logo Myths Of The Near Future


Myths Of The Near Future (1982)
本邦未訳の短編集であるが、他の短編集との重複もなく1970年代後半から1980年代前半の作品を収めたものであるため個別にまとめておく。重要な短編集であり邦訳が待たれる。なお、一部の作品は雑誌等で個別に邦訳が収録されている。


Myths Of The Near Future (1982) 本邦未訳

「太陽からの知らせ」と同一テーマ。「宇宙時代」が終わり、放棄されたケネディ宇宙センターは半ばジャングルと化している。活動力を失い家に引きこもるようになる「宇宙病」が世界に蔓延し、その末期には人は自分が宇宙飛行士であったと信じるようになる。それは時間が失われた世界への旅立ちであり、その扉は水の涸れたプールと飛翔への憧憬。主人公が自己合一化を果たし時間を解放するラストは難解。それが「神話」たる所以か。

Having A Wonderful Time (1978) 本邦未訳

イギリスからバカンスでカナリア諸島に出かけたダイアナなる女性が知人に宛てた手紙の形式で語られるエピソード。素晴らしい休暇を過ごしたダイアナだが、彼女らの帰りの飛行機はいつまで待っても空港にはやってこない。何週間も、何ヶ月もアフリカ沖のリゾートに置き去りにされたヨーロッパ人たちはやがてそこでコミュニティを形成し始める。後の「世界最大のテーマパーク」にも通じるシニカルなリゾート観はバラードならではだ。

The Host Of Furious Fancies (1980) 本邦未訳

両親を亡くしたことから空想の中に閉じこもるようになった富豪の娘クリスティナ。彼女を診察した皮膚科医シャルコはある夜、彼女を預かる修道院長から、彼女が失踪したという知らせを受ける。彼女の治療に当たっていた怪しげな精神科医が幻覚剤シロシビンを投与したため、彼女は現実をシンデレラ物語になぞらえた幻覚の中に入り込んでしまったのだ。近親相姦を絡めた筋立て、ラストのどんでん返しも含めて文句なく楽しめる作品。

Zodiac2000 Zodiac2000 (1978)

新しい黄道十二宮になぞらえた12個の架空の星座を小見出しにしながら、コンデンスト・ノヴェル形式で語られる、左螺旋のDNAを持つ男の話。説明もなく固有名詞とひとつひとつのシーンがいきなり提示されるので、「物語」そのものを把握するのは至難だが、左巻きのDNAを持つ男を巡る政府とテロリストの争奪戦を示唆するエッセンスの強度は高い。それだけに、できることなら普通の小説として書いて欲しかった作品かもしれない。

News From The Sun 太陽からの知らせ (1981)

「時の声」の80年代版リミックスとも思える作品。突如として訪れる昏睡――「遁走」、打ち捨てられたケープ・ケネディ、水の涸れたプール、飛ぶことへのオブセッション、スピード、セックス、そして尽きて行く時間。ここにはバラードが好んで取り上げてきたマテリアルが惜しげもなく注ぎ込まれ、主人公フランクリンは遁走の中にある時間のない世界に耽溺して行く。バラードの目に世界がどう映っているかを示した重要な作品だ。

Theatre Of War (1977) 本邦未訳

イギリスはアメリカの傀儡政権と共産主義勢力との内戦のさなかにあって、政府軍は都市部に追いつめられ、米軍のテコ入れでかろうじて戦線を維持している。「The Killing Ground」とも通底する設定だが、ここではテレビ・レポートの台本の形式を取り、場面の説明や登場する軍人らのコメントから状況を浮かび上がらせる一種のコンデンスト・ノヴェル。当然ベトナム戦争を下敷きにしているのだが、シニカルなラストの一文に驚愕する。

The Dead Time (1977) 本邦未訳

太平洋戦争が終結した直後の上海郊外。日本軍の強制収容所に入れられていた主人公は、敗戦とともに自由を得て収容所の門外に出て生き別れになった父母を探しに出かけるが、憲兵に連行されトラック一杯の死体を墓地まで運ぶ仕事を命じられる。「太陽の帝国」と同様、バラード自身の上海体験を下敷きにした作品だが、死体運搬の仕事にいびつな同化を示す主人公のあり方はむしろ「奇跡の大河」あたりを思い起こさせる重要な作品だ。

The Smile (1976) 本邦未訳

骨董屋で人間と見まがうばかりの精巧な若い女性のマネキンを見つけ、買い求めた男。だが、セレナ・コケインと名づけられたそのマネキンは、実際には人間の剥製だった。男はセレナを溺愛する。だが、ある時、セレナのために若い男の美容師を部屋に招き入れたことから、男は嫉妬に苛まれるようになる。親しげだったセレナの微笑も今は冷笑に感じられる。「彼女が死んで私を解放してくれるのを待っている」という結末はユーモラス。

Motel Architecture (1978) 本邦未訳

サンルームから十年以上一歩も出ずに生活している男パングボーン。だが、ある時、パングボーンは部屋の中に侵入者の気配がすることに気づく。何者かが部屋のどこかに姿を隠し、彼のすぐそばに潜んでいるのだ。次第に大きくなる呼吸の音、今ではその男の体臭すら感じることができる。部屋の中の物の配置も変わっている。そして侵入者は彼を殺そうとしているのだ。バラードの熱心な読者なら結末はある程度読めるがそれでも面白い。

The Intensive Care Unit (1977) 本邦未訳

すべてのコミュニケーションがカメラとテレビ画面を通じて回線上で行われる世界。出会いや交際や結婚生活もすべてモニタ上のできごとで、主人公は人と直接会った経験がない。あるとき、主人公と妻のマーガレットは実際に顔を合わせることを企てる。だが、互いを目にした時、彼らの中に生まれたのは戸惑いと敵意だった。30年以上前に今日のネット社会の出現を予言したかのようなバラードの感覚がすごい。敵意の行方も衝撃的な名作。



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