logo 2005.10.09 THE LAZY DOG LIVE '05


僕には長い間胸に引っかかっていた曲があった。「麗しのドンナ・アンナ」。それもアルバム「SOMEDAY」に入っているオリジナルではなく、かつて「VISITORS TOUR」でフォーク・ロック調にアレンジして歌われたその曲を、(そう、実に20年もの間)僕はずっとことあるごとに僕の頭の中だけで繰り返し再生してきたのだ。ビデオ「VISITORS TOUR '84-'85」でほんの断片が聴けるだけのその歌は、僕にとって幻のフェイバリット・ナンバーであった。

この日、オープニングで聞き覚えのないアコースティックなイントロに続いて佐野が「雨に濡れたフロント・グラス」と歌い始めた瞬間、僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。何か起こるはずのないことが起こっているような、そんな気さえした。この曲の、このアレンジは、佐野の中でまだ生きていたのだ。あのツアーの時の鬼気迫る形相ではなく、自分のリビング・ルームにいるようなリラックスした表情で佐野はその曲を歌った。僕は何が起こったかまだよく分からないままそこに立ち尽くしていた。

「僕のリビング・ルームへようこそ」。ふだんライブであまり演奏されることのない曲をアコースティックなアレンジで披露する。「バルセロナの夜」「こんな素敵な日には」「Do What You Like」「すべてうまくはいかなくても」。最近のライブではほとんど演奏されることのなかった懐かしい曲が次々に歌われる。アルバム「THE SUN」からのナンバーも「恋しい我が家」「レイナ」といった、ツアーでは演奏されなかったナンバーが中心で、このライブがファン・オリエンテッドなプレミアム・ショーであることを示していた。

カバー・ナンバーも披露された。佐野が公式なライブでカバーを演奏することは非常に珍しい。この日がジョン・レノンの誕生日だということで演奏されたのはビートルズの「Come Together」。リードギターを一部サックスで代用したのはいただけなかったが、佐野がビートルズ、中でもジョン・レノンの影響を強く受けていることをあらためて感じさせる演奏だった。ライブの中でこうしたルーツを示すカバーはもっとあっていい。佐野ファンの中でこの曲を知らない人は少数派かもしれないが、このようにしてロック音楽の種子は遠くまで広がって行くのだと思う。

こうした構成の当然の帰結として、この日のライブはアット・ホームで親密な雰囲気に包まれていた。だれもが、自分が最初に聞き、心を奪われた佐野と、今の佐野との架け橋をそこに見ていたと思う。そしてそれはとりもなおさず、最初に佐野を聴き始めた頃の自分と、今の自分との架け橋を探していたということに他ならない。いつの間にか過ぎ去った20年近い(あるいは20年以上の)時間。この日のライブはその長い長い道のりを確認し、自分が今、確かのその連続性の最先端に立っていることを確認するための幸福な瞬間だったのだと思う。

そのことを僕は否定しない。その雰囲気の中で、僕もまた、「麗しのドンナ・アンナ」をライブで聴いた大学生の頃から今までの間に失ったものと得たもののことを考えていたのだし、これから失うものと得るもののことを考えていたのだから。すべてのライブがイノベイティブでなければならないという決まりはどこにもないのだし、ここには耳をそばだてて聴くべき優れた歌と優れた演奏があったのだから。そして何より、僕たちの日常にもまた何らかの癒しや慰撫がなければならないのだから。この日はそのためのライブだったのだ。

僕が願うのは、この日のライブが、佐野の歌がこれからも世界に向かって開かれて行くための準備として機能することだ。12月にはプレイグスの深沼やグレート3の高桑らとレコーディングした新曲のリリースや、初期8アルバムのリマスター再発がアナウンスされている。佐野が今やるべきことは、自らの表現を更新し続け、それを潜在的ファンに訴えかけ続けることのはずである。来年に予定されているツアーが、佐野の新たなロック・スピリットをたたきつけるものになることを祈りたい。



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