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或る秋の日
佐野元春

DaisyMusic
POCE-9396 [CD] (2019.10.9)
POJE-9011 [LP] (2019.12.18)

DMA-035 [CD] (2022.12.21)

PRODUCER:
佐野元春
CO-PRODUCER:
大井洋輔
RECORDING ENGINEER:
渡辺省二郎
MIXING ENGINEER:
渡辺省二郎
MASTERING ENGINEER:
Ted Jensen

作詞・作曲・編曲:
佐野元春
私の人生 What is Life
君がいなくちゃ Nothing Without You
最後の手紙 The Last Letter
いつもの空 I Think I'm Aright
或る秋の日(Alternate Mix) A Long Time
新しい君へ The Gift
永遠の迷宮 Labyrinth
みんなの願いかなう日まで
 Our Christmas - Happy That We're Here



ネット配信で発表した『私の人生』『君がいなくちゃ』『或る秋の日』『みんなの願いかなう日まで』の4曲に、新曲4曲を加えて構成された8曲収録のショート・アルバム。収録された曲はアコースティックで内省的な手触りのフォーク調のナンバーが多く、バッキングはコヨーテ・バンドが務めているものの、アルバムのクレジットは佐野のソロ名義となっている。

既発表の4曲のうち、『みんなの願いかなう日まで』は2013年12月に配信リリースされたクリスマス・ソングで、6年を経てCD音源化されたもの。『君がいなくちゃ』も2015年3月に配信リリースされたシングル曲で、同年7月にリリースされたアルバム「Blood Moon」に収録されなかったもの。

『私の人生』と『或る秋の日』は2016年11月に配信リリースされた3曲入りEP「或る秋の日」からの収録。このEPからは『新しい雨』がアルバム「MANIJU」に収録されたが、この2曲は未CD化だったもの。『或る秋の日』は新しくリミックスされているようだ。

残りの4曲は新曲だが、クレジットを見るといずれも2014年3月から2015年1月までの1年足らずの間にレコーディングされたものであり、概ねアルバム「Blood Moon」のレコーディング・セッションのアウト・テイクと考えるべきものか。

とはいえ、これらの曲がアルバムに収録された曲と比べて仕上がり的に劣っている訳ではもちろんなく、曲のトーンやテーマがよりパーソナルなものであり、ビート・ロックをコアとする「Blood Moon」や「MANIJU」などのアルバムに合わなかったため、別の発表の機会を待つため温存していたというのが実情だろう。

実際、2015年ごろのライブでは、コヨーテ・バンドとのアルバムの他に「ソロ・アルバム」を準備中であることがMCで語られており、あれからやや時間はかかったものの、録りためられた音源の中から、ビート志向のバンド・アルバムにフィットしづらいアコースティックなナンバーをまとめ、翌年の40周年を控えてリリースしたものと考えていいように思う。

バンド・アルバムが佐野の公的な声明のようなものだとすれば、このアルバムは私的なつぶやきか。そこに歌われるのは、若い時期の燃え上がるような激情であるよりは、時を経て巡り来る静かだが運命的な出会いと別れのことであり、生の有限性を知るからこそ切実で濃密な時間のこと、息苦しいまでに惹かれ合い、求め合う魂のことだ。

それは人生の機微を知った大人の慕情のようでありながら、いや、だからこそ驚くほど無垢で代償を求めない心の動きだ。ここに収められた曲の視線や手ざわりは、例えば『バッド・ガール』『さよならベイブ』『彼女』といった初期のラブ・ソングと通底しており、そのことは新鮮な発見であると同時に、あらかじめそこにあった真理でもあるのだろう。

長く一緒に暮らしたパートナーとの別れを示唆する『最後の手紙』や『いつもの空』、人生の後半になってからの出会いと別れを歌った『或る秋の日』や『永遠の迷宮』など、架空の物語としてはいささか生々しい楽曲がこの時期に集中的に書かれているのは、佐野の中にこうした「ドラマ」を生起させる何かがあったということか。「或る秋の日」というアルバム・タイトルは、単に季節としての秋ではなく、人生の中で折り返しを過ぎた佐野やそのリスナーの多くの「今」を問うもののように思われる。

その意味でこのアルバムは決して聴き心地のいいアコースティック・アルバム、フォーク・アルバムではなく(そうした側面があること自体は否定しないが)、僕たち自身の心の隙間を際立たせ、そこに入りこんでくるものの意味を問うシリアスな作品であり、そこには僕たちが薄々その存在を知りながら気づかないふりをして毎日をやり過ごしているもの――「死」――の濃密な気配がある。

「今までの隙間を全て埋めたい/そっと時を遡って」(『永遠の迷宮』)というラインは、決して戻ることのできない時間の流れ、生きることのできなかった別の生への果てしない憧憬と悔恨のことを歌っている。そうした不可逆で有限な生への眼差しを最も深い場所にたたえながら、だからこそ「今をよく生きる」ことへの希求を歌わない訳に行かない、そういうアルバムとして聴かれるべき作品だ。



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