logo 2010.10.23 ソウル・ボーイへの伝言 Shibuya O-EAST


「30周年アニバーサリー・ツアー Part2」としてコヨーテ・バンドと全国のクラブを回るツアーの初日となった東京公演。渋谷・円山町のラブホテル街の真ん中にあるO-EASTは立錐の余地もない満員の入りになった。

ライブ前には堤幸彦監督のドラマ「コヨーテ、海へ」の一部が上映されるサービスも。このドラマには何の期待もしていなかったが、主人公がニューヨークの教会で佐野の詩を朗読するシーンはいい緊張感があってちょっと興味を持った。詩がいいのだと言ってしまえばそれまでだが。

ライブはアルバム「Coyote」からの曲を6曲演奏した後、年末か来年初にリリースが予定されているというセルフ・カバー・アルバムから、『恋はあせらず』調のモータウン・ビートにアレンジされた『ジュジュ』、ハネたリズムのアーバン・ソウルに生まれ変わった『月と専制君主』、そして3連のロッカバラードで演奏される『レインガール』の3曲が披露された。

ここからは代表曲中心の演奏。『ぼくは大人になった』『約束の橋』『Young Bloods』『ダウンタウン・ボーイ』と続き、最後は『アンジェリーナ』で本編を終了。14曲、1時間15分程度のあっさりしたステージになった。

その後、1回目のアンコールでは佐野と深沼の二人が椅子に腰掛けてアコースティック・セットで『ヤァ!ソウルボーイ』と『ヤング・フォーエバー』の2曲を披露。2回目のアンコールでは『Christmas Time In Blue』と『SOMEDAY』を演奏して1時間45分のステージは幕を閉じた。

以上が大まかなライブの流れだった訳だが、演奏や選曲の善し悪しについてはあまり多くを語るつもりはない。初日ということもあってか若干のバタバタ感はあったものの、コヨーテ・バンドらしい清新で歯切れのいい演奏を聴かせてくれたと思うし、直近の曲、セルフ・カバーから先行しての披露、代表曲、アコースティック・セットとバランスよく聴かせた選曲も最大公約数的なものだっただろう。声の問題は相変わらずだが、中域は思った以上によく出ていたと思う。

僕にとってこの日最も印象に残ったのは『ダウンタウン・ボーイ』だった。オリジナル・シングル・バージョンを下敷きにしながらも、ラウドかつ速い演奏で細かいニュアンスよりは情動を前面に出したこの日の『ダウンタウン・ボーイ』は、荒々しくリスナーの扉をこじ開けたのかもしれない。

『ダウンタウン・ボーイ』はもともと男性ファンの人気が高い曲である。僕も佐野の曲の中で「最も好きな曲」と問われれば長い間この曲を挙げてきたし、今でもたぶん挙げると思う。既に何度か書いてきたことだが、この曲はバッド・ボーイを気取っていた思春期の少年たちのティーンエイジ・アンセムだった。システムに回収されることに怯えながら、つかの間のモラトリアムの中で真実を探す街の子供たちがポケットの中に忍ばせたジャック・ナイフだった。この曲の主人公は他でもない、僕自身だった。

そして、それ故にこの曲は、僕の成長とともに少しずつモニュメント的な作品に変化してきた。この曲が僕の生に対して突きつけていた切実さ、先鋭さは次第に薄れ、僕はいつの間にかシステムの側で生きる人間になりながら、気取りや強がりよりは、どのようにして世界を、そして自分を肯定するかについてのテキストを探すようになっていた。そう、僕は大人になったのだ。

だけどこの日、コヨーテ・バンドによって演奏されたこの曲を聴きながら、僕は自分が今日、何のためにここまで足を運んだかを考えていた。もちろんそれは佐野元春のライブを見るためだ。だが、同時にそれは、佐野を信じ、佐野を追いかけ、佐野との約束を守るために長い長いドライブを続けてきた自分自身の現在を確認するためだったのではないだろうか。

そこにあるのは佐野の30周年であるよりは、僕の物語だった。佐野の音楽、佐野のロックンロールを通じて生きられた僕の生だった。僕は僕が通り過ぎた30年を見つけ、そこに立っている僕自身と出会うためにここにいるのだと感じずにはいられなかった。祝福されるべきは佐野の30周年である以上に、そこに投影された僕の生だった。

僕は今でも「すべてをスタートラインに戻してギアを入れ直している」のであり、「たったひとつだけ残された最後のチャンスに賭けている」のだ。一歩足を踏み外せば底のない奈落に落ち込んでしまいかねないような危なっかしい世界で、僕はいつでもそのようにして毎日を更新してきたのではなかったか。そのイメージが僕を支え、僕を生かしてきたのではなかったか。

深刻な実存の危機にありながら、「大丈夫」と笑ってみせるような崖っぷちのオプティミズム。佐野元春が僕たちに差し出したのはそうしたものだったし、それはむしろ、笑うしかないくらい複雑にこんがらがった世界で満員電車に毎日揺られながら、納期を守れなかったクライアントへの言い訳と今月のカードの支払と魂の救済について等しく頭を悩ませる今の僕たちにこそ必要なものだ。

『ダウンタウン・ボーイ』は再び僕をヒットした。そこにあるのはもはや甘ったれた逆境のヒロイズムなどではなく、この「どうしようもない世界」で生き延びるためのシリアスな希求だ。「これは君についてのストーリーなんだ」とかつて佐野は歌った。その意味が、今日ようやく胸に落ちてきた。



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