logo #9のブルース


友人たちから久しぶりに子供抜きで食事にでも行かないかと誘われたのは、1週間ほど前のことだ。軽くお酒でも飲みながら、ということだったので、私は少し華やいだ服を選び、踵の高いヒールを履いた。
小さなイタリアン・レストランの扉をあけるとすでにメンバーは揃っており、ひととおり料理をオーダーし今ワインを開けたところだと言った。私は薄手のコートを脱ぎ、ゆっくりと席につき、友人達の顔を眺めた。
「こうやって4人で会うのって、何年ぶりかな」
誰かが言った。
「わからない。最後に一緒に食事したのなんて、たぶんファミレスとかじゃないの」
「じゃあ私が香港に赴任する前かも」
私達は口々にお喋りを始めた。今の仕事のこと、離婚のこと、再婚のこと、子供のこと、夫のこと、30代半ばの女性が一般的に話す内容を口にした。ラビオリなどが運ばれる頃には、ワインの酔いも手伝って話す内容も次第に昔の話になっていった。
「あのとき、先生が追いかけてきたじゃん。どうして逃げたんだっけ?」
「それは、ほら1組に転校生がいたでしょう?あのコの件があったからだよ」

私達4人は地元の中学の同級生だった。ありていに言えば、不良のような中学生だった。家庭に事情があったわけではないし、何か心に闇をもっていたわけでもなかったが、管理されることが嫌いで、どうやったら自分達が解放されるかそんなことを考えていたローティーンだった。どちらかと言えば成績は優秀で、服装もごく一般的な生徒と変わらなかった。他の友人達との関係もソツなくこなし、放課後のクラブ活動さえ参加していた。だが、学校の教師には嫌われていた。持て余すといった方が的確かもしれない。大人たちに好かれない何かが、私達にあるようだった。しかしそれは私達も同じだった。彼らの放つ、本当のことと本当じゃないことが私達には見えた。それを口にすると私達はますます孤独になっていった。

出口を見失った私達は、どこかに救いを見出す必要があった。4人のうちひとりは語学が得意だったので進学せずにアメリカに行きたいと考えはじめ、またひとりは、進学しながら自分の好きな音楽活動をやってみたいと言い、ひとりは親の会社でアルバイトすることにし、ひとりは別の進学校で勉強を極めてみたいと言った。そして私達は各自その通り実行し、自分達の内なる悩みを抱えながらも、気がつくとどこにでもいる30代の女になった。

「結局さ、どんな人生生きてきたって、結果は一緒なんだよね」
「まあね」
「でもさ、生きるスピードとか歩幅とか落とし穴とかさ、そんなことにこだわってみたいよ」
「気がつかないひとは大勢いるけどね」
「それは昔から」

どこに行っても、どこかへ逃げても、どうにも自分達が正規のルートを走っているとは思えなかった。自分の家庭を築き、子供を得た今でも、時折襲ってくるどうしようもない孤独感はなくならなかった。それでもなんとか生きているのは、似たような想いを持ちながら生きてる誰かがいることをわかっているからだ。たとえそれが見ず知らずのひとでも、私はそのひとに共感する。その生き方が正しいのか寂しいのかわからないけど、世の中はわからないことだらけだ。知らないうちに国のリーダーが変わっていたり、不当な人事解雇とか、考えてもわからないことが多すぎる。

「昔さ、何か話してて煮詰まると、車にのって海に行ったりしてたよね」
「高校卒業してからね」
「海に着いたって真っ暗で何も見えなかったよ」
「でも海に行くっていう行為がさ」
「それだけでよかったんだよね」
「定番の曲かけてさ」
「何聞いてたっけ?」
「いくつか思い出すけど、思い出せないのもあるな」
「シリアスな気持ち横に置いて、夜明けまでドライブ・・ってあの歌詞」
「佐野の歌か」
「でもあれはナイアガラのやつだよね」

4人のうち一番音楽に詳しかったのは私だった。他の3人は音楽と人生は一体ではなかった。あの頃私は彼女たちに向かってそういう話をいろいろしたかったけど、すべての友人が私の話に興味を持つわけではないことを私は知っていた。彼女たちといるときは、彼女たちと話す内容があった。彼女たちに佐野や大滝詠一の話をするわけにはいかなかった。それでも私は寂しくなかった。いや本当に。こうやって私の記憶にとどまっていることだけで、今の私は嬉しい。そんなふうに音楽に関わってきた人間も多いだろうし、音楽ってきっとそんなものでいいんだろう。

「ねぇ一回夜が明けたこともあったじゃない」
「あったあった」
「急いで学校行ったんだっけ?」
「違う違う、今帰るとやばいって言ってもっと遠くまで行ったんだよ」

愛すべき私の友。それはこんなふうにいつも何気ない。




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