#45のブルース ブルーの見解
おれは孤独である。
そんなふうに言い切ってしまうとなんとなく恥ずかしい、という時期ももうすぎてしまった。だから今ははっきりとそう宣言する。
おれは35歳で独身で、休日は水曜と日曜日だ。大学の入学と同時に一人暮らしを始めたから、17年もひとりで住んでいることになる。20代のときどきは、ふたり暮らしのときもあった。しかしこの5年ほどは、特定の恋人はいない。収入の大半は生活費に費やされている。趣味はゴルフ、と言ってみたいがそんな余裕があるわけじゃないから、休みの日にときどき打ちっぱなしに行くぐらいだ。しかし大抵は休みの前日に少しだけ深酒をし、次の日は昼前に起きる。そうして太陽が高くのぼって天気が良いと、あーどっか行きて〜、映画でも見に行くのもいいかな〜と思うけれど、男同士、休日にわざわざ誘い合って過ごす友人もいないし…まあそんな友人がいてもおかしいと思うけれど…中古で買った古いスカイラインを洗車して、ラーメン&半ライスが安い近所のラーメン屋に行くくらいしか、自分にはやることがない。ラーメン屋の帰りにコンビニに寄って、発泡酒とつまみを買い、夕方からまた少し飲むのも定番だ。
テレビのスイッチを入れる。最近の若者の驚くべき実態、とやらを特集している。山根さん(仮名)29歳は、ネットカフェ難民でもう1年も住所を持っていないという。日雇い派遣の仕事で食いつなぎ、ボストンバッグに全財産…少しばかりの着替え、歯ブラシ、iPod、タバコ…を入れて持ち歩き、いつも携帯の仕事のサイトにアクセスしている。山根さん(仮名)29歳は、1年ほど前は某建設会社の営業マンだったと言う。営業の途中に自動車事故に遭い、首をムチウチして、それ以降うつ病を発症し、通勤ができなくなった。そして解雇。失業保険を食いつぶし、家賃が払えなくなり、今に至ったという。テレビの中のその山根さん(仮名)29歳は、前歯が一本欠けていた。前歯が一本欠けていると、たいがいのひとはなんとなくネガティブな印象になる。
でもおれは山根さん(仮名)29歳は、前歯が一本欠けていることをよしとしているわけではないと思った。その状態でテレビカメラの前に登場するなんて本当は彼のやりたいことでないはずだと思った。しかし、彼は淡々と今の状況を歯を見せながらおれたちに向かって話している。それは山根さん(仮名)29歳が、前歯を気にしている余裕がない、それほど逼迫した状況でもあるといえるし、住所がないから健康保険にも加入していないため歯医者に行くことができないともいえる。どっちにしてもおれにはその山根さん(仮名)29歳の様子は、なにもかも彼の本意ではない人生をおくっているという印象だった。
おれが今、怪我や病気で動けなくなり、職場に通えなくなったら、間違いなくおれも山根さん(仮名)29歳と同じ行路をたどる。今は横目で通り過ぎている駅前の24時間営業のまんが喫茶が、おれの寝床になるのかもしれない。
そんなふうにおれは孤独である。
孤独であることの毎日と、孤独に向き合う毎日をなんとかやり過ごしているだけで、その現状を打開しようと積極的に何かをやっているわけではない。結婚をするとか、家族を作るとか、そんなことを考えたこともあったけれど、ひとりが長くなると誰かと何かをやっていく作業を考えただけで、非常に肩の荷が重くなってくる。今の自分の給料じゃやっていけない、今の自分の生活全般を変えなきゃいけない、そういった先々の不安ばかりが襲ってきて、あーもー面倒くせーどうだっていいやーと思ってしまう。
そんなおれに、実家の母親は
「もういいかげんにして」
と言う。
「あなたも早く結婚しないと、あっという間に40歳になっちゃうわよ」
とも言う。自分は父親の愚痴ばかりこぼしているくせに、息子は結婚さえすれば幸せになると思い込んでいる。それに40歳になったからってどうだっていうんだろう?おれには今の自分も、40歳になったときの自分も、何も変わっていないように思える。今と同じまま、ただ5歳だけ年を重ねた5年後の姿を、おれは即座に思い浮かべることができる。
そういうわけでおれは孤独である。
誰かが、孤独と折り合いをつけることができる、それこそが大人だと言った。だったらおれは真の大人の仲間入りである。が、大人だからって大人じゃないやつとの、そこの違いはなんだろう? おれが一人暮らしを始めた18歳のときと、おれの休日の過ごし方に大きな違いはないような気がする。
仲間とわいわいやらなくなっただけで、隣に女がいないだけで、おれの生活そのものに大きな変化があったわけではない。大学を卒業して、そのあと就職をして、一度転職をして、酒を飲んだりラーメンを食ったり、そうしているうちに35歳になってしまった。何かの目標を持たず、こんなものかなと思っているうちに、だ。
おれは孤独である。
そう判断する材料がこれだけ揃っているから、おれは孤独な部類に認定されるのだと思う。おれは、孤独でいいと思っている。孤独がいけない理由は、まるで見当たらない。ただおれは、孤独であることに満足はしていない。けれど大きな不満もない。納得はしていないけれども、消極的な肯定をしないとおれの人生を否定することになってしまう。だからおれは孤独であることは、多少は仕方ないと思っている、多少は。けれど、これ以上の孤独はいらないと思う。
万が一これ以上の孤独をおれが感じてしまったら、おれは急激な寂しさに襲われてしまうことが、よくわかっているからだ。おれが孤独でいることに大丈夫なうち、孤独ではないことをどこかで誰かと修正すべきなんだと本当は思う。その方法を見つけることをおれは放棄しているのかもしれない。いや、放棄とは少し違う。
模索。そんな一言で片付くのであれば。
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