logo 2013.2.2 2012-2013 Winter Tour 市川市文化会館


■2012-2013 Winter Tour
■2013年2月2日(土) 18:00開演
■市川市文化会館 大ホール

ツアーも後半に入り佐野元春とコヨーテ・バンドは首都圏に帰ってきた。何を着て行こうか迷うような、妙に暖かい土曜日の夜。地下鉄に乗って東京を横切り、市川まで足を運んだ。

セットは12月に見た熊谷とほぼ変わらないが、新しくおろしたシャツが、2回か3回洗濯して何となく身体に馴染んでくるように、コヨーテ・バンドの演奏はよりしっかりこなれ、確信に満ちたビートをたたき出していたように思う。

3月にリリースがアナウンスされている新しいアルバム「ZOOEY」からも何曲かが披露されたが、この日のハイライトのひとつは、アルバムからのリード・トラックとしてライブの3日前にネットでリリースされたばかりの新曲『世界は慈悲を待っている』だっただろう。

小気味よいビートに乗せたこの曲で、佐野は「希望の荒地」について歌う。おそらくはエリオットに導かれアルバム「COYOTE」で示されたこの荒地という言葉は、しかし、その後、あの忘れ難い3.11を経て特別な意味をその身にまとわずにはいられなくなった。あの日から、僕たちは自分の内に荒地を抱えることになった。

今、佐野はそこに希望を灯そうとする。何かが解決した訳ではない。何かを成し遂げた訳でもない。僕たちはただ、昨日を今日に、今日を明日にやり繰りし、一日一日を更新しながら、少しずつ、少しずつ、目に見えないくらいのスピードでわずかに前に進んでいるだけだ。いや、そっちが本当に前なのかは分からないが、ただ、そっちが前だと信じて進んでいるのだ。

そんな僕たちの内なる荒地にどのようにして佐野は希望を灯すのか。「Grace」と佐野は言う。慈悲を、恩寵を、僕たちは、世界は待っている。そこには何らかの達成の見返りとしてではなく、ただ僕たちが僕たちとしてそこにいることだけに対して与えられた慈悲があらねばならない。降り注ぐ太陽の光のような、ただもったいなくあふれて行くだけの恩寵がそこにあるべきなのだ。

その窓を開け放てと佐野は言う。毎日の苛立ちの中で、言葉を飾った偽善者や、聖者を気取った預言者や、そして若くて未熟なアナーキストのために、彼らのためにこそ慈悲を、恩寵を佐野は求める。このごった煮のような場所で、何かが簡単に成就することよりは、そのような欲望に忠実な世界のために窓を開け、新しい場所へと歩き始めるのだと。

そのエンジンはコヨーテ・バンドのラウドな演奏だ。佐野はこれまでギター・ドリヴンな音楽を周到に避けてきた。だが、今、この2013年にあって、佐野は敢えて2本のギターで自らをドライブして行こうとする。僕はそこに佐野の決意を見る。

もはやこのバンドに躊躇はない。コヨーテ・バンドの特徴をひとことで言うならそれはオープンであることだ。何も拒まない。何にもすがらない。今ここにあるものででき得る最もよい音楽を、確かに手に取れるひとつのものとしてそこに焼きつけようとしているのだ。

オープンであること。開け放たれた窓から吹き込む風の中で、何も解決してはいなくても、いや、解決していないからこそ、僕たちは新しい場所へと向かい始める。これはそういうツアーであり、そして次のアルバムはそういうアルバムになるはずだと僕は思う。



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