全体のアンサンブルの両面において、この日のコヨーテ・バンドは不安のない、明晰なパフォーマンスを見せた。2回のレコーディングとライブハウス・サーキット、ホール・ツアーを経て、このバンドの音は試され、育まれて、佐野元春の音楽を支えることへの自信と確信を身につけたのだと思う。

特にギター・オリエンテッドのラウドでハードな音の作りは、この不確かな時代にまとわりついた言い訳や留保、責任回避といった、直接性をスポイルするモメントをすべて無効にするだけの力があった。ロックを聴いているというしっかりとした手触りを僕は感じることができた。

実はこの日、僕は高校生の長男を連れてくるつもりだった。彼がふだん聴いているのは所謂Jポップだが、僕が聴く佐野元春の音楽を小さい頃から自然に横で聴いていたのでたいていの曲は分かる。そうであれば一度ライブを見せてみたいと思ったのだが、残念ながら友達の家に泊まりに行くことになったらしく同伴はキャンセルになってしまった。高校生にもなるといろいろと忙しいのだ。

だが、この日のライブを見て、僕は本当に彼に見せてやりたかったと改めて思った。オレはまさにお前と同じくらいの年のときにこの音楽に出会ったのだということを伝えたかった。この音楽が彼にどう響くのかは知らない。それは彼の問題だ。だが、僕は親として伝えたかった。オレはこの音楽とともに大人になり、この音楽とともに年を経てきたのだと。オレはこういう音楽をカッコいいと感じるのだと。

この日のライブはそれに値するものだった。昔から佐野を知る者だけの親密な共通の思い出に寄りかかった予定調和は、もちろんまったくなかったとは言わないものの、それが強く懸念された時期のライブよりは大きく後退していた。それに代わってそこにあったのは、これがオレたちの表現だ、どうだい、とでもいうように、誇らしげで自信に満ちた、しかし同時に丁寧で繊細な、開かれたパフォーマンスであり清々しいプレゼンテーションだった。

もちろん佐野がファンと交わした約束は大事なものだ。そしてその約束がまだ有効であることを確認しようとライブに足を運ぶ古い友達を、佐野は何よりも大切にしてきた。そのことを僕たちはよく知っている。しかし、そこに形成される親密な空気は、時として自己充足的で排他的な、批評性のない空間として閉塞しがちだった。ライブは古い約束をなぞり、勝手を知った者だけが我が物顔で盛り上がる、符牒に満ちた記号の祝祭に近づいて行った。

その中にいる限りそれは楽しいものだ。しかし、それは結局、ロック音楽の自殺行為に他ならない。なぜなら、そこにはおよそ表現というものが本来具えているべき、未知のものを切り拓いて行く力が欠けているからだ。

それが再び少しずつ開かれて行くのをこのツアーで僕は感じた。古い約束の有効期限を確認するのではなく、毎回古い約束を荒々しく破棄し、その代わりに新しい約束を交わすこと。それこそが僕たちがライブに足を運ぶ意味だということを佐野は改めて僕たちに突きつけて見せた。そのようにしてこそ表現は更新され、過去は未来へと書きかえられて行くのだということを。

だから僕はこのライブを僕の長男に見せてやりたかった。いや、佐野を知らないすべての人に、佐野を聴かなくなってしまった人に見て欲しかった。ここには暗黙の文脈に寄りかからない、音楽そのものの強さだけに立脚したロック表現がある。それは古いファンの胸を真新しいリズムでノックし、見知らぬ人たちに窓を大きく開け放つ。この風通しのいい音楽は、僕が長い間待ち望んでいたものだ。

そのキーになっていたのは新しいアルバム「Zooey」からの曲だった。そこにはオーソドックスなロックのフォーマットを踏襲しながらも、この2013年という奇妙な時代、そしてそこに生きている自分自身にコミットしようという新しい平明さがはっきりと息づいているように感じられた。ひとつひとつの曲についてはアルバムが出てから言及することにしたいが、この日のライブが、新しいアルバムが僕たち自身の窓を大きく開け放つ大らかな作品であることを強く予感させる素晴らしいものであったことは間違いない。



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