ぼくは、土曜日の午前中とか日曜日の夕方近くとか、そういう時間にサッカーボールを持って公園に遊びに行く。ぼくのおかさんはいつも、
「チャイムが鳴ったら帰って来なさい」
と同じことを言う。もうわかってることを何度も言う。こないだ学校の20分休みでサッカーをやっていたときに、6年生のしんやくんもそう言ってた。しんやくんはでも「親ってそういうもんだよ」とおとなみたいな言い方をした。しんやくんはリフティングを50回続けたら、おまえも一人前な、と言ってくれたので、ぼくはがんばる。まだ2年生だから早くしんやくんみたく、リフティングを50回できるようになって、おとなのような言い方をしてみたい。ぼくの希望。でもこの話はおかあさんには言わない。おかあさんはうそをついちゃいけないって言うけど、でも思っていることを言わないことは、うそにはならないと思う。

公園に行ったら、かずき、や、はやと、は来ていなかったから、しかたなくぼくはひとりでドリブルをやっていた。公園の端のほうでれんしゅうしていたのに、
「おいっ！」
と、この公園に住んでいていつも赤い顔をして大きな声を出すおじさんが、ぼくに怒鳴った。ぼくたちは、このおじさんが好きじゃない。おじさんのほうにボールが行くと、おじさんはぶつぶつと何か言いながらおれたちのボールをわざと反対のほうに投げたりする。ぼくたちがおじさんを嫌いなわけは、そういう意地悪をするからなのに、おじさんは、
「小僧め！なんでそんな目で見んだよっ！おれが汚いか？ええっ？汚いかって聞いてんだよっ」
などと言う。汚いなんてそんなことひとことも言っていないのに、なんで勝手にそう言って怒るのかわからない。そういえば、ときどき学校の先生とか、おかあさんもそうだ。
「あなたたちにはそういうものかもしれないけど」
とか、
「あんたはすぐそうやって物を粗末にする」
なんて言う。「そういうもん」とか「そうやって」とか言うけど、ぼくたちは何も言ってはいないし、何をするつもりもないのに。大人のほうが、何かを勝手に想像するんだと思う。ぼくたちは目の前のことを何も考えないでただやっているだけなのに。大人は考えすぎる。考えて勝手に何かを思ってそれで怒る。大人はよく怒る。たぶん1日に1回は何かで怒っている。公園のおじさんも、先生も、おかあさんも、みんな1回は必ず怒る。怒らないで普通に言えばいいのに。でも特にこの公園のおじさんは、ほかのおとなよりも怒っているみたいだ。前におかあさんに聞いたことがある。
「ねえ、なんであのおじさんっていつも怒ってんの？」
おかあさんは、
「お酒飲んでるからじゃない」
と言った。
「なんであそこでお酒飲んでるの？」
「あそこに住んでるからでしょ」
「おうちがないの？あそこに住んでるの？」
「そうらしい」
「かわいそうなひとなの？」
「かわいそうじゃないよ。かわいそうって、あのひとはかわいそうとはちがう」
おかあさんはそう言った。

公園でサッカーの練習をしにくくなったので、ぼくは今度は学校の校庭に行ってみた。ブランコのところで、1組のはるか、と3組のユナに会った。
「あ〜〜、な〜にやってんのよぉ」
とふたりはにやにやと笑いながら言った。女は必ずこういうとき、にやにやと笑っている。うるさいなと思ったけど、おかあさんに女の子にはやさしくしなさいって言われているので、ぼくは無視して、うんていの下に行った。野球の試合が終わったみたいで、野球の格好をしたまさしがいた。
「よお」
と言うので、
「おう」
と答えた。
「さっきだんご虫が大量にいたぜ」
とまさしがのぼり棒のほうを指すので、そこに行ってみた。だんご虫だけじゃなくて、なめくじみたいな白くてくにゅくにゅしている虫もいた。気持ちが悪かったけど、しゃがんでじっと見ていた。
「いるだろ？」
まさしがまた来て、バットを虫の上にさっと下ろした。
「うわっ」
虫がほうぼうに飛び散って、まさしのバットの上の部分にも黄緑色のベタベタしたものがついた。
「おまえ、なにやってんだよぉ。ころすなよ」
ぼくがそう言うと、まさしは自分でやったくせに泣きそうになっていた。
「なんでころすんだよ」
「…わかんない」
「ころしちゃいけないんだぜ」
ぼくの言葉にまさしは、わかった、もうしないと言った。
「バットがべたべたになった」
「じゃ、はやく洗ってこいよぉ」
とまさしに言うとまさしが一緒に来て、と言うので水のみ場まで一緒に行った。あの虫は死んでしまったから、こういうときは、かわいそうでいいんだなとぼくは思った。
「かわいそうだったな、虫」
ぼくがそう言うと、まさしはうん、うんとうなづいた。そのときチャイムが鳴った。5時15分だ。
「もう帰る」
とぼくはまさしに言い、またサッカーボールを抱えて家に向かった。