THE UNLIMITED DREAM COMPANY
J. G. Ballard
1979
夢幻会社
創元SF文庫 増田まもる・訳
|
奇妙な物語である。主人公のブレイクは何をやってもうまく行かない人生の敗残者であり性格破綻者だが、あるとき空を飛ぶ夢に取り憑かれて空港の格納庫からセスナ機を盗み出し、離陸させた揚げ句、ロンドン近郊の街シェパトンにそれを墜落させてしまう。だがその事故から奇跡的な生還を遂げたとき、ブレイクには自由に空を飛ぶ力、病気を治癒する力、街を熱帯のジャングルに変え、どこからか夥しい数の鳥たちを呼び寄せる力を身につけていたのである。
この作品で顕著なのは、タイトルにもあるとおり(原題は「限りない夢の仲間」)、夢と現実の混濁である。実はブレイクは飛行機が墜落したときにそのコックピットに閉じこめられたまま死んでおり、その後の物語はブレイクがその死から奇跡的な復活したことを起点として語られているが、読みようによってはこれらはすべてブレイクの頭の中だけで起こったできごと(つまりは夢)であるようにも思われる。あるいはブレイクは死ぬことによって街の人々の夢の中の世界に入りこむことができるようになったのだとも言えるかもしれない。
現実と夢の世界の隔壁がかくも薄く、便宜的であるということをバラードは繰り返し語りかける。ブレイクはついに街の住人たちを飛行させ、現実の世界から解放する。ここにおいて現実とは決して確固たるものでも明白なものでもなくなり、夢との境界は曖昧になる。夢の世界でこそ我々は真に解放されるのであり、その意味において真の現実はむしろ夢の中に(あるいは狂人の頭の中に)こそあるのだとバラードは力説するのだ。
熱帯の景色や飛行へのオブセッション、捕らわれた街から決して脱出することのできない状況など、これまでのバラード作品で見慣れた道具立てがここでも使われる。そして開拓されるべきフロンティアは我々の内側にあること、そしてそれが外側の世界の変容と深いところで共振していることが改めて(あるいはむしろより明確に)主張される。「おれはこの死せる生き物に深い憐れみをおぼえた。それはおれの魂が解放されたあとに残された物質的存在のすべてであった」。
幾重にも入り組んだ読み方のできる作品であり、宗教小説であると同時にドラッグ・ノベルでもある。真面目にストーリーを追うよりも、めくるめくような極彩色の小説世界とスピード感あふれる展開に身を任せた方が、この小説の重層性が分かるのかもしれない。
|