logo #11のブルース


3組のハタケヤマとコンサートに行くと言ったら、青木は驚いたようだった。
「え〜マジかよ?佐野元春のやつだろう?」
そうだ。と僕は答えた。
「ふうん。おまえのタイプってハタケみたいな感じなのかあ、なるほどねえ」
何がなるほどなのかわからないが、青木は僕が好きな女のコの苗字を省略して呼んだりする男だった。
「で、どこでやるの?そのステージとやらは」
そして青木はサディスティック・ミカバンドのときから高中正義に魂を抜かれてしまったギター小僧であった。おまえ、ギターっていうのはああゆうふうに弾かないとな。
そのくせ青木はたいしたプレイができるわけではなかった。それでも国内のアーティストのライヴにマメに足を運んでいるため、青木のライヴ評は結構僕たちの間では評判が良かった。
慶応大学の日吉キャンパス。僕が最後まで言い終わらないうちに
「あ〜それ、山下久美子とジョイントのやつかぁ」
青木はわかったぞというような言い方をした。
「く〜、いいねえ。ここから日吉までだと距離もあるしねえ。お熱いことで」
そんなんじゃねえよ。僕は少しムッとした。ハタケヤマのことを冷やかしで何か言われたりするのは許せなかった。
「まあそんなにムキになるなよ。それっていつだっけ?」
そのステージを見に行く日は、僕たちの体育祭の最終日で、夜は皆でコンパをやることになっていた。もちろん学校には見つからないようにこっそり酒を飲む飲み会だ。僕たちはこういうイベントが大好きだった。
「じゃ、おまえ今回のコンパはパスってことか」
青木は少しがっかりした顔をした。友情をとるか恋をとるか辛いところだが、しかしハタケヤマがたとえ一緒に行けなくとも、僕はどうしてもこの日のステージを見たかった。酒はいつでも飲めるし、恋はいつでもできる。でもライブはその日限りだ。同じライブは2度とない。
「ばか。同じ恋だって2度とねえよ」
大人っぽく青木はそんなことを口にしたが、僕たちの間ではまだ本当の恋なんてしたやつは誰もいなかった。もちろん女のコには興味はあったが、他にも興味のあることが多すぎた。
サッカーももっとうまくなりたかったし、買いたいレコードもたくさんあったし、放課後のファミリーレストランのアルバイト先も楽しかった。本も雑誌も読みたかったし、深夜のラジオも聞きたい。
「へっ、じゃあハタケはおまえの心のオアシスってわけか?」
青木はどうしてもその方向に話を持っていきたいらしい。まあな。そういうことにしておいた。一応僕と青木は親友同士ということになっているが、どうもいつも僕が1歩譲っている気がしてならない。
「じゃ、コンパの幹事にはオレから言っておいてやるよ。もう来週だもんな。楽しんで来いよ」
青木はそんなふうに言って、駅の改札で別れた。

当日。僕は制服を着替える時間もなく、立川駅で南武線を待っていた。ハタケヤマはお化粧でもしてくるつもりなのか、時間がないというのになかなか現われない。彼女を待っていると佐野のステージに間に合わない。しかし彼女とここではぐれるのも気が引ける。
「おい」
苦悩する僕の前に唐突にニキビ顔を突き出したのは、青木だった。呆然とする僕に気をつかっているのか、それとも元来ズケズケと物を言う青木の性格なのか、
「ハタケのやつ、来れないつうから、オレが代理できた。行くぞ」
そう言った。来れないってなんだよ、体育祭でチアガールやってたぞ。目が合ったときなんでひとこと言ってくれなかったんだよ彼女。
「女ってそういうもんだよ」
そうじゃないだろ。これってマナーだと思うぜ。
「いいじゃねえか、もう。時間ないんだろ。もう電車に乗らないと」

結局僕は日吉までの往復4時間、汗くさい青木とふたり並んで座るハメになった。気落ちする僕とは正反対に、青木は慶応のお兄さんたちに愛想をふりまいて、ステージのすぐ下の席を確保した。
ステージは学生たちの熱いムードに押されて、何度もアンコールを重ねる素晴らしいものだった。ハタケヤマのことも忘れて、僕は本当にロック・スピリットみたいなものを感じることができた。
「オレは高中の次に佐野が好きになったよ」
帰りの電車の中で吊革につかまりながら、青木はそう言った。
そういう言い方って佐野に失礼だろ。
「おまえのほうこそ、そういう言い方って、いかにも女のいない男ってかんじ」
青木はうっひっひと笑った。
「なあ」
なんだよ。
「もうハタケちゃんはやめたほうがいいぜ」
なんでだよ。おまえが決めることないだろ。
「あいつ、同じクラスのサワダとつきあってるからさ」
寝耳に水だった。
「ハタケちゃんは今日のことどうしようって悩んでいたみたいだけどよ、そういうのって 世間で言う二股ってやつじゃん」
あの清楚な雰囲気のハタケヤマが・・・。僕は車内でよろけそうになった。
「ま、そういう女は早く忘れたほうがいいぜ」
青木はさらっとそう言って、今夜もぉ愛をさがして〜なんて口ずさんだ。
ああ、こういう日もあるんだなあ。僕は何か1日で起こった出来事とは思えない気がした。
素晴らしいステージを見た日と女にふられた日が一緒なんて、僕は絶対この日を忘れないと思う。いや、でもきっと収穫の方が多いんだろう。嫌な奴だけど、青木のことを少しだけ感謝しているわけだし。しかし本人の前では生涯言うもんか。恥ずかしくて言いたくないよ、ありがとう、なんてさ。




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