logo 2010.12.14 ソウル・ボーイへの伝言 横浜BLITZ


僕は今、45歳だ。15歳の時に佐野元春の音楽と出会い、十代の頃、就職した二十代の頃、ドイツにいた三十代の頃、そして日本に帰り仕事でもそれなりの責任を負うようになった四十代の今と、それぞれの時に佐野元春の音楽と寄り添ってきた。ひとつひとつの曲にそれぞれ思いがあり、その曲を熱心に聞いていたときの風景が焼きついている。

だが、もちろん、十代の僕、二十代の僕、三十代の僕、そして現在の僕は、それぞれ別の人間としてバラバラに存在している訳ではない。今の僕はそのような年月を通り過ぎて多少なりとも成長してきた(と思いたい)自分自身の連続性の最先端、ザ・ニューエスト・モデルとしてここにあるのであり、すべての経験は「今、ここ」につながっているのだ。

考えてみれば当たり前のことなのだが、この日の横浜でのライブはそんな「つながり」を強く感じさせるものだった。ライブ前に上映されたドラマの予告編で映し出される「Beat Goes On」の文字。1983年に佐野がニューヨークに渡ったときから、いや、それ以前から、ビートは続いてきた。急いだり、休んだりしながら、盛り上がったり、静かになったりしながら、佐野の音楽は続いてきた。僕たちはそれをずっと追いかけてきた。

そのようなひとつながりの時間がたどり着いた瞬間として「今」があるのだとすれば、佐野の音楽はそれを肯定しているはずだ。どんな経験があり、どんな悲しみや痛みがあったとしても、その結果として僕が(君が)今ここにいることだけは少なくとも肯定しよう、なぜならそれこそが「生き延びる」ということだからだ、と。

それは「音楽は簡単に時間を超えてしまう」と言った佐野のMCにも表れている。この日、20年前、30年前に作られた曲が、コヨーテ・バンドの思いきりのいい演奏によって2010年の音楽空間の中に新しい居場所を確保して行くさまを僕たちは目の当たりにした。深沼の踏み込んだラウドなギターや、高桑の高音で歌うベースは、佐野の音楽を表現として更新して見せた。そして佐野自身も高いテンションでそれに応え、自らの音楽の最前線に立ち続ける意志を明確にしたと思う。

『SOMEDAY』の間奏での佐野のブルースハープはそのことを最も象徴的に感じさせた。ある程度フォーマットの決まってしまったこの曲で、間奏のサキソフォンがないのは本来見逃せない問題だ。しかし、それを自らブルースハープで演奏することで、佐野はこの曲の原点、原型とでもいったものを僕たちに示してくれた。それは、佐野のルーツが成長、成熟というプロセスを経て、今、ここにつながっているということの雄弁な確証だった。

セット・リストは若干の曲順の入れ替えを除けば渋谷、高崎と同じだったが、千秋楽のプレミアムということか、最後に『ぼくは大人になった』を再度演奏してツアーは終了した。繰り返しになるが、コヨーテ・バンドの余分な情緒や躊躇を排した演奏、中でもこの日は特に深沼のギターが素晴らしかった。

ビートは続いて行く。僕たちの日常も続いて行く。いつかまた佐野のライブで最新型佐野を、そして最新型の自分自身を確かめるために。



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