logo 短編集に未収録の短編


Mr F. Is Mr F. (1961) 本邦未訳

妻の妊娠とともに子供に戻り始める男の物語。フリーマンの体重は次第に減り、彼は子供に、そして乳児へと退行し続け、最後には妻の胎内に入り込んでしまう。フリーマンは40歳の時に3歳年上の妻と結婚したのであったが、彼はそこに無意識に母親の身代わりを見ていたのだということが示唆される。「うつろいの時」とも共通するテーマだが、すべてを承知しながら夫の痕跡を抹消しようとする妻の意図がよく分からず不気味だ。

The Lost Leonardo (1964)

警戒厳重なルーブル美術館から、レオナルド・ダ・ヴィンチのキリスト磔刑図が盗まれた。あり得ない盗難はゴルゴダに引かれるキリストを侮辱したため永遠に世界を彷徨する運命を背負わされた「さまよえるユダヤ人」アハトシュロスの仕業だった。時を超え永遠にさまよい続けるアハトシュロスは、その絵に描かれた自分の姿を修正しようとしていた。日本人には実感の伴いにくい作品かも。実際にはダ・ヴィンチは磔刑図を残していない。

Prisoner Of The Coral Deep (1964) 本邦未訳

休暇で訪れた海辺を散歩する途中で嵐に遭い避難した洞窟。主人公はそこで古代の海を閉じこめた大きく美しい貝殻の化石を拾い、長いローブをまとった謎の女性と出会う。貝殻を持ち去ろうとする主人公に、女性はその貝殻に閉じこめられた音を聞くように強いる。主人公が貝殻に耳をそばだてて聞き取ったものは「助けてくれ」という男性の悲鳴だった。太古の海のイメージ、そして貝殻に封印された時間。「甦る海」を思い起こさせる。

The Illuminated Man (1964) 本邦未訳

これは長編「結晶世界」の元になった作品。主人公は物質が結晶化する「ハッブル効果」の調査のためマイアミを訪れたが、ある事故をきっかけに結晶化した森の奥に迷い込む。長編と異なり一人称で語られるが内容的には長編のダイジェスト版と言ってよく、作品のほとんどの部分はほぼそのまま長編に流用されている。この作品のラストでは、いったん安全な場所に戻った主人公が結晶化した森に帰って行く。時間が凍結することへの耽溺。

The Volcano Dances (1964)

噴火間近の火山に住みついた男ヴァンダーヴェル。村人が避難する傍らで彼は後見役のグロリアとともに山荘にとどまり、火山の怒りを鎮めようとデビルスティックを操るダンサーを見守り続ける。彼はスプリングマンを探してここにたどり着いたのだ。いよいよ噴火が近づき、灰と溶岩が降り注ぐ中でヴァンダーヴェルは姿を消す。彼が火口へ赴いたことを示唆して物語は終わるが、彼が探しているスプリングマンってだれなんだ、いったい。

Tomorrow Is A Million Years (1964) 本邦未訳

無人の砂漠惑星で妻と二人暮らす男グランヴィル。着陸時の事故で大怪我を負った彼は、毎夕、ピーコッド号(メルヴィルの「白鯨」に出てくる捕鯨帆船)が砂の湖を渡ってくる幻をベランダで見ている。ある日、警備官ソーンワルドがその星に降り立ち、悶着の末、来訪の真実が明らかになる。「サイコ」を思わせる結末は驚くほどのものではないが、孤絶した砂の惑星で幻視に溺れる男というテーマは間違いなくバラード固有のものだ。

The Recognition (1967)

移動遊園地で賑わう街の河原にひっそりとやってきた小さなサーカス。若い女性と侏儒がいくつかの檻を引いて到着したところに主人公は行き会う。だが、その檻には動物たちの姿はなく、彼らは入場料も取らずに「明日には発つ」のだと言う。移動遊園地やサーカスという題材からはブラッドベリを思い出す。「まれびと」が持ち込む異形の力のことをバラードもまた描こうとしたのか。ラストが分かりにくいが不気味さはしっかり味わえる。

The Killing Ground (1969) 本邦未訳

ベトナム戦争が終息せずヨーロッパにまで戦火が広がった世界。イギリスではアメリカの傀儡政権と解放戦線がいつ果てるともしれない戦争を続けている。クリークのほとりにキャンプを設営したピアソン少佐は、米軍の捕虜を尋問する。やがて突撃命令が下され、彼らは捕虜を処刑して絶望的な突撃を始める。ディック的な設定ではあるが、バラードはあくまでミニマムな人物描写を通して遠い戦争であるベトナムを引き寄せて見せるのだ。

Mae West's Reduction Mammoplasty メイ・ウェストの乳房縮小手術 (1970)

1930年代のハリウッド・スターでありセックス・シンボルであったメイ・ウェストの乳房を小さくする手術の詳細だけを書き込んだコンデンスト・ノヴェル。原書では「残虐行為展覧会」の改版時に追加収録されたようだが、本邦版では未収録のまま。短い作品だが、セックスや肉体と医療行為とのエロティックな関係を看破しており、長編でこっちの路線を模索する可能性もあったかもしれない。汲めど尽きないバラードの妄想は恐るべし。

The 60 Minute Zoom (1976) 本邦未訳

自分の宿泊するリゾート・ホテルの部屋を見通せるアパートを借り、望遠レンズで部屋にいる自分の妻を窃視する男。妻は自分の不在に男を呼び込み、密かな不貞を働いていたのだ。望遠レンズを通して拡大された自分の妻の不倫、距離感の混乱、奇妙な現実感の喪失。そういえば村上春樹も短編「野球場」で同じような題材を取り上げていたが。結末はショッキングだが、レンズの中で現実感が失われて行くプロセスはしっかりと読ませる。

One Afternoon At Utah Beach (1978)

第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で戦場だったユタ・ビーチを訪ねてきた主人公とその妻、そして案内役のパイロットは、人気のない戦跡で奇妙な休暇を過ごしている。主人公デイヴィッドはそこで傷ついたドイツ軍の兵士と出会い、潜伏する兵士の世話を始める。廃墟と化したかつての激戦地で、過ぎた日の戦闘の延長戦を生きるデイヴィッドの造形はバラードの得意技。そして破綻後に明かされる真実にもニヤリとさせられる。

A Guide To Virtual Death (1992)

地球上の知的生命は20世紀が終わる直前に絶滅した。その手がかりとして残されたある都市での1999年12月23日のテレビ番組表という形式のコンデンスト・ノヴェル。そこにはメディア上の刺激的な映像が果てしなくエスカレートし、殺人やレイプ、航空機事故や戦争までもがショーとして用意されて行くさまが記録されていた。発表時にバラードは62歳だが、ますます過激さに脂が乗っているところがすごい。もはや観念小説の域の超短編。

The Message From Mars (1992)

シャトル計画が失敗に終わりアメリカの宇宙開発が打ち切られようとしていた2001年、中国の月着陸を契機に、NASAは急遽巨額の予算を得て火星への有人飛行を企てることになる。国家の威信を懸け火星着陸を果たしたクルーは国民的英雄となって帰還を果たすが、彼らは着陸した宇宙船ゼウス4号から姿を現そうとしなかった。宇宙飛行は人間の内面に何をもたらすのか。火星着陸自体がウソだったという結末を予想したがある意味それ以上。

Report From An Obscure Planet (1992) 本邦未訳

地球から発せられた救難信号を受けて、長い旅の末ようやく地球にたどり着いた異星人が母星に送った報告書の形を取った作品。彼らが見たのは、破壊された跡もない無人の街だった。いったいどんな危機が地球を襲ったのか、そして何十億人もいたはずの地球人はみんなどこに行ってしまったのか。残されたコンピュータのメモリはフルだが厳重にガードされていて読み解けない。示唆される結末はサイバーパンク的でもありもはや形而上的。

The Secret Autobiography Of J.G.B. (1992) 本邦未訳

ある朝Bが目覚めると、そこには誰もいなかった。電気も来ず、水も出ない。犬や猫といった動物たちも見かけない。ただ、鳥だけが我が物顔で飛び交っている。彼は自分が住むシェパートンからロンドンへ、英仏海峡を渡ってカレーまで行ってみるがどこにも人はいない。タイトルからしてもこのBがバラード自身を指していることは明白。人々がどこに消えたのか、もちろんそれが明かされることはない。これがバラードの意識下の夢なのか。

The Dying Fall (1996) 本邦未訳

ピサの斜塔を倒壊させた男の独白。行き詰まった結婚生活の修復の試みとして妻とイタリア旅行に出かけた男は、旅の最後にピサの斜塔を訪問する。高所恐怖症の彼を置いて塔に登った妻を見上げながら、何気なく塔を一押しすると、長い歳月の重みに耐えかねた塔に亀裂が走った。屹立する塔をペニスに見立て、性的不能の彼を軽んじる妻との倒錯した駆け引きの結末として倒壊する斜塔のイメージはバラード以外には描き得ない。会心作。



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