2012.4.16 Smoke & Blue Billboard Live TOKYO このビルボードライブという空間が僕は苦手だ。いや、小ぎれいで店員の応対も丁寧、音響もおそらく悪くはなく、着席して落ち着いた雰囲気のライブを楽しめるという意味ではユニークなライブ会場だというのは分かる。そのホスピタリティにケチをつけるつもりはない。 しかし、ただ佐野のライブを見たい一心で六本木まで足を運ぶ多くのファンにとって、この会場で音楽にくっついてくる諸々のサービスは果たして本質的なものだろうか。カップルで見ることのできるボックス・シートやライブ中もサーブされる飲食のメニュー、そしてバカ高い入場料金。少なくとも未成年がおいそれと工面できる金額ではない。いや、家のローンや子供の学費に追われる中年のサラリーマンにとってさえも。 ここで聴く音楽には、音楽以外のいかにもバブル的なフェイクがいっぱいぶら下がっている気がして素直にライブを楽しめない。もちろんポップ・ミュージックは商業音楽、大衆音楽なので、そこに商業的なモメントが潜在すること自体を批判する気はないが、ここには音楽に便乗して音楽とは関係のない余分なカネを使わせるための仕掛けが避けようもなく組み込まれていて不快なのだ。 それはまるである種の抱き合わせ販売を思わせる。佐野のライブが見たければ最低でも7,000円は下らないチケットを買うしかない。立ち見でいい、飲み物も食べ物も要らないからライブだけを心ゆくまで堪能させてくれという儚い望みがかなえられることはここではない。ライブ・レストランと銘打つとおり、ここではライブは「素敵な夜」を演出するアイテムのひとつに過ぎないのではないかと疑わせてしまう。 「音楽に抱かれて夜を過ごす。美味しい料理とお酒を心ゆくまで愉しむ。そんな上質な都会の夜を演出するクラブ&レストラン、それが『ビルボードライブ』。100年以上の歴史を持ち、世界で最も信頼される音楽ブランドである『ビルボード』の名のもと、世界の、そして日本のトップクラスのアーティストが出演。そのパフォーマンスを堪能する至福の時間のために、一流シェフによる料理と選りすぐりのドリンク、快適なインテリアをご用意して、皆様をお待ちしております」(ビルボードライブのウェブ・サイトより) 大人になって経済的にも少しばかり余裕のできたファンの財布を当てこみ、ナマの音楽を色とりどりの意匠で何重にもくるんでリパッケージし、さも新しい付加価値がついたかのように高い値段で売りつけようとするディナーショー商法は、特にロックという本来リアルで直接的なものであるはずの音楽には最も似つかわしくないものだ。「大人のロック」的なアプローチは、ロック音楽、ロック表現の本質を僕たちから遠ざけ、商業主義という曖昧模糊としたモヤの向こうに隠してしまう。 それが腹立たしいのは、今回の佐野のライブが素晴らしいものだったからこそだ。 佐野の音楽が既に革新性を失い、生気もなく懐旧を誘うだけのただの「思い出」のようなものであれば、そのように殊更にリパッケージしてパッケージの付加価値だけで売るしか方法はないのかもしれない。しかし、この夜の佐野のパフォーマンスの清新さはどうだ。ものによっては30年以上も前に作った曲をひとつひとつ取り上げ、ほこりを払ってはコンテンポラリーなフォーク表現をモチーフに洗い直してこのせわしない21世紀に接地させようとする佐野のアーティストとしての誠実さはどうだ。そのような率直で野心的な試みだからこそ、音楽以外の余計な付属物などない、音楽そのものとできるだけストレートに向かい合える環境で聴きたかったのだ。 この日のライブでは、かつて英語で歌われた歌詞の一部が日本語に変えられていた。例えば『マンハッタンブリッヂにたたずんで』。オリジナルで「Love is here」と歌われていたラインが「ここに、ここに、愛はここに」と日本語で歌われたときに僕たちの胸の中で弾けた直接的な喚起力は間違いなく21世紀の現在と連動していたはずだ。 あるいは『メッセージ』。「How you're gonna read this message in your eyes」というオリジナルが「本当の君のメッセージ聞かせて」と歌われたことによって、この曲の名宛人が実は自分自身に他ならなかったのだという事実に気づく瞬間の新鮮な驚き。ほとんど忘れかけていたこの曲を僕たちはこのライブで再発見した。 キャリアを洗い直したかのような選曲、最小限のバンド編成で奏でられる、シンプルだがたおやかで表情豊かな演奏、そしてそれを最大限生かした編曲。新たに導入されたチェロが演奏の奥行きを広げる一方で、KYONのキーボードが音の隙間を過不足なくケアして行く。佐野のギタープレイもあって、全体として佐橋の不在を感じさせないシュアな演奏だったと思う。 セットリストは3月のライブと同じ。同じ会場で(おそらくはほとんど同じ客を相手に)毎月やるライブなのだから少しは変化をつけて欲しかったところだが、その分演奏はこなれ、素直に楽しむことができた。 それだからこそ、この会場の慇懃無礼な「インチキ臭さ」みたいなものが最後まで鼻についた訳だ。帰りにレジに並ばされるのもげっそり。5月にもライブはあって、それにももちろん行くつもりだが、この会場に対する違和感だけは去りそうにない。 2012 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |