logo #5のブルース


サンタモニカのフリーウェイを過ぎてそこからひたすら南下すれば、目的地のサンディエゴには3時間くらいで到着するはずだった。くらい、というのはオレはここに来てから時計をしない生活をしている。音楽もおんぼろなこの中古のトヨタから流れるラジオだけだ。雑音がひどい。でも、それでいい。

ここに来るまで、オレは自分の生活に満足していた。幸せで幸せで仕方ないわけではなかったが、そこそこの給料をもらい、毎晩酒を飲んで満員電車に揺られて帰るのも悪くなかった。1度結婚もしたが、だいぶ前に別れた。毎朝出かける30分前に起き、シャワーを浴びコーヒ―を胃の中に流し込み日経を抱えて薄いカバンを持って仕事場に向かう。週末は恋人が家に来て洗濯やら掃除やらをしてくれる。写真展を見に行ったりゴルフをしたり、オレはどこにでもいる普通の会社員だった。30代の日本のサラリーマンと呼ばれるオレたちは、たいてい大差のない生活だろう。結婚していたって子供がいたって、男が考えることは殺人鬼でもない限り大体決まっているようなものだ。そしてそれは別に悪いことではない。オレたちはこうしてこの国の経済を支えているのだ。

だけど10代20代の頃からこうだったわけではない。バンドをやったり、浴びるほど酒を飲んだり、独身寮に忍び込んで女の裸を見たの見ないのをやったり。ああ、そうだな。オレたちはよく話をしたな。いつからこんなに人と話しをしなくなったのだろう。

フリーウェイの風景がだんだん都市部から山間に変わっていく。メキシコからの密入国をパトロールするおまわりが多い。隣の走行車線を走っているピックアップトラックのドライバーは腕に「一番」の刺青をしている。風が乾いている。乾燥しきった間延びした地帯。それが妙にオレの気持ちを和ませていた。時々砂埃が大量に目に入ることを除けば。

日本での生活に疲れたわけではない。何度も言うがオレはあの生活にある程度の満足感はあった。だってそうだろう。自分の家も仕事もあって友達もいて恋人もいて、他に何を望むと言うんだ?そんなとき、あれは突然襲ってきた。たまたま仕事が早くひけ、女も家に来ない晩、缶ビールのプルトップをあけ、コートを脱ぎ、テレビのリモコンのスイッチをONにしたら、彼がブラウン管いっぱいに出てきた。ああ。オレはある種の郷愁を持って彼を見た。ヒゲをはやし白髪混じりになっていたが、当時と変わらない口調と変わらない笑顔で、お笑いのやつのくだらん質問に生真面目に答えていた。気がつくとオレは食い入るように彼の口元を見ていた。あの口からこぼれ出す彼の言葉1つ1つを聞き漏らすまいとしていた10代のオレがそこにいた。来年でデビューして20年だそうですが。司会のやつがそう言った。20年。そんなになるのか。そうか。彼ももう40才を過ぎているのか。しかしオレには白髪混じりであっても彼の年齢が40才を過ぎたふうには見えなかった。20年。オレは一体何をやってきたんだ。オレはオレはオレはオレは…・。それは突然の激情だった。自分の中にまだこれほどの情熱があったのかと思うくらいオレは激しく動揺し狼狽した。そして思い出したのだ、あのフレーズを。

なにしろ時計がないのでわからないが、後1時間くらいで目的地には到着するだろう。LAXに着いてあいつに電話したとき、あいつはてっきり成田のエアポートからだと思っていたから笑わせる。いやもっとおかしかったのは、部長の方だ。休暇が取れなかったら退職するなんて、おまえこの不景気に何バカなこと言ってんだとかわあわあ騒いでいたな。休暇、休暇。しかし何かのハプニングで永遠にこの土地で休暇を過ごしてもいい。だってオレは君と一緒にランチを食べたくてはるばる海を超えてきたんだからな。




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