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SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 元気にしているかい?

今回の京都のライブを僕は本当に楽しみにしていた。理由は簡単。現在判明している中で最も座席がステージに近かったんだ。全員の一挙手一投足がよく見える位置で、この時期にライブを観ることができた僕は実にラッキーだよ。
Silverboy、君には本当に感謝しなくちゃいけないと思う。

関西のライブには関東と違う熱気がある、というのはどこのバンドでもよく言われていることだ。だが同じ関西でも、大阪と京都は少し違うらしい。京都はその土地柄をやはり反映するのか、少しおとなしめなのだそうだ。今回の京都会館のライブも熱気溢れるというよりむしろ和やかというか、和気あいあいとした客席のサポートに支えられて、HKBが気持ちよく現在の等身大の自分を出し切った、そんなステージであったように僕には感じられた。そしてその様子を最も端的に示した曲がひとつあったんだ。

その曲は今回のツアーに際し、大幅にアレンジの加筆が行われている。間奏にもエンディングにも新しい見せ場がこれでもかというほどにちりばめられていて、その結果、全員が手を抜くことなく持てる力を全て使わないとバッチリ決まったとは絶対にいえない、演奏曲中随一ともいえる難易度の高い曲になっているんだ。実際に今まで僕はその曲を5回観ているけれども「やった!!」とモロ手を挙げて賞賛できるほどの出来にはまだ1度も出会っていない。だが今回の京都ライブで初めて、その曲のラストで僕は「やった!!」と叫ぶことができたんだよ。

「まだ新年が明けて間もないですけれど、この中には風邪をひいてしまったとか、熱があるとか、そんな人いない?」
これは今回のツアーで佐野がその曲の導入に使うMCだ。会場によって若干の言葉の違いはあるが、話の切り出し方としてはほぼこんな感じだと思っていい。この佐野の問いに対し、関東のオーディエンスは何となく会場中が微笑ましく笑っているのが察せられるだけで、佐野に明確な答えを返すということはしていなかった(もっとも佐野が「まさか風邪なんてひいてないよね」という問い方をした会場もあるので一概には言えないけれど)。しかし京都のオーディエンスは違ったんだ。佐野の問いに嬉々として「はーい!!」と手を挙げていた。これは関東には無かったノリだ。僕は嬉しかった。そして佐野も心なしか、嬉しそうにみえた。だからその次に佐野が「頭がおかしくなっちゃった人はいない?」と訊いてきた時には僕も思わず「はい!」と参加してしまったよ。"もしSilverboyがここにいたら、指差して僕を笑うかもしれないな"と少し苦笑しながらね。

そんな会場に向かって、佐野は両手を広げてこう言う。
「ここにひとり、いい医者がいるんだけど。」
場内が大きく沸きかえるのを確認して佐野はコールする。

「ドクター!!!!!」

佐野の左脇にさっとスポットが差し、シルバーベージュのスーツを着た井上がイントロを弾きながら大股に前へ進み出る。この"弾きながら出てくる"ってところ、いつ観ても井上らしいと思うよ。イントロで自分にスポットがあたることは判っているんだから、佐野がMCに入ったら前でスタンバッていればいいのにと僕は思うんだが、どうもそういう"自分が目立つための段取り"っていうのがこの男は苦手らしい。果たして本音なのかポーズなのか、単に何も考えていないのかは僕には計りかねるところだけどね。

楽になりたい時にはいつでもいい
楽になりたい時にはいつでもいい
Come to me
Come to me
俺は君のドクター

ある雑誌のインタビューでこの曲の話が出た時、佐野はインタビュアーに「佐野くんは今までドクターを必要としている立場だったよね?」と訊かれ「その通りだ」と答えていた。つまりこの曲は、今までの佐野元春とはある意味で逆のスタンスに立った曲であり、佐野としては新しいテーマに挑戦してるといえると思うんだ。だから今までと違う唄い方を持ってきたのもそういう意味からは当然で、僕はこの曲を従来通りのシャウトで通さずにハイトーンにしたことは「誰も気にしちゃいない」同様、大成功だったと思っている。

そして歌は続く。

いろいろなことがある
いろいろなことが何もない
君の抱えたブルースがひとつひとつ・・・

「き・え・て・ゆ・く・と・い・い・な!」

Silverboy、京都のオーディエンスは実に素敵だよ。ここの部分で会場中が大合唱になったのが僕にははっきりと聞こえた。このツアーで初めての経験だった。月並みな表現だけどすごく感動したよ。ステージのメンバーにもきっとこの声は聞こえていたんだと思う。

最初の間奏。佐野が心底楽しそうに「コロちゃーん!」とコールすると、佐橋がギターアンプの前からステージの前端まで、ギターをマシンガンのようにしながら一直線に走り出てきて生き生きとソロを弾きはじめる。後ろでは、4小節めの"タンタン"というキメに合わせてKYONが左腕を振り上げている。楽しく和やかにしながら、ステージも含めた会場中のテンションは、じりっじりっと右肩上がりにあがっていく。

痛みをとりたい時には どんな薬でも
ここにあるぜ!!!

足もとを指差しながら佐野がシャウト。会場中をワッと沸かせたかと思うと、その次には「俺は君のドクター」と低い声でフェイクしてまたもや歓声を浴びる。きょうの佐野は絶好調だ。そうして曲は2度目の間奏に突入していく。

佐野の「KYON!」というコールが待ちきれないかのように、後ろのピアノブースでKYONが全身で跳ねるようにソロを弾きはじめる。その姿を見ていると、もしもピアノが持ち運びできる大きさの楽器だったら、きっと佐橋に負けない勢いでステージの端っこまで駆け出してくるんだろうな、と少しばかり気の毒になる。もっとも彼の存在感は、後ろにいて跳ねているだけでも前にいるのと同じぐらいスゴイものなんだけどね。

そして、隣りでは西本が独特なノリノリの表情で−彼のノリノリはちょっと見ただけではノッてるんだか眠たいんだか判らないんだ−タンバリンをマイクに近づけて楽しそうに−多分楽しいんじゃないかな、と思うけど−叩いてる。この対照的な2人のキーボードプレイヤーは、この曲に限らずいつ観ても本当に興味深い。同じ曲に全く違う反応を示しながら、それでいてどの曲でも、協調したり時には張りあったりしながら絶妙なコントラストを描き出している。

Silverboy、佐野はよくぞこの2人を組ませようと考えたもんだと思わないか。
僕はつくづく感心してしまうよ。

2度めの間奏はこのツアーで大幅にエクステンドされている。KYONのソロの後には2小節ごとの小刻みな転調、ギターとオルガンのフィーチャーされたちょっとした間奏と盛り沢山すぎるほどの展開があり、最後に全体を締める役割はベ−スとドラムに任されることになる。そして再び井上がスポットライトを浴びることになるんだが、ここでも彼はやっぱりベースを"弾きながら出てくる"んだ。もしかするとこのあたりが、佐野ファンの夢見る女性たちに「いのうえさーん!!」と言わせる秘訣なのかもしれないな。僕らも見習うべきなんだろうか。

いろいろなことがある
いろいろなことが何もない

佐野の高い声が響く。僕はその時突如、目から鱗が落ちたような気になった。

ツアーの初日にこのアレンジを初めて聴いた時、あまりの豪華さに僕は"いろいろ詰め込み過ぎなんじゃないか"と少し懸念の情を抱いていた。特に、肝心かなめの部分でこれでもかというほどベースがフィーチャーされていることについて、ここまでする必要があるのかという思いを非常に強く持っていたんだ。

この曲はただでさえベースの曲だ。全体を脈々と流れるベースのグルーヴ無くしてこの曲は成立しないと言ってもいい。もとからベースに依存する部分がとても多い曲なのに、これ以上井上の負担箇所を増やすということは曲の出来に対してメンバー全員が大変なリスクを負うことになるのではないか、解りやすくいうと一歩間違えば"井上コケたらみなコケた"ということになりかねないんじゃないかと僕は思ったんだ。実際初日の段階では、井上はまだ与えられた負担箇所全てを完全には消化し切れていないような印象を僕は受けていたしね(僕がこの曲の井上のプレイに僭越ながら"これならいいかな"という思うことができたのは実のところ、ツアー4日めの府中が初めてだった)。

でもこの時僕は突然気づいたんだ。このライブアレンジが何故これほどまでに要所をベースに依存しているのか、アルバムアレンジを敢えて加筆してまでベースにことごとくキメを任せることにしたのか、その意味に。前にも述べている通り、佐野はこの曲の全編をファルセットに近いハイト−ンヴォーカルで通している。それがとりも直さずこの曲の感情表現では命ともいえるわけだが、キメにベースをもってくることで、曲の中で低音と高音が対比されて佐野のハイトーンはひときわくっきりと、曲のいちばん前に浮き出て聴こえるようになるんだ。このライブアレンジを理解する上で、これが解ったことは僕にとって非常に大きな収穫だったよ。

そして曲はエンディングに向けて加速する。

楽になりたい時にはいつでもいい
楽になりたい時にはいつでもいい
Come to me
Come to me
俺は君のドクター

「俺は君のドクター」と高い声でくり返す佐野の方を見ながら、佐橋が左右にステップを踏んでいる。世界中のシアワセを集めてきたかのような笑顔で、心底気持ちよさそうに揺れている。この佐橋の表情が、この時のメンバーの、いや場内総ての人の気持ちを象徴していたように思えて僕は忘れられないんだ。もしかしたら、センチメンタルだと笑われてしまうかもしれないけどね。

そしてエンディング、ダメ押しをするようにまたもやベースのキメが入り、アルバムと同じように「ジャッ、ジャッ、ジャッ」で演奏が止まり、客席から拍手が巻き起こる。
しかし、ステージ上のメンバーは演奏を止めた時のまま、微動だにしようとしない。観客がステージの異変に気づき始める。途切れていく拍手。
佐野が不意に右腕を振り上げ、上から下へと大きく振りおろす。すると、

「ジャッ」

次には佐野は両腕を振り上げ、右、左と順番に振りおろす。すると、

「ジャッ、ジャッ」

客席から大歓声があがる。すると佐野は大股に歩いてステージの右前端に向かい、観客と対峙したかと思うと指で"2"だの"3"だのと数字をつくって首をかしげてみせる。観客に"次は何回にしようか?"と訊いているんだ。キメの回数を客に決めさせるなんて、こんなことは関東ではやっていなかったぜ。いつの間にこんな演出を加えたんだ。

2回。3回。1回。5回。佐野はステージ前端を右から左へ大股に移動しながら、目前の観客と目で会話し、その場でバンドの音をキメてゆく。そして最後に。佐野がステージの左端までやってきた。佐野は同じように"何回にしようか?"と目で訊ねる。その時、僕ら左端にいたオーディエンスはどうしたと思う?両手を大きく「パー」の形に開いて佐野に向かって突き出したんだ。

佐野は両手をパーにしながら"えっ、これなの?"とおどけて驚いてみせた。
そして次の瞬間、

「ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ」

決まったんだ。見事に10回。かっこよかったよ。僕はこの瞬間だけにチケット代\6,300を払っても惜しくないとさえ思った。佐野と、バンドと、僕らオーディエンスと、その全員がひとつになってステージをつくった。それが骨身にしみて実感できた、そんな瞬間だったんだ。

そしてグルーヴの陰の功労者、小田原のロールを合図に今度こそ本当のエンディング。僕は「やったー!!」と叫んでいた。ついに、ついにこの曲で「やったー!!」と叫ぶことができたんだ。本当にこの日の「ドクター」は素晴らしかったよ。チケットを譲ってくれた君には、いくら感謝してもし切れない。月並みな言葉ですまないが、どうもありがとう。心底感謝してる。

ところで、「ドクター」とは全く関係ない話なんだが、佐野はこの日こんなことを言っていたんだ。
「みんな、これからの新しい合言葉は"クルクル、パンパン"だ。」
このことについても、そのうち話さなくちゃいけないな。

それじゃ。また今度。


親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。

京都遠征お疲れ様だった。いつものようにとても楽しく読ませてもらった。

前にも書いた通り、京都は僕の思い出の地であると同時に、今回のライブは本当は僕が出かけようと思っていたものだ。それが、僕の一時帰国の日程が少しずれてしまったために行けなくなってしまったのだった。僕には本当に残念なことだった。

だけどキミが書いてくれたレポートのおかげで、僕は本当にその場にいるような気分になることができた。「ドクター」のサビの大合唱、エンディングのキメ、どれもそのまま手に取れるくらい鮮明に、僕の頭に浮かんできたんだ。この曲は本当にライブ向きの曲だと思うし、キメの回数をオーディエンスに選ばせるなんて実に佐野元春らしいイタズラだ。それに10回を要求した京都のオーディエンスもステキだと思う。素晴らしいライブ・マジックだっただろうね。

同じようにこのライブに出かけた僕の兄弟からのメールには、ある元春クラシックから深い感銘を受けたとあった。音楽は鳴り続けている。ビートは続いて行く。キミの財布にまだあと半月分のお小遣いが残っていることを祈りつつ。

ではまた
Silverboy



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