#25のブルース Wild Hearts
Re:訣別
> 元気でやってますか?
おれは元気です。そっちも元気そうで安心した。
> このメールはあなたが読み終わったら削除して下さい。
了解です。
> あの日、まさかあの場所であなたに会うとは思わなかったので、突然のことでうまく話せません
> でした。もう私たちが別れて丸3年になりますが、節目ごとに偶然あなたと街角で出会うので
> やはり縁がある、まだ終わっていないというふうにどうしても思ってしまいます。今回の節目
> というのは娘の誕生日の前日ということです。それにしても3年は早いですね。私たちの娘は
> 今小学生ですけれど、大きくなったもんです。
おれは君には本当に申し訳ないことをしていると思っています。君はもうおれが何を言っても
信用しないと思うけれど、娘のことは本当に感謝しています。本当です。
> 簡単な立ち話を5分くらいしただけでしたが、私はあのあと社に戻っても仕事が手につきません
> でした。こういう私のエモーショナルなところが、結婚していた当時のあなたには鬱陶しく、
> 厭味に映っていたんじゃないかと今はよくわかります。けれどもあなたと一緒にいると私はいつも
> そういった感情の振幅の激しい、何か悲しみを抱えているような状態になってしまいます。
> 決して悲しくはない状況でもすぐに涙が出てしまいます。これは私とあなたの縁というものは
> そういった哀切の上でつながっている関係だからじゃないかと思います。他のひととはこれほど
> 胸をふさがれるような気持ちにはならないのです。今の主人ともうまくいっていないわけでは
> ありません。しかし今の主人にはそういう悲しみがふつふつと湧きあがってくるような気持ちに
> はなりません。どういうわけかあなたとの場面ではそうなってしまう。
どんなふうに説明していいのかわからないけど、おれも君と一緒にいると悲しくなる。
それは悲しみの上に成り立っている関係というものには希望がないからだと思う。
楽しい思い出ばかりだったよ。でも思い出さないようにしている。そういうふうにしかおれは
生きていく術を知らない。君のように深い洞察力もないし、君との結婚生活の破綻の原因はおれに
あるのだから、今はもう自分を責めないで生きていくには、思い出さないようするしか方法がない
んだ。いやこれは君のことを責めてるわけでもないので、誤解しないでもらいたい。
> あなたが「じゃあ」と笑って銀行へ入って行く後姿は見ていられませんでした。あなたはいつも
> 私が過去を振り返らない、毅然としている、というふうに私を形容しますが、そんなことはあり
> ません。ギリギリのところで気持ちの波を止めてしまうやり方を覚えているだけです。私も
> あのとき「またね」と言って信号を待っていましたが、何がまたね、なものか。ざらざらとした
> 自分の心のうねりを、そう簡単に治めることはできませんでした。これは別にあなたを責めて
> いるわけではありません。九州と東京でつきあい始め、同棲をし、結婚して、娘が生まれ、
> そして別れて、私たちにはそういった歴史があり、お互い別々のパートナーを見つけて人生を
> リセットし、そしてまた偶然街でばったり会うというつながりかたの残酷さがちょっと悲しく
> なっただけです。
>
> もうこの話をすることもないでしょうから、1度だけ書きます。私は今の夫が出張先のボストン
> から戻ってくる際に、娘を連れて成田空港まで迎えに行ったことがあります。彼が日本に帰国
> したら籍をいれようね、という相談をしていたので、出張がちな彼の仕事でもその日の空港への
> お出迎えは重要な意味を持った日でした。私の住む駅から運行している成田行きのバスに娘を
> 連れて乗り込み、離婚を経て2年たち、とうとう私も再婚するのだなあと思い、ふと窓の外を
> 見ると、そこにあなたが立っていました。私は驚いてバスの中から窓をたたき、あなたの名前
> を呼びながら「ここよ!ここよ!」と叫んでいました。あなたはまったく気付いていない様子で
> 成田行きではない通常便のバスの到着を待っているようでした。急いで携帯を取り出し、あなた
> の番号へかけたのですが、あなたの携帯電話の番号は新しくなっているようで、かかりません
> でした。あなたはまさか私と娘が目の前のバスの中にいるとは思っていないので、私がいくらバス
> の中であなたの名前を呼んでも気付きそうにもなかったのでした。
> 私はあきらめて娘と座席につきました。そしてバスはどうやら出発するようでした。
> 目の前に私がかつて結婚していた男がおり、そして私は今度結婚する男に会いに行く、という
> 運命の皮肉にどうしても耐えられず、はらはらと涙が出てきました。
> そういえばあなたとの短い結婚生活も、いつもいつも私は「私はここよ、ここにいるのよ」という
> アプローチを絶えずあなたに発信しつづけていました。あなたは覚えていないでしょうけど、
> 私はもっと私というひとりの人間の本質を見て欲しくて、絶えずあなたに向かって私の存在を
> アピールしていたように思います。別れてもなお、あなたに向かって「私はここにいる」という
> 叫び声をあげないと私の存在価値はないのか、そしてそんな叫び声は目の前にいても届かないと
> いうダブルの悲しみが襲ってきました。娘は寝入ってしまったので、しばらくめそめそしていた
> のですが、しかし一体これは本当に悲しみなのか、という気になってきました。この気持ちの
> すれ違いは 決して悲しみなどではなく、明らかに縁がないということなのではないかと。
> こんなふうに偶然に街で会うことはあっても、それ以上でもそれ以下でもなかったのが、私と
> あなたの関係性ではなかったかと。こういう偶然の出会いこそを「縁がある」と人は言いますが
> 果たしてそれは「縁があるから出会う」のではなく、「縁がないからこそ出会ってもすれ違う」
> のではないかと。だからこそ、いつもその希薄な状態を本能が感じ取り、悲しくなるのではなかった
> かと。それを思うことは私とあなたとのかろうじて結ばれていた細い糸が完全な形で切断された、
> と思いました。偶然切れたのか、自分で切ったのか私にはわからないけれども、生まれたばかり
> のあかんぼうのへその緒を切るひとが親族であろうと看護婦であろうと、切った行為になんら
> 意味を持たせないということと一緒で、切ったのが私であろうとなかろうと、形としては完全な
> 状態を維持した切断。そうしてそれは今の夫に対しての誠意だったのかもしれないし、あなたの
> 今の奥さんに対する私の取るべき態度だったのかもしれません、故意的であろうとなかろうと。
> そしてそう思うことによって、あなたと私との糸のほづれをこれ以上大きなものにしたくなかった
> という気持ちもあったかもしれない。
> あのとき、あなたが私に気付いて「迎えに行くのをやめてくれ」と言ったら私はあなたの元へと
> 戻ったのでしょうか。それは今でもわかりません。
それはおれにもわからない。そんなことがあったのも今このメールで初めて知ったし、おれは
「もしあのとき」というような考え方はしたくないので、どうとも言えない。だけど、人生には
わからないことをわからないままにしておく、という方法もあるのではないかなと思う。おれは
君も知っているようにだめな男です。いいかげんで嘘つきで。だけどだめな男はだめな男として
それでも自分に向き合って生きていかないといけない。自分で自分のことがわからないことって
あるだろう。逆に自分のことは自分が一番よく知っているときもある。物事はいつも回答がある
わけでもないし、おれには君の言うおれたちのずっと細いままで切れてしまった1本の糸の話は
わかるようでわからない。人と人との縁というものは、続いていくものもあれば、どこかで終焉を
迎えることだってある。おれたちが向かっている先にあるものは、死だと思うけれど、そこへ
行くまでの道筋は100人いたら100通りの方法で辿り着くんだと思う。君とおれとはいろんな
やり方が違ったけれど、それは君がおれを選ばなくたって君は君のやり方で旅を続けているはず
だ。オン・ザ・ウェイ。それは旅の途中だったり、夢の途中だったり、絶望への入口だったり
する。おれ達の夜明けの迎え方は別々でも、最終的にひとは同じ夜明けを見つめていくものだと
おれは信じたいし。
それからおれは君のことをいつも毅然として強い女だとは思っていなかったよ。娘に対する思いやり
が十二分にあって、真面目で素晴らしい妻だと尊敬していた。それは今でも変わっていない。
おれみたいな男の目の前に現れてくれてありがとう。君の存在をありがとう。そしておれをきっぱり
忘れていく決意をしてくれてありがとう。君が選んだことに間違いはないと思っている。
たとえ正しくない選択をしたとしても、それは間違いではないんだ。迷いだと思うから。
メールをどうもありがとう。君もこのメールを読んだら削除して下さい。
お互いのメールアドレスもアドレス帳から消したほうがいいと思う。君はすでにそうしていると
思うけれど。元気で。そして生きていこう、今度は希望を持って。
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