logo #61のブルース It's Alright


バイト先の飲み会は夜の9時からだったけれど、あたしはもう一つ派遣っぽいバイト、それは宅配便の短時間の事務仕事なんだけれども、とにかくそれを掛け持ちしていて、事務が終わるのが8時半で、弟と共有している距離数結構走ってる白のワゴンRを飛ばして駆けつけても、やはり少し遅れてしまった。居酒屋の近くの駐車場を探しているとさらに手間取り、車をロックしたときはもう30分は過ぎていた。
さっきから携帯が鳴りっぱなしで、歩きながらメールを読もうとすると、
「よう」
と突然暗闇から声をかけられた。
「わっ、びっくりした」
私はぎくりとして辺りを見回すと、
「ははは」
と笑い声が聞こえた。同じバイト先の仲間のザキだった。
「おまえもチーコクじゃん」
「うん、今日あっちのバイトがあったから」
「おれはなんか飲む気しなくて家でうだうだしてたら遅くなっちゃった」
「車?」
「そう、おまえが駐車場入ってくるの見えたから待ってた」
ザキは私と同じ年で、名前が山崎というからザキと呼ばれていた。
「あたしも今日は飲まない。だから車で来た」
「この店、飲み会やりすぎだよな」
あたしとザキのアルバイト先は、老舗のCDショップで、しかしこのご時世CDも売れないから書籍も扱ったりステーショナリーのコーナーもあったりして、アルバイトの人数は少なくなかった。大概が20代で、複数のアルバイトを掛け持ちしたり、音楽活動をやりながらだったり、フットサルのチーム活動の合間だったり、要するに今の日本の若者と呼ばれる層で埋められていて、そんなうちらは何かと理由をつけてはバイトが上がってからしょっちゅう集まっていた。
「でも来たくなかったら来なくたっていいんだし」
あたしがザキのほうを向いてそう言うと、ザキはちょっと困ったような顔をした。

ザキと二人で店に入っていくと、おーやっときたね、おふたりさん!と今日の幹事のポテチがそう言ってどーぞ、どーぞとあたしとザキを二つのテーブルのそれぞれに座らせた。ポテチもあたしと同じ年で、ちょっとじゃがいもみたいな顔をしていて童顔といえば童顔なのに、こういう飲み会の仕切りをやらせるとやたらとうまく盛り上げ上手で、そういうとこ企業の営業とかに向いてんじゃない?と前にあたしが言ったら、実は大学卒業してすぐ新卒でメーカーの営業として働き始めたんだけど、でもなんかおれだめなの、堅いとこだと萎縮しちゃうの、だから営業つうかサービス業のほうがいいんじゃね?と思って今こうしてここでバイトとかしてるわけ、と真面目に言い、顔はじゃがいもでもきちんとした一面を感じてなんとなくあたしはポテチといると安心して、結構仲がよかった。ポテチはささーっとメニューをすべらせ車なの?ソフトドリンクなら何がいい?グアバジュース?まじで?1杯目からグアバいっちゃう?わかった、と言いながら注文してくれて、お通しとおしぼりと割り箸をぱぱっと回してきてテーブルの上のものを食えよ、という感じでアゴをしゃくった。あたしは頷きながら、ポテチはまったく手際がいいなと思い、そうしてツナサラダを食べ、焼きそばを取り、ちょうど北海ほっけ焼きが来たからレモンをしぼってお醤油をかけ今度は自分が皆にどーぞどーぞと言って薦め、隣の席のアイちゃんとかユキとかヒロくんなんかと冗談を言いげらげら笑っていたら、
「よっ」
と言いながらザキがトイレに立つヒロくんと交代して私の隣に座った。ザキはユニクロっぽい黒のパーカーを着ていてそのパーカーについているフードをかぶっていた。
「なんでフードかぶってんの?」
「いや、なんとなく」
「さっき外ではかぶってなかったじゃん。なんで室内?」
「だから、なんとなくだって」
ザキはときどきこういうところがあって、バイト中もお客様相手の仕事だから携帯メールは禁止でそのことで何度も店長に怒られているのに、怒られるたびに初めてそのことを知ったというふうな驚き方をし、そしてそのあと極度に凹んだりして、どうして同じこと何度も何度もやるんだろ、コントみたいじゃん意味わかんない、とまあ変わっているといえば変わっている性格で、あたしは今ひとつザキのことは掴みきれていなかった。こういう飲み会も毎回出席しているわりには全然楽しそうじゃなく、けれども必ずそこにはいるのだった。
「なんかまだ腹減ってる」
「じゃ、頼めば」
あたしはザキにメニューを渡した。
「やっぱいい」
「あ、そ」
ザキの風変わりさには慣れているから、あたしはまたメニューを戻し、どうすかどうすかどうすか〜?と向かい側にポテチがやってきたので、楽しんでるよ〜ポテチは飲んでる?じゃんじゃん飲みなよぉとポテチのビールを注文してやり、そういえば昨日のシフトの件で店長がさあ、と話をし始めるとザキはふらっとトイレに立った。
「なあ」
ポテチが急に声を落としてあたしに顔を近づける。
「ザキって超変わってるよなあ」
「超、でもないんじゃない?」
「いやだってああいう奴、周りにいないよ?」
「あんまりね」
「時々うぜえと思っちゃうときあんだよね」
「ポテチが?」
あたしはポテチは人の悪口を言わないと思っていたから少し驚くと、
「いやいや悪口じゃないぜ?チームワークとしての話だよ」
ポテチはあたしの表情を汲んで言い直す。
「でも本人は変なことしてるつもりはなくない?」
「おまえ、一番ザキと仲いいもんなあ」
「えっ?あたしが?仲いい?」
「いいじゃん」
「そうかなあ」
「みんなそう思ってるよ」
「そうなの?」
「おまえはあいつのことよくわかってるよ」
ザキが戻ってきたので話は終わった。なんだかんだと言いながらもう2時間も経過している。11時過ぎだ。弟が夜中にカノジョを迎えに行くから、それまで車を返せと言っていたのを思い出し、あたしそろそろ今日は帰るね、みんなまた明日ね〜と立ち上がると、戻ってきたばかりのザキもおれも帰ると言って、結局ふたりで店を後にした。
「ふたりでチーコクしてふたりで先に帰るってなんか変」
あたしは駐車場で笑いながらザキに言うと、ザキはまた困ったような顔をして何も言わなかった。あ、またこの表情だと思ったけど、そんなことをいちいち構っていないあたしは、
「じゃ、おやすみ〜、また明日ね〜」
とザキに言い、車に乗り込もうとした。
「待って」
ザキが急いで近づいてきた。
「何?」
「えーっとさ」
「は?」
「いやあ、あの、いつもありがとうって」
「急になんなの?」
「だからその、おれの気持ちっつうか」
「はあ」
「なんか好きっつうか」
「え?」
「だからその、好きだし、ありがとうっていう」
「えー?」
「うまく言えなくてカッコわりぃけど」
「あー」
あたしは意外にも胸がどきどきとして何も言えなくなってしまい、はあとかふうとか小さくため息をつきながら、ザキにコクられた、これってコクられたんでいいんでしょ? 少し変則技ですが? と驚いてそして少し嬉しくて本当は顔も赤くなっているんだけど、夜でよかったと思ってザキのことを上目づかいに見た。ザキは少し泣きそうにも見えた。なんで泣きそうなのよ? つーか普通泣きそうになるのはこっちでしょうが? 本当ポテチじゃないけど変な奴、とあたしは思い、でもこのあとザキあたしに何を言ってくれるんだろうかとうっすら期待をしながら、それとも何も言わないでこのままなのか、てかあたしも何か言うんか? あーなんか意外とあたしこのシチュエイション慣れてないかも、ださっ…、でもあたしザキのこと好きとかよくわかんないし、でも嫌じゃないけどだって今言われて嬉しいわけだし、えーどうすんの?わかんない、といつまでも車のドアを開けたまま、あたしとザキは照れながらもじもじしながら目線をきょろきょろと動かし、ただ向かい合っていた。どちかが何かを言わない限り、何も始まりも終わりもしない、そんなことはわかっているのに、あたしとザキはただ向かい合っていた。



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