logo #35のブルース VISITORS


アパートメントの住民用に備え付けられた、プールサイドのデッキチェアーに寝そべりながら、私は誕生日に夫から贈られた最新のMDウォークマンで、日本から持ち込んできた80年代に流行ったポップソングを聴いている。南部特有の湿り気を帯びた生暖かい風が私の頬を横切っていく。飲みかけのマルガリータの中のアイスキューブが、グラスの中でカランと音をたてて溶けた。サングラスの端っこのほうに、大きな声で話しながらこちらに近づいてくるご婦人方を捉えた。同じアパートメントに住む顔見知りの奥さんたちで、彼女たちは余計な詮索をしないでくれるので気楽に「HI!」と私は声をかけた。ひとりが、あらここにいたの、実は来週主人の転勤でシカゴに行くことが決まったのよと言うと、彼女はシカゴだけど私は来月NYに引っ越すのよ、ともうひとりが言った。
「そうなの。寂しくなるわ」
と、私はアメリカ特有のこういうときの常套句を言う。寂しくないわけじゃないけど、寂しいわけでもない。それでもこの国では必ず「I am gonna miss you」と言う。あなたも、来年にはここを離れるんでしょ、ここは皆が腰を落ち着けて定住するところじゃないものね、地元でもない限り、と更にもうひとりが言い、私たちは週末のカクテル・パーティで再会することにして別れた。アメリカの最南端。キーウエストを臨む町、マイアミ。英語よりスペイン語が多く飛び交い、人々がやって来ては去っていく町。言ってみればVisitorsがあふれている。

夫と結婚したときに僕の仕事の取引先はほとんどアメリカ国内だから、僕らはアメリカ本土のあちこちに住むと思うよ、と言われた。そのとき私はなんとなくアメリカ本土なら、NYやLA、あるいはシカゴかデトロイトのような大都市を漠然とイメージしていただけだった。フロリダ? え? タンパじゃなくてマイアミ? 一体そこはどんなところか、東京の1フロア150人の社員であふれかえるごみごみとした仕事場では、私はロケーションがうまく輪郭を捉えられなかった。
もっとも想像できるわけなんかないわね、と今になって私は思う。
時間の流れがまったく違うもの。東京の中央線から見える、お寺も銀行もコンビニも家の隣人もいっしょくたになっているあの窮屈で景観を無視した場所とは、時間の流れがまったく違う。ここにいると私はこのマルガリータの中のアイスキューブのように、どんどん溶けていくような気がする。湿度や波の音や乾いたスパニッシュ・イングリッシュの発音やいろんなものに、私のアインデンティティや日本語や日本の流行歌やそんなものが溶けていく。ヘミングウェイはキーウエストを愛したけれど、私はここを愛せない。どうやって愛していいのかもわからない。それが孤独や寂寥感から来る拒絶だったら寂しすぎる。

私はMDウォークマンのストップ・ボタンを押して、メモ用紙とペンを取り出した。気分を変えるためにプールから上がった後、ジョギングがてら買い物をするためのリストを書く。私はここでの交通手段は自分の足だけだ。ハイウェイをびゅんびゅん飛ばしながら、いろんなことに腹を立て、中指を突き出すような大人にだけはなりたくなかったので、非常事態でもない限り車の運転は止めている。走りながらミルクを買い、走りながらベーグルとクリーム・チーズを求め、走りながらクリニックの予約まで済ませてきた。そのうち作家の村上春樹みたいにボストン・マラソンに出場しようかなとも思う。そのうちって、私はいつまでこの国で何かを払拭するように走り続けないといけないんだろう。それにボストンって、ここまで南に来ると私には同じ国内とは思えないほど距離を感じる。それでも作家の村上春樹、というイメージがすらすらと頭の中に出てきたのは嬉しかった。自分はまだ日本語で物を考え、日本語で生活している、という自負。それは私を打ちのめさない。私を打ちのめさないことを考えることだけが、今の私を支えている。

かなり薄くなったマルガリータのグラスを持って私は立ち上がる。夕暮れになる前に走って家に戻らないといけない。ここでは日没を見に毎日大勢の人があちらこちらからやってくるから。私は静かに彼らを遠巻きに見ていなくてはいけない。たとえ愛せない場所でも、自分の生活は愛情を込めて見守らないと。そうでもしないと、私のサングラスの奥から、熱いしずくが滴り落ちてしまうから。



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