logo 2008.03.29 TOUR 2008 'SWEET SOUL, BLUE BEAT'


最近、佐野のライブを見るたび考えてしまうことがある。それは、このライブはいったいだれに向けられたものなのだろうということだ。

調べた訳ではないが、会場で目にする周囲の様子から考えれば、今、佐野のライブに足を運ぶオーディエンスのおそらく9割以上は、かつてティーンエイジャーの頃に佐野の音楽を聴き、それから今まで濃淡はあれ佐野を支持し続けてきた所謂オールド・ファンなのではないかと思う。少なくとも、この日のライブが初めての佐野のライブであるとか、これまで佐野の音楽を聴いたことがないとかいうオーディエンスは、オールド・ファンである親に連れられてきた子供たちを除けばほとんどいなかったのではないか。

今日のライブはツアー最終日ということもあって、そのようなオーディエンスに暖かく迎えられ、佐野も最後まで高いテンションで3時間を超えるステージを歌いきった。アーティストの側にも、オーディエンスの側にも、このライブを積極的に楽しもう、思い出深いライブにしようという前向きな意志があり、それがHKBの手堅い演奏や佐野自身の力のこもったパフォーマンスを媒介として、幸福に結実したと言っていいだろう。もちろん僕も、凝った導入からの『グッドタイムス&バッドタイムス』に始まり、久しぶりに聴いたアンコールの『NIGHT LIFE』まで、佐野のライブを十分に堪能したことは間違いない。

しかし、最新アルバムからは3曲のみ、アルバム「THE SUN」や「THE BARN」からの曲はあったものの、90年代がすっぽり抜け落ちあとは80年代の曲ばかりといういびつな選曲も含め、結局のところこのライブがだれのためのものなのか、何のためのものなのかという僕のいつもの疑問に対しては、今日も答えを見つけることはできなかった。

言うまでもないことだが佐野はロック表現の前線に立ち続けてきたアーティストである。日本のロックを牽引し、後進のアーティストはもちろん、さまざまなクリエイティブな分野でも、いや、市井のひとりのサラリーマンの人生にも有形無形の影響を与え続けてきたアーティストである。佐野の表現は常にロック表現の限界を更新し、拡張してきた。最新型の佐野こそが常に最もスリリングで最もクリエイティブであった。少なくとも僕にとって佐野元春はロック表現の前衛であり、過去の作品を陳腐化させないためには逆に過去の作品を常に超克しその先へ行くしかないということを体現し続けてきたアーティストである。

そして、それを実証するかのように、21世紀に入ってリリースされたアルバム「THE SUN」、「Coyote」はいずれも素晴らしい作品だった。それは、佐野が過去の作品との連続性の上に立ち、その最前線として発表された作品が素晴らしいものであったということが、佐野の過去の作品の価値を逆に実証し、また高めているということでもあった。

だが、そのようなレコーディング・アーティストとしての佐野のあり方と、今日のライブはどうリンクするのか。アルバム「THE SUN」からの曲を演奏し終えた佐野は、自ら「ここから一気に80年代に戻る」とコメントして『Wild Hearts』『Rock & Roll Night』『約束の橋』『SOMEDAY』『アンジェリーナ』を披露した。アンコールもすべて80年代、それも渡米までのごく初期の作品ばかりだった。そこには、ロック表現の最前線に立ち、最新型の自分自身でオーディエンスと勝負し続ける表現者佐野の姿は見出し難かった。

もちろんこうしたセット・リストであればオールド・ファンは喜ぶだろう。最新型の佐野元春より、懐かしいあの曲を一緒に歌うことの方に興味のあるファンもたくさんいることだろうから。僕はそのことを非難するのではない。音楽の聴き方なんて人それぞれだし、自分でカネを出してライブに来るのだから好きなように楽しめばよい。そして、佐野の活動がコアなオールド・ファンに支えられている以上、そのニーズに合ったライブの構成になるのは仕方のない面もあるに違いない。

だが、僕のようなファンにすれば、今回のツアーの構成はあまりに予定調和であり、表現者として負うべきリスクを回避したものに映った。少なくともこのツアーは新しいアルバムを世に問うものになるべきだった。それがファンに受け入れられるか、佐野のこれまでのレパートリーと連続性を保った上で新しい表現の領域を切り拓くことができるのか、そしてそれが商業音楽として成立し得るのか、佐野はリスクを負ってそれをオーディエンスに問いかけるべきであった。

だが、残念なことに今回のツアーではそのような緊張感は希薄だったと言わざるを得ない。いわんや、佐野の音楽を聴いたことのない潜在的なリスナーを無理矢理ライブに引っ張りこむような強い誘因は正直言って皆無だった。そこには、あらかじめ佐野と一定の約束を交わし、それが忠実に果たされることを期待してやってくるオーディエンスに向けた手堅いステートメントがあるだけだった。

もっと不親切でよい。もっと不機嫌でもよい。そしてもっと挑戦的であってよい。いや、そうであるべきだ。成功か失敗か、ギリギリのリスクとテンションを孕んだ佐野のライブを僕は見たい。逆説的な言い方をすれば、佐野はそのようにして、約束を裏切ることでこそ約束を果たしてきたアーティストなのだ。そして、おそらく、多くのファンはそのような佐野を必ず支持するはずだと僕は思うのだ。



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