logo 2012.5.10 Smoke & Blue Billboard Live TOKYO


3カ月に亘って東京と大阪で行われたビルボードライブでのステージもついに最終回。今回は雪村いづみのゲスト出演が事前に発表されていた。

雪村の出番はステージも中盤を過ぎた頃。まずはナット・キング・コールのカバーで『L-O-V-E』を。そして発売されたばかりの佐野とのデュエット曲『トーキョー・シック』、さらには佐野のリクエストに応える形でジョージア・ギブスの『恋人になって』。本編で3曲を披露し、アンコールではさらに『ケ・セラ・セラ』を歌った。

驚くべきなのは雪村の達者なボーカルだ。75歳とは思えない伸びやかでパンチのある声。プロフェッショナルとはこういうことかと納得させるしゃんと伸びた背筋。チャーミングでユーモアのあるステージング。まあ、ふだん自分では求めて見ることのない種類のエンターテインメントを目にすることができた気がした。

そして、何といっても佐野とのデュエットである新曲『トーキョー・シック』。残念ながらスタジオ音源のようなビッグ・バンド・ジャズの奥行きまではライブでは楽しめないが、3月、4月に佐野が単独で歌ったときに比べれば、雪村のボーカルと山本拓夫のサックスを加えたこの日の演奏は、この曲の「意味」、説得力のようなものをよりはっきりと示していたと言っていい。

この曲は、ジャズや初期のロックンロールを日本の風俗に導入したという意味では先駆的な存在である雪村の、ある意味、今の「Jポップ」よりも遙かに本格的でバタ臭いポップス感覚を前提にしてこそ成り立つものである。そしてまたそれが、佐野自身の音楽的なルーツのひとつに連なってもいるからこそ、このデュエットが意味を持ち得る訳だ。

もっとも、デュエットを聴けば、雪村の存在感が大きすぎ、そこに雪村と佐野の絡み合いとか相互補完を見出すのは難しい。雪村と佐野のボーカルは最初から最後まで平行線を描きながらそれぞれ独立して自分の道を進むばかりで、そこには有機的な掛け合いやコール&レスポンスのようなものは残念ながら見られない。

また、雪村の張りのあるボーカルが素晴らしすぎて本来拮抗するべき二人のバランスが崩れているのも気になる。端的に言えば雪村のエンターテナーとしての力量に佐野が負けており、「佐野が雪村の後ろでボソボソ歌っている」以上のコンビネーションになっていないということ。デュエットというより「雪村いづみ featuring 佐野元春」くらいのクレジットの方が正確だろう。

それは、今、なぜ佐野が雪村とコラボレートするのかという疑問にもつながる。別に佐野の活動のすべてに「意味」とか「必然性」とかが必要である訳でもないだろうが、30周年を経て新たに始動する時期に、リスナーの多くには馴染みもない雪村とのデュエットが出てくることに唐突感は否めない。「僕の父と母が若かりし頃に新橋のダンスホールで…」的な説明も取ってつけたような後づけに思えてしまう。

雪村の側から楽曲提供の依頼があり、それに佐野が乗ったということならそれはそれでいいし、プレミアムな「課外活動」として単純に楽しむことはもちろんできる(おそらくそれが正しい聴き方なんだろう)が、「僕たちがずっと待っている佐野のオリジナル音源はこういうんじゃないんだけど…」という「外された」感は多くのリスナーが共有しているのではないだろうか。

ライブ自体の内容は、雪村をゲストに迎えたことによる最低限の変更はあったものの、3月、4月のライブのセットリストをほぼ踏襲したもの。少人数の編成であるが、チェロを加えた表情豊かな演奏、意外性のある選曲、佐野の丁寧で誠意の見られるパフォーマンスは、ビルボードライブという会場の特性も相まって、リラックスできる落ち着いた時間と空間を作り出していたと言っていい。

前回のライブで指摘したビルボードライブという会場やその運営そのものに内在する居心地の悪さを別とすれば、こうした付加価値のある目先の異なるライブ自体はあっていい。『二人のバースデイ』『メッセージ』『ハッピーエンド』『ウィークリー・ニュース』など、これまでのライブでなかなか耳にすることのできなかった曲を、アイデアのあるアレンジで聴けたのは嬉しかったし、『SOMEDAY』を初めとする「定番」の曲を敢えてオミットしたステージングも清々しかった。

だが、佐野自身もまた、そうした留保のない手つかずの表現の荒野に次の一歩を踏み出す時期に来ているはずだと僕は思う。今回のライブは、そのための「ご挨拶」として楽しんでおけばいいのだと考えておきたいし、そういった観点からは十分楽しめる良質なステージであった。



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